ウィドウの街編

第17話 ウィドウの街

「ばーしゃ、ばーしゃ、楽しいなぁ~!」


 陽気な歌が聞こえる。

 突如として巨大化してしまったスノウ。

 きっと、魔力が豊富な竜の肉を食べてしまったからだろう。

 荷車に詰め込むこともできないサイズになってしまったので、これからはスノウに荷車を引いてもらうことにした。

 これでこの荷車は、ただの荷車ではない、馬車と呼べる代物になったと言える。

 ただ、押しているのは鳥だが。


 馬車を引く任から解放された俺は、荷車の中で横になっていた。

 おそらく、そろそろウィドウの街が見えてくることだろう。


「スノウが楽しそうでよかったです。

 私達も楽をできますし」


 シェリーは呑気にそんなことを言っていた。


 そのシェリーに関して、俺は一つ気掛かりなことがあった。

 氷の竜との戦いで見た、脈打つ聖剣だ。

 あの時、聖剣は確かに真の力の片鱗を見せていた。

 だが、何が聖剣をそうさせたんだ……?

 やはり、シェリーが関係しているのだろうか?

 となると、シェリーの紋様にも関係が……?

 この旅の答えは、意外に近いところにあるのかもしれない。

 そう思うと、俺の思考はまとまらなかった。


「フェル……?」


 そんな俺の顔を、シェリーが覗き込む。


「大方、この前の聖剣のことを考えてたんでしょ。

 聖剣が盗られちゃうと思って」


 アンは空中でナイフを回しながら、そんなことを言った。


「別に、盗られるとは思ってねえよ。

 ただ……なんだったんだろうって」

「私の方がわからないよ。

 ただの駆け落ちだと思ってたけど、プリンセスにあんな力があるなんて……。

 二人とも、どういう事情で旅をしているの?」


 アンにはシェリーの紋様のことは話していない。

 そういう感想になるのはもっともだろう。


 お前には話せない、と言いたいが、少しの間旅をしてきた仲間であるという事実が、その言葉を喉元でつっかえさせる。

 それはシェリーも同じようで、俺達がその質問に答えることはなかった。


 馬車の空気が、どよりと重くなる――そう思った矢先。


「あ、見えた!」

というスノウの声が、差し込まれた。


 見えたのは、ウィドウの街。

 俺達がとりあえずの目的地にしている場所だ。


「ようやくか、これでこいつとおさらばできる」


 俺は、馬車の傍らに置かれた、竜の亡骸に手を乗せた。

 幸い、残った魔力の影響か、亡骸が血液も含めて凍結したため、そのまま馬車に乗せてきたのだ。

 ウィドウの街にも、門番はいる。

 行商が品物も持たずに街に入ろうとすれば、怪しまれるだろうし、竜の亡骸はおあつらえ向きな品物というわけだ。


 ウィドウの街の周囲は、五メートルほどの高さの壁に覆われている。

 上空のバリアこそないが、堅固な防御力を持っていると言えるだろう。

 広さもグランソルムと同程度、ここならば、不自由ない暮らしができそうだ。


「そういえばフェル……ウィドウの街にも検問はありますよね」


 不意に、シェリーが俺に語り掛けてきた。


「ああ、あるだろうな」

「グランソルムから脱出することも困難だった私達が、無事にウィドウの街に入れるんでしょうか……?」

「あっ」


 そうだった……そうだったぁ……!

 一般人への指名手配がされてないとはいえ、周辺の街の門番には手配状が回っていてもおかしくはない。

 いや、もしかしたら無事に入れるかもしれないが、もしかしなかったときのリスクが大きい。

 神鳥の卵をもらったり、竜を倒した英雄になったり、最近いいことが沢山あったせいで、すっかり忘れていた。

 俺達は、お尋ね者なんだ……!


「なあアン、門番に俺達の手配状って来てると思うか?」

「来てるでしょ。どう考えても」


 やっぱりそうだよなぁ……このまま遠くの国に直行すれば、手配状の来てない国に行けるかもしれないが、それでは旅の準備ができない。

 できれば、ウィドウの街を経由したいところだが……。


「なに、もしかして、ウィドウの街に入れなくて困ってるの?」


 アンは俺達を嗤う。

 入れなくて悪かったな。


「それなら、普通に検問を通って。

 私がどうにかするから」


 アンがどうにかする……まさか、門番を暗殺するとか……!?


「言っておくが、荒事はなしだぞ!」

「大丈夫、普通に通るだけでいいから」


 俺達は、アンの助言の通り、何も対策せずに門番に差し掛かった。


「はい、そこで止まってください」


 俺達は門番に従い、馬車を停止させる。


「乗車中の方は全員降りて、並んでください」


 俺が昔来たときは、こんなに厳重な検問はしていなかったはずだ。

 やはり、俺の手配状が回ってきていると見て間違いはないだろう。


 門番は、馬車から降りた俺達の顔を、順々に見ていく。

 その間にも、別の門番が馬車の中を検めていた。


 俺の顔から、脂汗が染み出していく……。

 おそらく、この門番は俺を探してこんなことをしているはずだ。

 だが、門番はすぐにシェリーへと視線を移した。

 ……気付かれなかった……?


 シェリーは見つめられているというのに、涼しい顔をしている。

 流石は姫様と言うべきか、肝が据わっている。


「次はボディーチェックです。

 すぐに終わるので、失礼します」


 ボディーチェックまでさせられるのか。

 まさに、水も漏らさぬ布陣というわけだ。


 ボディーチェックはすぐに終わった。

 最後に、馬車の中の品物を訊かれる。

 馬車に何が乗っているのかは先程見ているはずだ。

 きっと、証言と実物に差異がないかを確認したいのだろう。


「最後に、今回持ち込むお品物は何ですか?」

「えっと……氷を操るドラゴンの素材です」


 俺達の対応をしていた門番が一ヵ所に集まり、何かを確認している。

 ……無事に通れるんだよな、俺達。


 そして――。


「よろしいでしょう。

 ようこそ、ウィドウの街へ」


 俺達を阻んでいた門が、開かれた。

 ほ、本当に通れた……。


 俺達は馬車の中に戻り、街の中へと入る。


「アン、どういうことだ?

 なんで通れたんだ!?」

「簡単な視覚妨害だよ。

 私達の顔を、正確に認識できなくさせただけ」


 そうか……忘れていたが、アンは視覚妨害魔法にも長けているんだった。

 こうしたアングラ魔法に通ずるメンバーがいると、とてもやりやすい。


「よし! ウィドウの街、到着だ!

 これよりここを、俺達の拠点とする!」


 シェリーは満面の笑みを浮かべながら、拍手をしてくれた。

 今日からしばらくここでお世話になる。

 まずは竜の素材の売却だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る