第4話 ギルド総本部

「久しぶりだな、王都に来るのも」


 王都に到着後、馬車から降りた俺は、王都の街を歩いていた。

 街はやはり、人で賑わっていた。

 通りには露店が並び、そこで買い物をする人々が、通りを埋め尽くしている。

 街の中央に構えられた城が、そんな景色を見下ろしているようだった。


 俺の目的地は、ギルド総本部。

 総本部はこの街の門からそう遠くはない。


 俺は、昔に何度も通った記憶を懐かしみながら、ギルド総本部へと向かった。


 総本部は、他のギルド管理所とは規模が違う。

 一階が酒場になっているのは変わらないが、とにかく広い。

 それでいて宿泊施設や病床なんかもあるため、総本部一つでいろんな用が事足りてしまう。


 総本部に付いた俺は、その大きな門をゆっくりと開いた。

 入って突き当りにある様々なカウンター、右側にあるクエストボード、大量に並べられた酒場の机。

 何度も見慣れた光景だ。

 俺達が中級だった頃は、ここで飲み明かしたもんだ。


 俺の来訪に真っ先に気が付いたのは、アメリさん。

 俺達が総本部を中心に活動していた時に、お世話になった受付さんだ。

 ギルドの制服に身を包み、ウェーブの掛かった明るい栗色の髪を肩まで伸ばしている。

 制服の上からでもわかる抜群のスタイルは、流石人気一番の受付さんだ。


「あれ? フェル君じゃないの!

 久しぶり!」


「お久しぶりです。

 もう一年ぶりですね」


「全然会いに来てくれないから寂しかったわよ」


「元気そうで何よりです」


 アメリさんの様子は、前と変わらない。

 俺達パーティが続いてた時と、変わらない。


「そういえば、ムラン君たちは?」


 やっぱり聞いてくるよなぁ、そこ。

 さて、何と答えたものか……なんて言ってても、言えることは一つか。

 俺は、一言だけ答えた。


「クビにされたんですよ、俺」


「……は?」


「だから追放されたんです、パーティから」


「……ええええええええ!?」


 アメリさんの叫び声が、ギルドに響き渡った。


「ちょ、ちょっと待って! この前会ったときはあんなに仲良さそうだったじゃない!」


「そうなんです。でもその後、一人の女が俺達についてくるようになって……」


「あ、なるほど、察したわ」


 俺自身よりもよほど早く、アメリさんは納得したようだ。

 いろいろなパーティの話を聞いている分、空中分解したパーティのこともわかるのだろう。


「そういう女、パーティクラッシャーっていうのよ!

 上位パーティの仲間になるために、メンバーに媚を売って、最終的にめちゃくちゃにしちゃうの!」


「へえ、よくある話なんですね」


 パーティクラッシャーか……そんな連中が存在するなんて。

 じゃあ俺も、俺を追放しようとした「姫」によって、意図的に排除されたってことか。


「そう。しかも狙われるのは縁の下の力持ち……つまりフェル君みたいな人達なの。

 サポートとかも、あって当然ってなっちゃえばありがたみを感じなくなってしまうでしょ?

 それでヒーラーとかサポーターを追放して、後になってからそのありがたみを実感する……メンバーを追放したパーティの成れの果てね」


「そうですか……」


「ところで、どうして前線から戻ってきたの?

 あそこなんて、いつも人手に困ってるんだから、他のパーティに入ればいいじゃない」


 まあ、確かにそうだ。

 だがあそこにいると、何度も何度も、クビを宣告された時の言葉が脳に反響する。

 それに、気分的にも他のパーティに入る気にはなれなかった。

 しばらく、ダンジョンから身を遠ざけたかったんだ。


「クビを宣告されて、ショックだったんです。

 しばらくダンジョンに潜りたくなくて……でもそれじゃあ生活できないので、王都でちまちま日銭を稼ごうかなって」


「そう。

 それじゃあ、王都での再出発を祝って、今日は飲みましょう?

 一杯奢るわよ」


 「いいんですか?」


「もちろん!

 いやなことも忘れるまで飲めば、忘れられる。でしょ?」


 その時、不意に俺の肩に、何者かの腕が置かれた。

 そいつは、筋肉隆々のマッチョマン。

 昔俺達パーティと共に行動していた、懐かしい顔だ。


「そういうこった。

 聞いてたぜ、パーティから追放されたって?

 そいつは傑作だ」


 大きな笑い声をあげ、ビールに喉に流し込む男。

 その様子は、以前と全く変わっていなかった。

 

 そうか、姫によって変わってしまった俺みたいなやつもいれば、変わらない奴もいる。

 やっぱり王都でなら、うまくやっていけそうだ。


「しっかし、女一人に引っ掻き回されるとはな、お前のパーティ、お前以外ダメダメだな」


 今まで席で飲んでいた男たちが、ぞろぞろと集まってくる。

 そいつらの笑い声は、俺の中で燻っていた悪いものを、ゆっくり溶かしてくれるようだった。


「んで、アメリ。

 俺たち全員分奢ってくれるんだよな?」


「奢りません!」


 やっぱり、いいな。

 こういうのって。


 俺はアメリさんに奢ってもらった一杯を飲みながら、男たちと祝杯を挙げた。

「ダメダメなパーティから解放された記念」の祝杯らしい。

 愚痴を言いつつ、武勇伝を話しつつ、俺は夜通し飲んだ。

 ギルドにある酒を、片っ端から。


 気付けば俺は、酒場の机で寝てしまっていた。

 そんな俺の前に、何かが叩きつけられた。

 俺はその音に反応して、目を覚ます。


 ゆっくり顔を上げると、目についたのは……紙?

 それを叩きつけたのは、どうやらアメリさんだったようだ。


「フェル君、いい仕事が見つかったわよ!」


「ああ、おはようございいます。

 って、いい仕事?」


「これ見てこれ!」


 アメリさんが叩きつけた紙に書いてあったのは……。

 騎士団へのスカウト……?


 まさか姫様が、俺を本気で騎士団に……?


「ああ、確かにそんな話もしたような」


「ちょっと、これってすごいことなのよ!

 今の王国は、なぜか騎士団の規模を大きくしようとしないの。

 そんな姫様が、あなたを名指しで騎士団員にって言ってるの!」


「まあ、ここに来るまでの間で、姫様と話す機会があって。

 その時にちょっと話したんですよ」


「姫様と話しぃ!?」


 アメリさんの声が酒場に響く。

 ついでに俺の頭にも。

 ……完全に二日酔いだ……。


「フェル君、姫様の知り合いなの……?」


「知り合いみたいですね?」


「な、なんで疑問形なの?」


「俺にもよくわからないんですよ」


 解せない様子で、アメリさんは眉を顰める。


「よくわからないって……。

 さっきすごいことって言ったけど、これ、初めてじゃないのよ

 王家から、なぜかあなたを名指しで、騎士団の求人が来るのよ。

 二年前から何度も」


「二年前から?」


「私達ギルドとしては、上位パーティとしての頭角を現してきたあなた達を、簡単に渡すわけにはいかなくてね。

 門前払いしていたところなんだけど……今のフェル君になら、教えてあげてもいいかなって。

 あなたを必要とする人がいるってことを」


「俺を……必要としてくれる……」


「どう? 行ってみない?」


「行きます――!」


 そうか、姫様は二年も前から俺を、必要としてくれていたのか。

 そう思ったら、胸の中から何かがこみあげてきて……。


「オロロロロロロロロロロロロ」


 俺は、盛大に吐いた、嘔吐物を。


「――明日になったら」

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