第18話 カイピリーニャとカーニバル

 すぐ横を、幾種類ものデザートをたっぷり載せたカートが通った。クリスティナさんが「いかが?」と勧める。

 今日は罰を受けなくてもよいかと思っていたのだが、う出られては逃げる訳にも行くまい。

 覚悟を決めて、並べられた皿を見た。いずれ劣らず凶悪な甘さを予感させる風貌。苺とピーナッツのタルト、パパイヤクリーム、バナナのケーキ、そして様々なチョコレートケーキ。私が択んだのはマラクージャ(パッションフルーツ)のムース。橙色のムースの上に、黒い種が点々とちりばめられている。


 ティラミスを取り上げたクリスティナさんは、ついでにカクテルを頼んだ。愛想よくやって来た男がれにする? と示した容器のなかには、イチゴとキーウィとパインにライム。カクテルのなかに入れるらしい。此れから択べと云われれば私にはライムしかない。


 すると男はにやっと兄哥あにきな笑顔で、グラスに氷とライムと砂糖をたっぷり入れ、金属の棒で荒っぽく潰した。そこへブラジル名産の蒸留酒、カシャーサを盈々なみなみ注いで、からのグラスで蓋をする。

 二つ重ねたグラスをごつい腕で豪快に振り、カクテルは完成した。

 その名をカイピリーニャ。

 ライムが爽やかで一杯さらっと飲んでしまう。だが飲み口が良いとは云え、明らかにアルコール度数が高いことの窺える味。人を酔い潰れさせるための危険な酒だ。



  ***



 帰り道では今日も若者たちがバーから溢れて、路上まで熱気で沸き立っていた。

 一杯のドリンクさえあれば彼らは、何時いつまでも友人や恋人と楽しく語らい続けられるのだろう。

 店の奥からサンバが聞こえてきたと思ったら、若者たちはうずうずと体を動かし始めた。少しひらけた処では男女数人が踊りだしている。謝肉祭カーニバル迄はまだ遠いが、ブラジル人ならサンバを聴いて踊らないと云う法はない。彼らの血が肉が、いやでもう仕向けるのだ。


 リオデジャネイロが最も有名なダンスパレードの熱狂ぶりは、世界最大の祭りと称するに相応しい。最早ダンサーと云うよりパフォーマーと呼ぶべき踊り子たちの多くは黒や褐色の肌をしている。この際サンバの出自が黒人奴隷の音楽にあることは注意しておいてよいだろう。あの熱狂の裏にはかつて抑圧されていた黒人たちの、ハレの日の歓喜の爆発があるのだ。


 そのことに想いを馳せると同時に――今、はだの色に関わりなくブラジル人たちに共有されているダンス好きは、人種間の相克を(完全ではないにしろ)彼らが乗り越えた象徴であるかに思える。

 それはひとりブラジルのみならず、人類全てを照らす希望だ。


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