第26話 ドライブとパラナ松

 会計を済ませていたところで、急に騒音が大きくなったと思うと、外は驟雨が猛烈にアスファルトを叩いていた。暗くなった空では雷神を戴いた黒雲が不穏な音を鳴らしている。突風が樹々を揺らして、駐車場に並んだ車を横殴りの雨が乱暴に洗う。

 先刻までは真っ青に晴れていた空がほんの一瞬で嵐になるのは、これも山の天気と云うことなのだろうか。気紛れな天は人々を驚かせて気が済んだのか、ほんの数分はげしく雨を降らせたあと嵐はあっさりと去った。

 私たちは雨が小止みになるのを待って車に乗り込み、少し遠回りをして街へ向かった。車を走らせるうち次第に窓の外が明るくなってくる。


 雨が上がって陽が射すと、大豆畑の上に虹が架かった。なにものにも区切られないまったき空に、けることなく綺麗な半円を描く七色のアーチ。天にはうすい雲がかかり、地には濡れた道路が水先を案内する。



 虹の下に広がる緑の大地に変化をつける特徴的な樹は、パラナ松だ。

 真っ直ぐ伸びた太い幹の頂上のあたりで、傘が開いたように枝が八方へ広がる。穀物畑や草原の中にパラナ松の立つ様子はどこかサバンナの植生を思わせるが、此処はれっきとした温帯気候。緯度にして南緯三十度、沖縄より低緯度になるこの地がほど暑熱でないのは、標高千メートルの高地に位置する為だ。


 パラナ松は州の保護指定樹木で、枯れない限りることは禁じられている。お蔭で街じゅうにランドマークが乱立しているが、開発に邪魔となると枯葉剤を撒いて、故意わざと枯らす不心得者も在るのだとか。


 「松」と称しているが、この樹は実は、厳密には松ではない。とは云え杉の一種だと云うから私にすれば大差ないし、他の多くの者にとってもそれは同様らしい。きっと今後も「松」と呼ばれ続けることだろう。

 種子は食用になる。その名をピニャオン。味は、少し素朴な栗と云ったところ。食感は銀杏が近い。


 ピニャオンと切り離せないのが、真冬にかかろうという時期に行われる六月祭フェスタジュニーナだ(七月に入っても続く)。もとはポルトガルで聖人の日を祝う祭りだったのがブラジルへ伝わると、農繁期を終えた冬の祭りに発展したらしい。田舎のお祭りと云った風情で、皆が競って田舎くさい仮装コスプレをする。カラフルな衣装に身を包み、顔には雀斑そばかすを点々と描いて髪は三つ編み、頭には麦藁帽。

 輪になって陽気に踊る人たちへ名物として供されるのがこのピニャオンと、甘いホットワインとケンタォン(カシャーサに生姜や砂糖を入れぬくめた飲み物)だ。


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