第27話 膚の色と差別

 空港で最後のハグをしてクリスティナさんに別れを告げ、サンパウロ行の便に乗り込んだ。其処で乗り継いで中東経由で日本に到着するのは、時差もあるためまる二日経過した後の木曜夕方だ。

 ため息をいて本を取り出したところで、後から来た男性に「失礼」と声を掛けられた。


 空いていた奥の座席の客だろう――と見上げると、目の覚めるような美しい漆黒のはだ

 シャツから突き出た腕の、逞しい肉は無駄のない形姿フォルム。私が立って空けた道を通って奥の座席に収まるとだ我れ独り尊しと云う風情で、周囲に目もくれず開いた本を読みだした。頭から冠ったヘッドホンは音の外に洩れないタイプ。彼が何を聴いているのかは判じ得ない。


 ブラジルでは様々な血の混じった褐色の膚の人を見ることが多いのだが、彼の血筋は奴隷船から降り立って以来数百年の長きにわたりアフリカの大地から伝えられた純血を保ち続けているかに見受けられる。つい見入ってしまったが、彼は私の無神経な視線など気づかぬ風に、ライトの下に黒く輝く膚を惜しげもなく晒した。


 日系人も含めて様々な民族の移民を多くの地域からあつめたブラジルでは、長年の間に血を交わらせて、人種の坩堝と呼ぶに相応しい社会を形成している。そしてこの、複数の血を享け継ぐ人たちの存在は人種間の架け橋となって、例えばアメリカ合衆国では兎角先鋭化しがちな人種間の差別や確執を幾分か和らげる役割を果たしているように思える。



 ブラジルで人種差別がないとは云わない。まことに残念ではあるが、およそ此の世の理性的存在者にして差別意識から無縁でいられる者などはいないのだろう。


 差別意識は人の心に刻み込まれた本能なのだと思う。

 自分より優れた者、恵まれた者を妬む心。自分より劣った者を嘲笑あざわらい嫌悪し、あまつさえ蹴落とす心。異質なものを恐れ警戒した末に敵と見做す心。悲しいかなその心は、誰の胸の奥にもその種子がかくされていて、不図した拍子に萌芽がむくむく茎を伸ばし、猛々しく枝を広げ葉を繁らせ、そのいただきに毒々しい花を咲かせる。花はんと甘い匂いを放って、人も我をも蝕むだろう。

 病根を持つこと自体を恥じる必要はあるまい。むしずべきは、自らに点瑕なしと信じて毫も省みることない慢心だ。


 斯く云う私も自らを省みれば、醜い差別意識に縁づいた狭小な矜持や畸形の愛憎が如何に際どく隠れていることか。

 殺し屋稼業の私が云うのは笑止だろうが、人はみな自身の罪にいま少し自覚を持っても良いと思う。


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