第20話 珈琲

 仕事もあるし、午餐ひるは控え目にと思っていたが、旅先で節制するのはやはり難しい。ついつい肉もビールも過ごしてしまう。

 しかもそこで終わらなかった。クリスティナさんが澄ました顔でデザートメニューを頼んだのだ。私の嗜好を知ってか知らずか、彼女には追い詰められてばかりだ。観念してフォンダンショコラとカフェジーニョを頼んだ。カフェジーニョとは小さなカップに入ったコーヒー。ブラジルで「〇〇ーニョ」とくれば、「っちゃな〇〇」という意味だ。

 濃く淹れて、色は真っ黒。砂糖を溶かして飲むのが普通だが、ここは無糖で許してもらいたい。

 何しろフォンダンショコラに大きなバニラアイスが二つもついてきたのだ。トッピングにも程がある。



 ブラジルは、云わずと知れた珈琲の一大産地だ。

 パラナ州にも多くの珈琲農園があるらしいが、実はこの辺りが生産の南限なのだそうだ。戦前戦後にはるか海の彼方の日本から渡った移民たちも、獰猛な自然と闘い此の地に珈琲農園を切り開いたのだろう。

 人の事情に頓着しない自然は時に、人間の長年の営為を一瞬で無に帰させて平気な顔をする。数十年前に一帯を襲った霜害では多くの農家が大打撃を受けたと聞いた。その頃この地に、だ自然を飼い馴らすほど人類の文明は行き渡っていなかったのだ。


 遠い海の向こうで灰色の戦争があった間に日系移民は財産を没収され、収容所に送られもした。それでも歯を喰いしばって、親から子へ、更に孫へと世代を継いで日系人社会は今やこの国に一定の地歩を築いている。彼らの苦難の歴史を物語るかのような珈琲をありがたく頂戴した。味わいは深く、苦い。



 余りに大きな台地であるためについ忘れがちだが、この都市は標高千メートルの台地の上に立っている。

 緯度で云えば台湾と同じような位置にあるのに霜害に苦しめられたのはその所為せいだ。とは云え概ね年間を通して穏やかな気候を享受しているらしい。一方で天気が変わり易いのは、やはりこれが山の天気と云うものなのだろうか。

 一日の中に四季がある、とクリスティナさんは笑った。

 朝は肌寒かったのが昼は額に汗が浮かび、夕方になるにつれ次第に暑熱は去って、総じて夕べは過ごしやすい。



 陽の真面まともに照りつける今は初夏の陽気だ。陽光を白く反射する卓子テーブルでフォンダンショコラの甘味にさいなまれながら、今日の依頼内容を確認した。

 頭上から流れてくるのは、ボサノバの甘い旋律しらべ


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