五日目 月曜日

第19話 夢とステーキ

 厭な夢で目が覚めた。


 夢の中では過去殺した標的ターゲットの一人が何故か甦って、私に復讎しようと追って来るのだった。相手を二度も殺す気はさらにない。かと云って穏和おとなしく殺される気もない以上、ここは逃げるにかずだ。だが彼は執拗に私に迫った。ついに彼の手が私を捕らえ頸を絞めた時、私はナイフをり彼の胸に当てた。それを見て彼は、にたりと笑った。…………。



 何が憂鬱と云って、自身の醜い本質を逃れようなく思い知らされるに勝るものはない。

 口先では殺し屋の仕事は不本意な義務であるかのような言辞を吐きながら、いざ危地に陥れば自らが生き延びる為に他人をあやめることも辞さない獣性をお前は備えているのだと、あからさまに指摘される心地がしたのだ。


 だがこれを獣性と云っては恐らく獣に失礼だろう。

 獣が生きるために持つ本能的な冷酷を獣性と呼ぶならば人間はたしかにそれを理性の下に押さえ籠め得たのかもしれない。それは恐らく人間が社会性を獲得した所為ためだが、同時に身につけた人間的な残酷は、野獣よりも鋭利な爪牙そうがを人間一人々々の内にかくしている。

 ときに人間性は、残酷な爪と牙とを成長させるのだ。そして私も、その桎梏から免れてはいない。


 ……今夜は仕事だ。きっと私は気がたかぶっているのだろう。



  ***



 元気を出さねば仕事に差し支えかねない。となれば、食すべきは肉だろう。午餐ひるからステーキ。肉はアルゼンチン産。此処では旨い肉と云えばアルゼンチンビーフなのだそうだ。

 ならばビールもアルゼンチンのものであるべきだ。「パタゴニア」の琥珀アンバーラガーを頼む。


 肉の注文オーダーは、骨付きアバラ肉アサド・レ・チラリブロースビフェ・アンチョ。それに定番の「マヨネーゼ」。ポテトサラダのマヨネーズ和えだ。


 勝手にガーリックトーストがついてきて、マヨネーゼと一緒に口に入れているうちステーキが来た。熱した鉄板を木枠にめて、その上では肉の塊が二つ新鮮な湯気を上げている。店員が切って、二人に取り分けてくれた。

 アサド・レ・チラは脂たっぷり、骨の周りについた肉が特に美味しい。

 ビフェ・アンチョは日本ではそうは見れない肉厚サイズ。刃を入れると真っ赤な肉汁が溢れ落ちた。味付けはシンプルに、塩と胡椒。肉は驚くほど柔らかいのだが同時に弾力があって、奥歯でぐりぐりと筋を切り噛み潰していかなければならない。噛めば噛むほど肉本来の味が口腔に沁み渡る。これぞステーキだ。


 パタゴニア・アンバーラガーはやわらかな口当たりだが濃厚。

 二杯目は「キルメス」に。いずれもアルゼンチンの定番ビールだ。こちらは軽くて飲み易い。


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