第21話 依頼者

 仕事の前には必ず依頼理由を問うことにしている。


 勿論私は裁く者ではない。だが、ただ殺せと命じられて殺すのだとしても、その裁きに同意したうえで実行したいのだ。私の行為は法にも人倫にももとる、紛れもなく悪しき行為だ。罪から逃れる積りはない。自らが裁かれる段になって「私は指示に従ったまで」などと醜い言い訳はするまい。うである為に、私はひとつひとつ仕事の背景を聞き、自分でもその結論に納得しておきたいのだ。く考えるのは思い上がりだろうか。


 今回の仕事の依頼者は、標的ターゲットに殺された犠牲者の父親なのだと云う。職務上の守秘義務があるので事件の詳細に立ち入ることは避けるが、加害者と被害者との間に面識はなかったらしい。

 突然の凶報に当初両親は何を考えることもできなかった。少しずつ娘のいない現実に目覚めるにつれ犯人を憎む気持が募っていったが、それでも両親は法が彼を裁くのを待った。父親は法曹界に身を置く男なのだと、クリスティナさんは云った。


 二度の控訴を経て最高裁まで争った裁判は十二年にわたった。

 結果は終身刑である。死刑の存在しないこの国で、最も厳しい刑ではあった。

 故に両親はそれに満足しなければならなかった。娘を殺した男は、二度と社会に出ることはないだろう。仮令たとい刑務所の中が自由以外の人権を認められて日々生きる歓びを謳歌できるものだったとしても。

 母親は、その後十年を泣いて暮らしたそうだ。事ある毎に娘を思い出しては涙を流し、娘の前に開けていたはずの未来を冗々くどくどと語り、最後に犯人への恨み言をぽつりと発し、十一年目のクリスマスに亡くなった。

 依頼者である父親が、本気で殺意を抱いたのはこのときだ。妻は犯人の死を見ることなく死んだ。自分もあと何年生きられるか分からない。娘を殺した男の死を見届けずに死んでは、妻にも娘にも顔向け出来ぬ。



 つい今しがた食べ終えたステーキの脂が、まだ食道を塞いでいる心地がする。其処へアイスクリームを無理やり押し込んだ。喉から胃まで痙攣しそうなのを我慢して最後の一匙ひとさじを口に入れ、喉を鳴らして飲み込んだ。


 この父親には、被害者も遺族も皆死に絶えた後に加害者だけが暢々のうのうと生き続ける現実を、如何どうしても飲み込むことが出来ないのだろう。彼の想いに人は異を唱え、非難するかも知れない。いずれが正しいか判断するのは私の思惟の力を超える。

 だ、法規範の善なることを信奉し生きて来た男が過去も信念をもかなぐり捨て、法を踏みえる覚悟をしたのであれば、私もその覚悟に応えよう。


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