第12話 モヘッチス④終点、バヘアード

 楽園の光景に陶然としているうち、次第にまた人家が増えて来た。彼らの生業なりわいは恐らくバナナ農家、或いは鉄道の営繕か。洗い晒しのシャツをひるがえして走りまわる子供たち。庭に干されたカラフルな洗濯物。

 車内をかえりみれば、其処には裕福な乗客たち。線路沿いの家から手を振る親子に、笑顔で手を振って返している。

 いつしか列車は速度を緩め、ゆっくりゆっくりと小さな町のなかを進んで、やがて王者のように駅のホームで停車した。



 駅の名はモヘッチス。外港のパラナグアまではまだ距離があるが、見晴らしのよいルートはこれまでだと云うのか、観光列車としては此処が終着駅だ。

 時刻は午后一時。千切れた綿菓子のような雲の浮かぶ青空が眩しい。クリスティナさんに連れられ、町へと向かった。


 町のレストランは何処も賑わっていたが、特に待たされることもなく席に案内された。メニューは一択、バヘアード。此の地の名物なのだと云う。

 やがて壺に入ってやってきたのは煮込んだ牛肉のスープ。これにキャッサバの粉をかけて固め、白飯と焼きバナナとともに食べるのだ。

 肉はコンビーフ風に柔らかくほぐれている。味付けはあっさり、こころもちしょっぱい。頼まなくとも白身魚のフライに、マンジョッカ・フライがついてくる。いつもの如く満腹だ。


 だが今日は此れで終わりとはいかない。最後に越えねばならない壁がある。胸にし掛かる黒い罪は未だ祓われていないのだ。

 心に積もった罪を償うためには破壊力満点のブリガデイロしかないだろう。ブリガデイロとはチョコレートにコンデンスミルクを練り込んだ逸品。太陽の国ブラジルの、渾身のスイーツだ。


 その姿は、トリュフチョコ或いはチョコレートボンボンに比すべきひと口サイズが一般的。

 だが今回は、より凶悪な半液状ブリガデイロを所望した。ほぼコンデンスミルク、チョコレート風味。荒々しいほどの甘さは口腔内あますところなく広がって、逃げ場もない。



 贖罪を済ました心地でふっとレストランの下を流れる川を見下ろした。其処に見えたのは田舎の平和な休日――子供は水遊びに興じ、大人はカヌーに遊ぶ。

 川にかかる橋から、地元の子供たちが次々に飛び込んでいる。数メートルの高さは度胸試しとしては危険度が高いようにも思えるが、彼らは敢然と落下に身をまかせる。何処の国でも川に架かる橋があれば、人は飛び込みたくなるものらしい。

 まだ楽園の夢から覚めていないと錯覚させるような、素朴な町の午下ひるさがりだった。


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