二日目 金曜日

第2話 「朝の珈琲」とハグ

 ブラジルで朝食を指す言葉は「朝の珈琲」。ことが物の本質を幾分なり反映するのだとすれば、彼らのなかでそれは飽く迄珈琲。食事ではないのだ。その割にボリュームは決して小さくないのだが。


 ブラジルの朝食につきものと云えばパン・デ・ケージョだ。チーズ風味のもっちりパン。日本の某ドーナツチェーンの「ポン・デ・リング」は恐らくこれをモデルにしているのではなかろうか。チーズ風味ではないにせよ、あの食感はパン・デ・ケージョを髣髴とさせる。そして、日本語にもなっているポルトガル語の「パン」は、発音は心持ち「オ」が雑じって「パォン」。

 発音と云えば、「朝の珈琲」を現地語で発音すると「カフェダマニャン」……響きが妙に可愛い。「マニャン」は「朝」の意だ。

 ちなみに、「明日」は「アマニャン」。

 マニャン・アマニャン・カフェダマニャン(朝・明日・朝食)。ブラジルの、朝の三段活用だ。全身を刺青で埋め尽くしたマッチョな、んないかつい男も毎朝ニャンニャン口にするのだと思うと、なんだか微笑ましい。



 朝食を了え部屋へ戻ろうとした丁度その時、クリスティナさんがホテルに着いた。ロビーで声をかけられ、挨拶はハグと接吻ベージョ

 この挨拶はブラジルではごく一般的で、男女間でも女性同士でも、其処らじゅうでハグしている。そして頬に唇を寄せ、キスするような音を立てる。但し実際に唇をつけるとは限らないようだ。

 初めてブラジルを訪れた時は随分途惑ったものだが、そのうち慣れた。とは云え、白人・黒人を相手のハグはまだ平常心で出来ても、日系人が相手となるとうは行かない。日本人と全く同じ姿をした女性とのハグは、妙に生々しくて苦手だ。


 ちなみに男性同士でも勿論ハグはするが、男女間・女性同士に比べると頻度は落ちるような気がする。接吻は(恐らく)しない。私としては有難い限りだ。




 サンパウロは南米最大の人口と経済を誇る巨大都市だ。近郊地域も含めると抱える人口は二千万人、南米のみならず南半球最大の都市でもある。

 その真ん中に位置する「パウロっ子通りアヴェニーダ・パウリスタ」は金融・商業の本社が軒を連ねる大通りで、人が絶えない。


 片側四車線の大きな道路。その下には地下鉄が通っている。

 街路に植えられた様々な樹々に草花。ジャカランダの花が道に散って、人びとの踏むがままに任されている。南半球を代表する大都会は、その中心地でもしっとりと、緑と花で溢れていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る