第4話 移民

 南北アメリカ大陸に住む十億人からの人口の大部分は、十五世紀末以来旧世界から押し寄せた者たちの末裔で占められている。コロンブス以前からこの地にいた先住民は、新旧大陸の邂逅より百年の間にその人口を激減させた。勢い植民地経営は、欧州人やアフリカ大陸から運ばれてきた人々の労働力に頼るより他なかった。

 その時点で既に新大陸は移民の国と云えそうだが、ブラジルを多民族・移民の国とするに至る真の民族大移動は十九世紀以降に起こる。


 十九世紀末に奴隷制を廃止したブラジルはその後各国から多数の移民を受け入れた。イタリア、ドイツ、東欧やウクライナ。中東のシリア、レバノン。そして日本。

 彼らが幸せであったか如何どうかは疑問だ。所詮奴隷の代わりの労働力である。劣悪な労働環境にイタリア人移民は反乱を起こし、日本人移民は夜逃げした。

 逃げた者たちは日傭い仕事に露命を繋ぎ、あるいは自ら密林に農園を切り拓き、あるいは政府補助を得たり金を出し合ったりして農地を取得し、血を吐く思いで南米の地に生きる足掛かりを作り上げた。


 苦労して未開の地に農園を拓いた日系移民は、種々いろいろな農作物の栽培に挑戦して農業大国ブラジルの礎を築いた。今では彼らは社会でそれなりの地位を占め、相応の尊敬を払われている。

 此の地で日本や日本人が親しみと敬意を以て迎え入れられるのは、一面に於いては彼らの百年の艱難辛苦のお蔭だ。日本からの進出企業は、多分にその恩恵をこうむっている。




 ブラジルではくも存在感を誇る日系人だが、世界で活躍する東洋人移民と云えば中国人だろう。

 華僑のネットワークには実に舌を巻かされる。かつて華僑の同僚と世界を廻ったことがあるが、東南アジア諸国は勿論、アメリカ合衆国でもオーストラリアでも華僑の仲間が在って歓待してくれた。困ったことあれば百年の知己のようにたすけの手を伸べてくれる彼らの姿に、華僑社会の底力を感じたものだ。それと同様の援けを日本人が得られるブラジルは、稀有な国である。

 もっとも華僑のなかにも派閥や系統はあって、表面上は援けても心の奥では気を許していなかったり、中には仇敵同然にいがみ合う者もあるらしい。


 日本人は彼らほど世界中を闊歩するバイタリティーを持たないように見えてしまうが、南米で逞しく生きる日系人を見ると、本来うではない筈だとも思う。居心地の良い極東の揺籃ゆりかごを飛び出し異国で活躍する日本人が二十一世紀にも輩出されることを願ってまない。


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