第5話 フェイジョアーダ

 昼食はリベルダージ近くのレストランで。

 ブラジル料理と云えばずシュラスコが思い泛ぶだろうが、ブラジル人の愛する国民食としてフェイジョアーダをその前に挙げてもあながち間違いではあるまい。


 豆をベースにした黒いスープの中に、輪切りにしたソーセージや、モツ、肉の欠片などがたっぷり入っている。滋養とコスパに優れたこの料理、元は奴隷や使用人に食べさせる為の料理だったらしい。それがういう経緯か幾百年いくももとせを経て、今やこれさえ出しておけば大人も子供も大喜びの国民食である。日本人にとってのカレーライスか、それ以上の存在感だ。


 白飯の上にフェイジョアーダをかけると、途端に皿の上一面が黒くなった。お汁粉のようなねっとりとしたスープに、やはりお汁粉に入っていそうな割れた豆。その間をごろごろと肉などの具が転がる。

 これに具を入れず、豆だけにしたものはフェイジョアォンと呼ばれる、これもポピュラーな料理だ。豆だけになると愈々いよいよ見た目はお汁粉のようになる。普通は米飯ごはんにかけるのだが、試しに砂糖と餅を入れて食した日本人がいたらしい。勿論お汁粉とは似ても似つかぬ味で、食えたものではなかったそうだ。


 殆ど脂ばかりのような肉や、(骨付きの肉ではない)に内臓モツと云った、屑肉とでも呼ぶべき部位が多いが、その中にたまに見つかる当りを引くのが楽しいのだとクリスティナさんは云った。むしろ私は、脂の塊のような肉を好んでった。女性ならばコラーゲンたっぷり、と喜ばれそうな、ぷるんとした食感に濃厚なスープ。

 フェイジョアーダにはオレンジが付き物だ。こってりしたフェイジョアーダにまみれた口の中を、柑橘で爽やかにしようと云うのだろう。同様に口直しせよと云うのか、目玉焼きも添えられている。




 満腹して、タクシーに乗ってホテルへと戻った。今日は渋滞は幾分ましだ。窓の外に街が流れる。

 道路の側壁も其処らのビルの壁も、様々な落書きで彩られている。雑な装飾文字もあれば芸術品と思えるもある。渾然一体となってそれらはもう街の情景に不可欠と云えそうだ。

 ビルの隙間や道路の中央帯や公園に姿を現す樹々や草花。日本のそれのように人に飼い馴らされた感じは受けず、どこか野生の匂う禍々まがまがしさにどきりとする。隙あらばまだ人に仇為あだなしてやろうとひそかに狙っているかのような禍々しさ。一雨ひとあめ来そうな、人を不安にさせる空気故だろうか。


 見上げれば上空を飛行機がよぎる。腹が鈍く光るのが近くに見えるのに、音は遥か遠くから届くようだ。


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