第7話 ファベーラ

 食事をえれば残るは仕事だ。私の仕事はいつも夜。死は時を選ぶものではないが、し人の世に美しい条理があるならば、死は罪びとを夜ひっそり訪うべきだと思う。


 クリスティナさんの運転で郊外の刑務所へ向かった。街灯の寂しい道を行くと、電線に何かがぶら下がっているのが見える。目を凝らして見れば古い靴だ。

「クスリが入荷してるよってしるし

 軽く云うクリスティナさんには特段の恐れも忌避の表情も窺えない。

 だがこの辺りを普通の人間が歩くのは昼夜に拘らずお勧めしない、と彼女は云った。

 貧民街ファベーラは巨大なものばかりが有名だが、実際には街の至るところに環境劣悪な貧民街が日々生まれ、年々育っている。当局が介入しない限りそれらが消滅することはまずないが、その代わり少しずつ豊かになっていく住人はあるようだ。貧民街を住居すまいにする人々もそれぞれ明日に希望を抱いて生きている。


 その一方で、貧民街を支配する麻薬組織のしがらみから脱け出せない者たちがきないのも、目を逸らすことの出来ない現実だ。この街に生まれ落ちた子供たちは、気づけば組織の蜘蛛の糸に絡め捕られて、呼吸いきをするように自然と犯罪に手を染める。

 暗い路地を歩く若者三人連れ。何を見ているのか、ぐったりと道端に座り込んで目だけ光らせる男。裸足でサッカーに興じる子供たち。彼らの手足は一様に細い。


 四辻を二つ過ぎるうちまた靴が現れた。月明りも乏しい夜空に、靴は吊られた晒し首のように不気味に揺れていた。



 そんな貧民街を幾つか通り過ぎた末に辿り着いた刑務所。高い壁と、その上を冷たく飾る鉄条網が外界との交流を拒絶している。

 夜間、刑務所に入る全ての門はとざされる。壁と鉄条網は専ら内から外への逃亡を防ぐ為のものではあるが、勿論外から内への侵入も許さない。

 標的ターゲットはこの中にいる。仕事道具を持っての侵入は極めて困難。ればこそ、刑務所内の殺しを請け負う仕事人は稀少だ。まことに遺憾ではあるのだが、私以上にこの仕事を確実に仕遂げられる者は此の世にいないだろう。



 クリスティナさんは正門の前を速度を落とさず通り過ぎ、その先に並ぶ民家の一つに車を入れた。人が住んでいるとは思えない荒れ様だ。家の壁には落書き。地面にはシュラスコでもした跡らしき黒焦げた炭が転がっている。


「早く済ませてくださいね」とクリスティナさんは云った。

 こんな場所に独り残されるのはそれは心細いだろう。

 私はうなずいて、目を閉じた。


 さあ、仕事だ。

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