第15話 日曜市とドイツバー

 カテドラルから出て、日曜市の並ぶ石畳の通りを歩いていく。革、織物、玩具……各種の手工芸品を置いた屋台が並び、公園にはパステウや砂糖黍ジュースを売る屋台がい匂いで人々の鼻腔をくすぐっている。少し外れたところには様々な大きさの画が立て架けてあって、その脇で画家たちが暇潰しの雑談に興じている。

 少し進んだ先ではインディオの親子が道端に麦藁細工を広げているのが見えた。

 パステウには心惹かれたが、ここで腹を膨らませてしまうと昼食が入らない。カテドラルの直ぐ傍にあったドイツ風のバーが気になっているのだ。一通り日曜市を廻った後で、スタート地点まで戻ってバーに入った。



 大きなテディベアが迎える入口の先は半地下になっている。薄暗い座席で地ビールを注文しようとしたら、「スブマリーノ」が名物だと勧められた。名物と聞けば試さねばなるまい。

 やがて運ばれてきたグラスのビールジョッキの中には、陶器のミニジョッキが沈んでいる。成る程潜水艇スブマリーノだ。ミニジョッキの中に隠れているのはアルコール四十度のウィスキー。一瞬怯んだが、多少酔った処で今日はオフだと肚を括った。


 料理はドイツらしくソーセージやポテト中心、塩胡椒とケチャップの素朴な味つけで幾らでもビールが進む。

 ウィスキーの溶けたビールは意外と飲み口がやさしく、美味しく飲めたのだが、アルコール四十度は甘くはなかった。三杯目で気づいたが時既に遅し。ふらふらしながら店を出る羽目になってしまった。



 酔い覚ましに、午后二時を過ぎたばかりの下町を心許ない足で歩いてホテルへ向かった。日曜は休んでいる店も多く、人通りは少ない。閉じられたシャッターやビルの壁には彩り賑やかな落書き。


 歩道の端に落ちたパンの食べ残しを拾いに雀が降りてくる。と思ったら、小鳥の羽根は鴬色をしていた。別の小鳥が低木の間から跳び出て来たので今度こそ雀かと思ったら、羽根が烏のように黒い。小鳥一つ取っても、日本とは異なるのだ。


 日本では見ない鳥のなかに、狂暴だから注意するよう云われたものがあった。その名も「ケロケロ」。名の由来は鳴き声だそうだ。ケロケロ鳴くから「ケロケロ」――単純でいい。

 その姿はカササギに近い。飛ぶより草っ原を歩いては地の餌をついばむ。子育てシーズンは特に狂暴で、相手が人だろうが犬だろうが盛んに威嚇する。威嚇で広げた羽根の色は薄墨色に、黒と白。幾羽か集めてその羽根を並べれば、南の夜空に流れる天の河を渡す橋にはなりそうだ。


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