三日目 土曜日

第9話 モヘッチス①乗車

 依頼を果たして私の意識が元の躯に帰還したのが昨夜十一時。ホテルで僅かな時間横になっただけで、あくる朝はまだ陽も昇らないうちからチェックアウトし空港へ向かった。目的地は南部のパラナ州。かねて念願の観光列車に乗りたいが為の強行軍である。未明からの移動にお付き合い戴くクリスティナさんにはまったく申し訳ない。


 観光列車は毎週末に運航されている。

 パラナの州都クリチバ市から、外港パラナグアにほど近い町モヘッチスへと、絶景の山岳地帯を縫って走る列車はゆっくり三時間余りをかけ標高差約千メートルをくだりおりる。


 空港からホテルへも寄らず直接駅へ向かうと、駐車場にはツアー客用らしい大型バスが幾台いくつも並び、ホームは既に乗客たちでごった返していた。ブラジル人の間でも観光列車は人気らしい。

 車輛はホームに横付けされていたが、まだ乗せては貰えない。私の乗るべき車輛は何処いずこ、とつらなる車輛を順々に見ていったが、だけ進んでも目当ての車輛番号が出てこないまま、とうとう最後尾に辿り着いてしまった。駅員に尋ねると、後から来るから待っているように、とのこと。

 行途ゆくてを見ればもう駅のホームも突き当りになってしまって、屋根の尽きた先に、真っ青な空が覗いている。


 暫時しばし待つうち、今着いている車輛にその座席の切符を持つ乗客たちが乗り込み、ディーゼル車が鈍重な音を轟かせ動き出した。我々後方車輛の乗客たちは置いてきりだ。茫然としていると、白い煙と共に別の車輛が向こうからやって来た。ゆったりと、堂々と、置いてき放りなどと心配した私を宥めるかのような悠揚迫らざる姿だ。


 私の車輛は最後の二十七輛目だった。後から到着した後方の数輛は特別仕様で、それぞれ観光を楽しむための趣向が凝らさられているなかでも、最後尾車輛は側壁の半ばほどが取り払われ三百六十度視界を邪魔するものとてない。雨の降る日はさぞ不便だろうと思うが今日は幸い終日晴天との予報だ。



 女性乗務員が入ってきて、マイクを手に話し出した。

 各車輛に一人ずつ、専属のガイドが付くらしい。車内のルールと旅の見所などを快活に案内してくれる。まずポルトガル語、私がそれを解さないことを察すると、英語を後から足してくれた。


 歌うように節をつけて、時に身振りも交えてサービス精神たっぷりだ。長年の間に様々な人種の血が混じったらしい風貌で、なかでも黒人の血が最も濃く出ているように見える。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る