第27話

報告書


 本日から、お嬢さまの帰還の日まで、私ことトラン・アコーレによる調査の結果をまとめる。

 現在お嬢さまの直面なさっている問題のうちいくつかは、お嬢さま御自身のお幸せに直結するものであり、与えられた任務における私の責任は極めて重大であると心得ている。

 またこのたび、めでたく御伴侶として迎えられたユランナ様をお嬢さまの帰還までお守りすることについては、何よりも優先すべきだろう。ユランナ様の隠れ家でのご様子については後ほど詳しく記述するものとする。


(1)カルシール・テリガン氏について

 アッセルバロット公爵家の被後見者。年齢22歳。出生地、両親、その他の情報全て不明。

 後見は半年ほど前からとのことだが、王都ではじめて公の場に現れたのは、お嬢さまの婚約披露の音楽会の際である。それよりも以前の来歴についても一切が不明。

 公爵家の使用人らから情報を得ることを試みるも、めぼしい収穫なし。どうやら公爵家の屋敷では生活しておらず、使用人たちも公爵夫人を訪ねてくるところを見かけるのみのようだ。

 以上のことから、収集した噂についても信憑性があるとは言えないが、一応記録する。

 公爵家には現在、直系の男子がおらず、相続人が誰になるのかは知られていない。おそろしく遠縁まで辿らねばならないか、あるいはいないか、と目されている。

 噂の中には、テリガン氏がこの遠縁の相続人にあたるというものがある。しかしながら、ユランナ様をあれほど警戒している公爵家において、遠縁の相続人を懐に入れるのは考え難い。

 他には公爵夫人の愛人であるというものや、公爵家の未婚のお嬢様方の結婚相手候補であるという噂がある。

 これらの真偽も含め、テリガン氏については調査を継続する。


(2)先代ヴァンスイール伯爵の遺族について

 管財人のハーランズ氏との打ち合わせを終えた。

 先代伯爵の残した債務の整理が終わり、資産状況の報告が完成したところである。詳細は別添の資料の通り。

 先代伯爵のご遺族には、お嬢さまのご指示のとおりヴァンスイール伯爵家所有の別荘のうちのひとつにお住まいいただくよう手配を終えた。使用人を不足のないだけ雇い入れること及び、当面の生活に必要な支出の管理をハーランズ氏に委託済み。

 しかしながら現在の領地からの収入を鑑みると、伯爵家の地所の維持とご遺族の生活費、先代伯爵のご令嬢の持参金、これら全てを賄うことは一応可能であるが、ご遺族にはそれなりの節約を課すべきと推測される。お嬢さまのご判断を待ちたい。


(3)前婚約者ソロー氏及びソロー夫人について

 先日、夫人の懐妊が公表された。夫妻はしばらく前からあちらの御領地に滞在しており、現在のところは守られている。

 夫人の実家からの持参金は多額であるとはいえなかったものの、結婚の支度に関してはソロー氏によって無事整えられたようである。今後も引き続き、夫人が手厚く遇されているかの確認は行なうものとする。

 また、お嬢さまのご指示どおり、夫人とお子様あてに出産準備の贈り物をいくつか届けた。お礼のお手紙をいただいているので、後ほどご覧ください。


(4)ユランナ様のご様子について

 かねてからお嬢さまの緊急用にとご用意していた隠れ家にてお過ごしいただいている。

 ユランナ様がどなたであるか知らず、しかし忠実で口の堅い少数の使用人がお世話している。これによりまずは御身の安全と、心安くお過ごしいただける環境を確保できているとしたい。

 オルリーンをルブリック伯爵家の王都の屋敷タウンハウスに滞在させてユランナ様の居所を偽装する作戦も、巷間の噂の浸透具合から今のところは成功していると言えよう。

 また、ユランナ様ご自身からの要望である護身のわざの訓練についても、順調に進んでいる。むしろ根を詰めすぎるきらいがあるので、ご無理なさらぬようお諌めする場面も度々である。

 以上のとおり、隠れ家にて伸び伸びと過ごされ、目を見張るご成長ぶりである。


(5)アグレシン子爵の出立について

 アグレシン子爵は甥御おいごさまの家庭教師を選抜なさるにあたり、十分な調査を行なったようだ。私の方でも採用された若い男性について、ある程度お調べしたが、特段の問題は出てこない。

 しかしながら、買収される可能性も全くないとは断言できないので、動向は注視せねばならない。アグレシン屋敷の家令とは今後も連携を図ってゆく所存。

 子爵は諸々の手配を整えてから、かねてからの目的であった人探しへ出立された。いくつか情報を得る見込みがある地域を訪れ、一ヶ月ほどで一度戻られるご予定とのこと。旅程のご無事と目的の達成をお祈りするものである。


トラン・アコーレ



◼️◼️◼️


リリンカへ


 衝撃的なことがあったので、記録を残しておくね。あなたがこれを読むのは帰還後になるかもしれないと知っていても、とても自分一人の胸のうちに秘めてなどいられないもの。


 なんと、と遭遇したの!

 しかも真昼間、王都の往来で。

 ね、今までお父さまもお母さまも何の情報も得られなかったのに、あっけなくて拍子抜けだよね?

 私の中でもまだ整理がついていないから細かく事情を書いてしまうし、丁寧な言葉も使えそうにないけれど、許してね。(テオセンったら、おまえの話は要領を得ない、なんて言うんだから。失礼だと思わない?)


 今朝のことよ。侍女のネリルと一緒に、マダム・クラントワの店を見に行ったの。

 ネリルは一昨年から私の侍女になったのだけれど、まだ経験が浅くて、私たち一緒に目下勉強中というところ。

 先日やっと、オルリーンからドレス選びの秘訣をいくつか聞く機会があって、なら実践して試してみたいと思うでしょう?

 そんな時に折良くマダムの店に新しい布地が入ったという情報を得たものだから、張り切って出かけたというわけ。

 店での成果については置いておいて(ここでそれを細かく書いてしまうような手紙が、テオセンの言うってやつだと思うのだけど、違う?)、どうせ外出したのだし、ついでに一ブロック先のザントレーの宝飾店ものぞいてみることにして、通りに出たの。

 そうしたら、まさに目的の店からアコーレが出てきたんだ。もちろん声をかけるよね、リリンカの動向やなんかを聞けるかもしれないし。

 その時の様子は、大体こんなふうだった。


「アコーレ!あなたも買い物?」

 リリンカの出立以来だったものだから、私の呼びかけはもしかすると少し大声だったかも。そのせいかわからないけれど、なんだか少し慌てた様子でアコーレはお辞儀をした。

「こ、これは!アンシェマお嬢さま」

「結構久しぶりなのではない?少し話せる?リリンカの様子、何か聞いていないかな」

「はっ、その、特には……」

 今思うと、彼の様子は少し変だった。そんな風にしどろもどろになるところなんて、見たことないもの。

「もし今都合が悪いなら、後でも――」

 屋敷に寄って欲しい、って言いかけたとき、アコーレの背後で店の扉が開いた。

 なにげなく見上げたら、なんと例の紳士が立っていたの!

 もう……やっぱり、本当にすてきだった。

 背丈はアコーレと同じくらい。つまり、テオセンとも変わらないくらいだね。

 それからあの素晴らしく綺麗な黒髪、今日は肩のところでひとつにまとめて、前に垂らしていた。決して最新流行の髪型とはいえないのに、あの人のはなんであんなに素敵に見えるのだろう!

 もしも会えたら、舞踏会の夜のお礼を言わなきゃだとか、お名前を教えてもらわなければとか、たくさん考えていたのに、いざ本人を目の前にしたら、何も出てこないの。

 私、馬鹿みたいに口を開けて彼の顔に見入ってしまった。今日は昼間だったから、彼の瞳の色が氷みたいな薄い青だってわかった。

 それでも、私がようやく役立たずの口から言葉を紡ぎ出せそう、っていう瞬間よ。彼ときたら帽子トップハットをぐいと引き下ろして、素早くお辞儀をして、またしても……またしても!

 走って逃げてしまったんだから!


 こんなことってある?

 せっかくの機会だったのに、完全にそれを無駄にしてしまったなんて。自分の不甲斐なさに腹が立つ!

 結局アコーレはたまたま店内で居合わせただけで名前も知らないと言うし。

 そうそう、あの方が一体誰なのか調べてくれないかアコーレに頼んでしまったけれど、いいかな?もしもリリンカの用事の邪魔になるようならずっと後回しでも構わない。どうかあの人をもう一度見つけてちょうだい!


 ……ここまで書いたのが、昨日のこと。一晩経って冷静に見てみると、取り乱してしまって少し恥ずかしい。

 でも、私の切実な気持ち、きっとリリンカならわかってくれるよね?

 次の手紙では、何かもっと良いお知らせか、あるいはリリンカが喜べることを書けるようにするから、今回は許してね。

 任務の成功と、ご無事を祈っています。


あなたの妹 アンシェマより

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