第13話

「お嬢さまの賢い頭は、どうやらお国のための大義にすっかり占領されておられる。ですがそれにしたって、あまりに突飛でございましょう。そもそも、元々女性の方がお好きだったわけではごさいますまい?その……男性と比較して」

「そ、そうです。前のご婚約の時にだって、そんなことは一言も仰らなかったではありませんか」

 公にはしなくとも、性的指向が同性である者はもちろん存在する。しかし側に仕えて長い二人は、リリンカからはそういった要素を見出さなかったようだ。

「まあそうだな。私とて、伴侶となるからには相手への理解と尊敬を惜しまず大切にするつもりでいる……が、白い結婚になるのは間違いない。むしろ物理的に子が望めぬことこそが肝要なのだ」

 まったく理解が及びません、と途方に暮れたようにアコーレが吐露する。

「つまりだ……将来、私が子を持たぬまま死んだとして。もしもその時、ヴァンスイール前伯爵のお嬢さまが既に結婚して、男児をもうけていたのなら」


 爵位も領地も、全て正当な持ち主に返せる望みがあるのではないか。


 どうだ、まさに一石二鳥、丸く収まるというものであろう、と胸を張ったリリンカだが、またしてもアコーレとヤーラの反応が鈍いことに気付いた。

「どうした?」

「……つまりこうでございますか。婚期を逃し窮している女性を娶って爵位を賜り、白い結婚であったとして離婚する。そして後継のない爵位はお嬢さまの死後、前伯爵のお血筋に戻すおつもりである、と」

「離婚は予定でも確定でもない。あくまでも伴侶が望めば、だ。爵位を返すのは、若いうちに戦死した場合となるか、もしかすると恐ろしく長生きして天寿を全うした後かもしれない。いずれにしても、生きているうちに何かしらの根回しや働きかけをしておく必要はあるだろう」

 リリンカにも、ある程度なら腹心の使用人である二人の表情を読むことはできる。

 その時、アコーレはかつてなく複雑な、苦悩とも葛藤ともとれる顔をしていた。ヤーラも似たり寄ったりだ。

「……わかりました。お嬢さまのお考えは、わたくしめにはとうてい計り知れませんが、ご決意が固いことだけは理解いたしました」

 深いため息を吐き出すように、悲壮な様子でアコーレが言う。

「お探しいたしましょう、お望みの条件にかなう女性を。そのかたの人生全て、そしてヴァンスイール前伯爵のお嬢さまも、まとめて面倒を見ると仰られるのですね」

 リリンカはしかり、とうなずいた。


◇◇◇


 リリンカのこういった計画が、家族たちに受け入れられないのは明らかであった。なにしろ父であるルブリック伯爵は、既にリリンカがアグレシン子爵と結婚するものと決め込んでいる。

 さてそれでは横やりを入れられないためにどうしたかといえば、極めて単純な話、アコーレに全て極秘で進めるようにとだけ命じたのだ。

 まず候補者の選定は、社交界の人脈にうといリリンカではおぼつかないので、アコーレの情報収集によって行われた。


 衝撃の宣言から一週間ほどのち。

「ひとまず使用人同士の噂から、あまりにもその……ええい、有り体に申し上げるのをお許しください。使用人へのお振る舞いが度を越しておられる方や、お人柄の評判が良くない方を除いた結果がそちらでございます」

「良いぞアコーレ、気にしない。ありがとう。年齢、容姿、出自は問わないし……ここからなんとか数人に絞ったところで、面接を行う」

「面接……お嬢さま、使用人を雇うのとは違いますのよ」

 リリンカは書斎の机で選び出された女性の経歴などが書かれた資料をめくっている。計画が極秘であるため、今日はお茶を入れるのもメイドではなくヤーラだ。

「面接で悪ければなんと言う?顔を合わせて話してみなければ、気が合うかどうかもわかるまい」

「そうですけれども、いったいどうやって、その女性がたをお呼びするのです?まだお知り合いですらない方ばかりじゃありませんか」

 確かにその通り、なにしろ5年間戦場にいたリリンカは、王都に女性の知人がいない。

 いや……ひとりだけ、もっと親しくなりたいと思っている相手はいるのだが。

「私が既婚女性であれば、夜会でも茶会でも開いて、気になる相手を呼び出せるのだがな。まあ地道に、相手の行動範囲を調べるなりして、偶然を装って知り合う必要があるだろう」

 そんなに上手くいきますかしら?と懐疑的なヤーラである。

「愚考いたしますに、お嬢さま。そうややこしいことをなさらずとも、おひとり、候補としてぴったりの方がいらっしゃるのではありませんか?」

 リリンカはム、と唇を曲げて目を逸らした。アコーレの問いは、どうやら都合の悪いところを突いたらしい。

「言われてみれば。お嬢さまご執心の、ユランナ・メリエッド様はどうなのです?このリストの中にはおられないようですけれど」

 流石にというほどではないはずだ、と思いつつ、リリンカは首をふる。

「だめだだめだ。あの純真な方を、どうしてこのような企みに巻き込めようか。あくまでも、嬉々として悪巧みに乗ってくる程度には腹の据わった女性でなくては」

「まったく、語るに落ちるとはこのことでございましょう。そんな風に、お嬢さまご自身が大切に思える方が、ご結婚相手に相応しいのではありませんか?」

 大切に思うからこそ、巻き込みたくない――言いかけて、リリンカは自分の中のひどい矛盾に気付いてしまった。

 まるで、他の令嬢たちなら、どうでもよいから結婚するみたいではないか。

 いや違う。確かにきっかけは計算尽くの、政略もいいところの結婚だとして、娶ったからには相手を大事にするつもりであるはずだ。

 はじめは愛なく結婚した夫婦でも、長い年月に耐える絆を持った例は数多あまたあるのだから。

「そ、それにだ。ユランナ嬢は現状とくに困窮はしておられないだろう?子爵は立派な紳士であられるし、財産も十分だ。確かに内気なご様子だからお相手探しに苦労はなさるだろうが」

「探していらっしゃるならそうでございますが……はなからそのおつもりがないようにも、お見受けします」

 アコーレの言うことはいちいち痛いところを突く。

「とにかく、ユランナ嬢は選ばない。確かに友人としては、もっと親しくなってみたいと思うが」

 子爵にしているように、思ったことを自分にも言って欲しい。

 王家主催の茶会で、子爵にしか聞こえない声で何やら親密なやりとりをする様子を、リリンカは実のところ羨ましく見ていた。

「……強情っぱりでいらっしゃる」

 ぼそりとつぶやかれたアコーレの低い声に、何か言ったか?と返す。

「いいえ、なんでもございません。さあどうぞ、その中から悪巧みに巻き込むご令嬢をお選び下さいませ」


◇◇◇


 リリンカは資料を熟読して、人柄が申し分なさそうな、あるいは害のなさそうな女性をリストから数人選んだ。

 今日はそのうちの一人との出会いをするために、王都一番の大きな書店を訪れている。

「では、中を一回りしてこよう。間違いなく、ここを訪れる予定なのだな?」

「ええ、あちらさまの侍女と親しくなって得た情報でございます。おお、噂をすれば、あの馬車は……さあさ、お入りになってください」

 アコーレに手を引かれて馬車を降り、後に続くヤーラと共に書店の扉をくぐった。


 春の日差しの暖かい通りから中に入ると、ひやりとした、紙とインクと革の匂いに包まれる。ぎっしりと本の詰まった高い書棚に囲まれた、奥に細長く薄暗い空間だ。

「子供のころ以来だな」

 幾度か来たことがあるリリンカの記憶とほとんど変わっていない。

 客は身なりの良い女性二人連れや、貴族の召使いと思われる者など、混んではいない店内を思い思いに散策している。

「どれついでだ、魔道書の新しいものが出ていないか見てみよう」

「あちらの奥の棚のようですわ」

 書棚の表示を見回したヤーラが指した方へ向かった。

 貴族の屋敷には普通、規模は様々だが書斎がある。実家の書棚は先祖伝来の自慢の蔵書コレクションで埋められているし、リリンカが私邸を構える際は、地位に相応しいだけのものをアコーレが注文して揃えさせていた。

 そんなわけで、成人してからのリリンカは戦地にいたせいばかりでなく、自分で書店に足を運ぶ必要はなかったといえる。

 しかし魔道書だけは人任せにするわけにはいかない。新しく発表された知識を得るため、魔法連隊内でまわってくる新刊の案内を見て自ら発注をかけたりもするのだ。それにここほどの老舗なら、何か掘り出し物があるかもしれない。

 いくつか興味深いものを見つけてめくっていると、ヤーラが手を引いた。

「お嬢さま、お相手の方がいらしたようです。アコーレさんに聞いていた特徴、覚えておいでですか?」

「ああ、確か……深い翡翠色の外套ペリースと、共布の帽子ボンネット、銀灰色のレース……」

 言いながら顔を上げた先に、まさしく教えられた特徴の通りの姿があった。

 背の高い後ろ姿、顔を隠すレース……。


 そこにいたのは、ユランナであった。

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