第31話
リリンカへ
元気にしていますか?
長い任務になるかもと聞いてはいたけれど、あなたが出立してからもうかれこれ一か月。テオセンに、リリンカについて新聞に何か書かれていないか、つい確認してしまう毎日よ。
便りがないのが良い便りと言うし、もちろんあなたがすごい軍人で、たった一人で戦艦一隻に相当するくらい強いのも聞いてはいるの(戦艦がそもそもどれくらい強いのか、私には見当もつかない点はともかくとして)。でも心配するくらいは許してね。
こちらはあまり変わり映えしない毎日なのだけれど、先日レディ・アンカーランの夜会で、ある殿方を紹介されました。
ミスター・テリガンとおっしゃって、なんでもアッセルバロット公爵家の後見を受けているのだそう。
レディ・アンカーランは今年のシーズンに突如現れたこの男性をすっかり気に入ってしまって、孫のように可愛がっているともっぱらの評判。それで、夜会のたびに独身の令嬢や母親たちに紹介しているみたい。
私も少し話してみたけれど、なんだか変わった人だった。どう言ったらいいのかな?同じ世代の男性と比べて、すごく落ち着いている感じではあるんだけど。話を丁寧に聞いてくれるし、口数少ないところがミステリアスで良い、なんて今年デビューの令嬢たちの間で騒がれているわけ。
そうしたら、なんと紹介された翌日、うちを訪ねてみえたの。
私は例の紳士を諦めていないので、今のところ心動かされてはいない。けれどお父さまとお母さまは素性の明らかでない殿方だといって渋い顔をするし、テオセンに至っては私と知り合う男性全部に反感を覚えるらしくて、とてもうっとおしい朝をすごしました。
ただ、彼のことを全く知りもしないでお断りするのは良くないと思うので、もう少し交流してみようと思っています。
ここまで書いたところで諸々用事ができて日があいてしまったので、その間にあったことを書くね。
ミスター・テリガンとはその後、いくつかの催しでお話しする機会があったのだけど、彼の選ぶ話題はなんだか変わってる。
普通、夜会で出会う紳士の話題なんて、天気についてにはじまって、ダンスのこと、夜会の感想、知り合って何度目かの会話なら領地や田舎でのすごし方に娯楽のあれこれ、せいぜいが詩や音楽……そんなところが定番でしょう?
ところがミスター・テリガンは、なんだかリリンカとユランナさんのことをやけに気にかけている様子なの。
屋敷でのユランナさんの様子だとか、リリンカが王都を留守にしている話だとか……今や既婚になった二人の女性のことを熱心に知りたがるのは、どうにも変な感じよ。テオセンにそれを言ったら、何かよこしまな企みがあるに違いない、ってまたしてもキリキリしていたけど、今回ばかりは当たっているかも。
ミスター・テリガンは若い令嬢の間では人気があるし、確かにおおむねは感じのいい人なのだけど……たまに雰囲気が怖く感じる時がある。別に恐ろしいことを言ったりしたりするわけじゃないのにね。
やっぱり私はあの人をあまり好ましいと思えないので、さりげなく距離を置こうと思っています。
ここでまた何日か中断しちゃった。書きかけの手紙を長いこと置いておくなんて、良くないのはわかってるんだけど、ついやってしまうの。
さて、リリンカに知らせるべきか迷ったけど、秘密は良い結果をもたらさない場合が多いと思うので、書くね。
……あのね、本当に言いにくいのだけれど、あなたの腹心の召使いであるアコーレの、重大な背信の疑いを伝えなければならないの。
彼はもともと週に二度、オルリーンをユランナさんのための買い物や用事に連れ出しているんだけど……もちろん見張っているんじゃないからね、馬車を使うからわかるだけで。
実を言うとこのあいだ、その……オルリーンの留守の時に、ユランナさんのお部屋を訪ねてみたの。
ああ、わかってる、怒らないで。いけないと言われているのは覚えていますとも。
でも、あの日はひどく暑くて、何か飲み物が欲しくはないかとか、ユランナさんが不自由なさっていないか、どうしても気になってしまったんだもの。
ところが、恐ろしいことよ、なんとお部屋には誰もいなかったの!
これがどういう事態かわかる?
わが家で匿っているはずのユランナさんが行方知れずなのよ!
オルリーンと一緒に出かけているのでないことは、次の彼女の外出の時に確かめた。もちろんユランナさんはまた部屋にいなかった……
アコーレはオルリーンと結託して、ユランナさんがいないことを隠しているんだわ。
ああ、なんということ。
リリンカの不在の間、私たちがあの方の安全を任されているのに……!
こんな悪事を、あなたが戻るまでとても放ってはおけない。
決めた。私、ユランナさんを探します。
まずは次にオルリーンが出かける時に後をつけることにする。どうかリリンカ、ユランナさんと、私の無事を祈っていて!
アンシェマより
◼️◼️◼️
「どうだ、何か使えそうな動物は見つかったか?」
じめじめした下生えに跪き、両手を揉み絞って集中している様子だったサンベアが、フッ、と細く息を吐いた。
「は、はい中佐。ネズミを一匹……では様子を見てきます。ええと、肩を叩いて下されば私の意識は戻ってこれますけど、ネズミはそこで逃げてしまいますから……」
「わかっている。島中の海賊が襲ってきたとて、君には指一本触れさせん。背後の守りはこのリリンカ・ゼアドゥに任せておけ」
二人は今、海賊たちが根城にしている島に密かに上陸していた。
時刻は日没からほどほどに経った頃、辺りは暗く、鬱蒼とした木々の隙間からのぞく遠くの空がぼんやりと明るく見える。そちらが海賊の集落のある方で、今頃は松明を煌々と焚いた戦艦が浜辺に迫るのを発見し騒ぎになっているはずだ。
「では、行ってきます」
言うが早いか、サンベアはがっくりと頭を下げて地べたにうずくまった。反射的にその体を支えそうになったリリンカだが、生き物の眼を借りる魔法は、肩に触れただけでも解除されてしまうと言っていたのを思い出して踏みとどまった。
若い娘がいかにもみじめな様子で突っ伏しているのは不憫でならない。しかし小動物の視界を使って捕虜の様子を探るという役割は、リリンカにはできないものであった。
遡ること数時間前、遠く波間に海賊の島の影が見え始めた頃、魔女たちは役割分担を決めたのだ。
まずタラーテ率いる『ポーピア』は派手に明かりを灯して島に近づき、海岸沿いの集落へ威嚇の砲撃を行なう。海賊たちが応戦のために船を出せば、そのまま海上で戦闘に入る。
大多数の戦力を『ポーピア』に引きつけている間に、リリンカとサンベアはルゼの魔法で上陸する。まず捕虜の囚われている位置と状態を探り、救助に向かわねばならない。そしてもしサンベアの弟がこちらにいるのなら、話はかなり簡単になるはずだ。
ちなみにルゼは海賊の集落を背後から叩く役割なので、リリンカたちをここへ置いてのち別行動となっていた。
捕虜の中でも『テルカリス』の乗員は優先的に解放し、一緒にルゼと合流する作戦になっている。
怪我人や病人、歩けない者などはひとまずそこへ残していくほかない。作戦立案段階で魔女たちはお互いの手の内を明かして議論したが、四人のうち誰一人として癒しの術を習得していなかったのだ。
「そうですね……およそ破壊に類することならばなんでも!」
では何ができるのか尋ねられ任せておけとばかりに胸を叩いたリリンカは、場の雰囲気がちっとも明るくならないのを見て、口調を誤ったことを悟ったものだ。
「うっ……ぐ、はあ、はあ」
サンベアが急に背中を大きく震わせ、頭を起き上がらせた。意識を飛ばしてから、十分ほどが経過している。
「見つけたか?」
「セザック……弟も、捕虜の軍人さんや船員さんも、この先の洞穴に囚われています……でも武装した海賊の見張りが、たくさん」
胸を押さえて激しく息をついている。
「どうした、どこか調子が悪いのか」
今度こそサンベアの横にかがみ込んで、背に手を添える。
「大丈夫……小さな動物の意識に乗ると、鼓動の速さだとか、恐怖や、緊張が……すぐに抜けないだけなんです。目だけ借りるのでは、行き先を操作できないから」
落ち着くのを待ってやりながら、リリンカは辛い一年間を送ってきたこの少女の行く末について考えていた。
アコーレは、父母や兄は、リリンカのアイデアに反対するかもしれない。だが目下彼女の最大の関心事で大切な相手である伴侶、ユランナは――きっと賛成してくれるに違いない。
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