第5話

 さてリリンカ・ゼアドゥは条件だけを並べれば、結婚相手として有望な若い女性だ。裕福な貴族の第二子で、おまけに婚約者と別れたばかり。

 しかし、戦役魔女であるという点で、あるいは従軍帰りであることから、または先の戦での華々しい戦績の記憶が新しいゆえか……上流の人々は、リリンカ嬢は結婚相手としてはいささか物騒で野蛮ではないかと危惧している。

 それでも今や、今期一番の話題の人物なのは間違いなくて、彼女が参加を表明した催しの主催者は鼻高々でそれを触れ回った。


「本日はお招きありがとう、レディ・ハドレー。ねえ、ところで、この舞踏会にがいらっしゃるというのは本当ですの?」

「例の、とはどなたのことかしら?タルネイ家の晩餐会で話題を攫ったサマラ嬢?それともパラッシア嬢かしら」

「そうやっておとぼけになるのね!どうしてもはっきり言わせないと気が済まないのかしら!あの方ですよ、ほら、最近戦地から帰っていらした」

「ああ!レディ・リリンカのこと!ええ、ええ、もちろんいらしているわよ!しばらく前にお母様のルブリック伯爵夫人と一緒にご挨拶に見えられて……ほら、あそこにいらっしゃいますわ」

 その時リリンカは、前線のとある任務で共同作戦を行った戦友と再会し、たちまち集まった戦地帰りの若い衆の一団に取り込まれていた。


 ――ゼアドゥ、なんたることだ、まるで淑女みたいに見える!これはなんらかの作戦のための潜入工作か?

 ――ああ、極秘の作戦だ。君たち独身男性の中から一人ばかり、縛り上げて私邸に持ち帰らねばならん。今は生贄を選んでいる最中なのさ。

 ――明日の午前には屋敷の中庭を開放して閲兵式か?

 ――いいやきっと、馬の品評会だ。ゼアドゥ、噂では最近、うらなり顔のやせ馬を手放したというじゃないか。

 ――私よりも良い乗り手が見つかったからな。当人にとっても、その方が幸せだろう。

 ――いやはや、この魔女さまの戦術的価値に気付かないとは、愚かというほかない!


 若い男の集まりともなれば、怒号のようなやかましい笑い声がつきものだ。

 華奢な背中がその中にひとつ混じって、同じ調子で笑ったり拳をぶつけ合ったりしているのは、なんとも違和感のある光景だった。

「まあ……レディ・リリンカという方はずいぶんと、その……」

「みなまでおっしゃらないで。ええ、これは恐ろしい悲劇なんですの。戦争はかくのごとく人を変えてしまう。当たり前ですわね、あの残忍で恐ろしい帝国と、5年も戦っていたのですから。なにか深刻な影響を受けてしまったとしても、ちっとも不思議ではありません」


 また、ある母親は、リリンカを含めた若い男性のひとかたまりから自分の息子を苦労して引っ張ってきて尋ねた。

「それでどうなの、息子や。レディ・リリンカは」

「どうって?ゼアドゥはいい奴さ。軍人としてもずば抜けているよ」

「もう、なんの話をしているの!結婚相手としてですよ!」

「結婚?!ゼアドゥと?まさか、そんなの家の中に大砲を置いたり戦艦を浮かべるようなものだよ、母さん。お向かいのラッシュナー家とついに戦争を始めるつもりなら頼もしいが」

 戦地で軍務を共にした若者たちは、たいがいこの調子であった。


 あるいは、この舞踏会で5年ぶりにリリンカを見た男性陣の様子はどうだろう。

 遊び盛りの二十代を半分ほども過ぎた、そろそろ身を固めて後継者をもうけることを真面目に考え始めた男たちが顔を合わせた場合は、こんなふうであった。

「やあ、どう思った?紹介されたのだろう、ルブリック伯爵令嬢、レディ・リリンカ」

「ああ、見た目はとても美しいよ。20歳という年齢は問題になるかも知れないが、まだ容姿が衰えるほどではない。しかも彼女は王国のために5年も奉仕したわけだから」

「そう、年齢のことに言及するのは公平ではないだろうね。ただ、あの話し方や態度はいただけない。内容だってずいぶんとさかしらじゃあないか、僕は自分の妻があんな風に政治や軍事の話題に口を挟むなんて、とても我慢できない」

「私にはドレスや社交界の噂や、宝石のおねだりしか話題がないよりは、はるかにましに思えるね。とはいえ指先ひとつで砦を炎の海にすることのできる女性が屋敷にいるのは、恐ろしいことじゃないか?」

「確かに。そんな女性がヒステリーなぞ起こそうものなら、いったいどうなる?君たち、もしも自分の母親や姉妹が、生身で艦砲射撃なみの力を持っていたらと考えてみたまえ」


 つまりは、社交の場で実際に本人とまみえた結果、リリンカのという印象はますます強まったようだった。

 戦役魔女はその入隊の際に成人男性とほとんど同じだけの権利を得る。

 しかし人々は、戦地から戻った魔女には再び良き娘となること、控えめで純真であることを求めたのだ。

 リリンカ嬢がそれに当てはまるのかどうか?答えは明白、否であった。

 彼女の振る舞いは深窓の令嬢というよりは、結婚相手を値踏みに来ている、あるいは血眼の独身女性やその母親から逃げ回る、独身男性諸氏に近いものだった。

 自由闊達に歩き、笑い、名誉の傷つく心配なく付き添いなしで誰とだって話せる。

 ――だって一人前の男性と同じだけの権利があるのだから。


 それでも、リリンカにダンスを申し込む豪の者はいる。

 彼女が結婚の際に持たされると噂される高額の持参金に釣られたものあり、戦友のよしみで申し込んだものあり、恐れ知らずの母親にせっつかれたものあり。

 持ち前の身体能力の高さから、思っていた以上にダンスを楽しんでしまったリリンカは、少しばかり目立ち過ぎたと判断した。

 混み具合のややましな場所を求め、人の身長ほどもある、東方様式の白磁の大きな壺の陰へと退避すると、グラスを手にした妹のアンシェマがやってきた。

「リリンカ。レモネードはいかが?」

 今夜のアンシェマの装いは、素晴らしい透かし模様の入った白いドレスだった。清楚でありながら初々しさだけにとどまらない、大人の女性に変身する途上の令嬢にぴったりのドレス。

 リリンカよりも褐色に近い色の髪は、真珠で溢れるような小さな花を象った髪飾りに彩られている。

「もらおう、ちょうど喉が渇いたところだ」

 受け取ったグラスを一気に半分ほど干して、リリンカは軽いため息をつく。

「楽しんでいるか?」

「どうかな。でも今夜はリリンカが人の目を集めているから、気楽でいい」

 5年前、リリンカが出征する直前、最後に会った時のアンシェマは、まだ12歳だった。子どもだと思っていたし、事実そうだったのだが、家族から折々に送られてくる手紙の中で、見違えるように変貌を遂げていた。

 幼い筆跡の無邪気な内容は、いつしか年頃の令嬢にふさわしい華麗な書体に変わり、髪を結い、ついには昨年、頭に白い羽飾りをつけて王太子殿下への謁見も済ませた。

 そうして再会した妹は、姉の薫陶を受けたわけでもあるまいに、結婚相手を探すことについて、他の令嬢ほどに熱心ではない様子だ。

「ああ、珍しい方がいる。見て」

 顔を寄せて囁くアンシェマの指す方向には、ちょっとした人だかりができていた。

 その中心にいるのは、背の高い黒髪の男のようだ。

「あの方がどうかしたのか?」

「滅多に社交に現れないことで有名なんだよ。本人もそうだけど、ご令嬢も謎めいていて――もうデビューして10年にもなるのに、その時以来、誰も顔を見たことがないんだとか」

「最近、それに似た話を聞いたような覚えがあるぞ、アンシェマ、あの方の名前は……」


「おお、ゼアドゥ、なぜこんな壺の陰におるのか?忌々しい東方のだ、銃剣の訓練の的にしてやろうか――いやそうじゃない、私の友人を紹介させてくれたまえ!」

 妹の耳に唇を寄せていたリリンカは、二人の男性がごく近くまで来ているのに気づくのが遅れた。

 聞こえないふりはできないほどの大きな声で呼ばわったのは、リリンカがかつて加わった作戦の指揮官であるサッツルトン少将である。

「彼はアグレシン子爵だ……もちろん、初対面だろう?」

 恰幅のいい少将の横へ進み出たのは、さっき妹と話題にしていた、長身の男性だ。

 日に焼けた、精悍な印象の顔には、人懐こい笑顔が浮かんでいる。年齢はおそらく三十代を半ばくらいまで過ぎたところであろう。

「ごきげんよう、レディ・リリンカ。会えて光栄です」

 先日アコーレから養女についての憶測を聞き出したアグレシン子爵、ご本人なのだった。

 

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