第27話 灰色の足跡
◇
「王子は努力しました。
お姫様の家族を陥れようと画策しながらも、お姫様の心を守ろうと。
けれどお姫様の家族への想いは大きく、どうしても計画は上手くいきません。
刻一刻と国は綻びを見せていく中で、どうにかしようと何度も行動を起こしました。
一方では笑顔で愛を持って、一方では剣と使命を持って…。
そしてとうとう希望が見えたという所で、王子は自分が罠にかけられたと気が付きました。
王子こそが敵だと、お姫様の家族に知られてしまったのです。
きっとお姫様にも伝わってしまうでしょう。愛する国も守れないのでしょう。
全てを失うと考えた王子は、唐突に閃きました。
今ここで全てを終わらせれば、何も失わずに夢を見続けることが出来るのだと。
そして王子は、お城から飛び降りてしまいました。
十二時の鐘がなる前の、魔法にかけられたままでいられると…。
だから鏡花さん、私のことを何時までも覚えていてね。
さようなら、私の愛しいお姫様。」
◇
雲一つ無い澄んだ青空の下、私は学院への道を歩いている。
正面玄関へと続く道には多くの生徒が歩いていて、皆様々な表情を浮かべながら学院へと足を向けている。授業が憂鬱そうな二年生、友達と楽しそうにお喋りする三年生、朝練でもあるのか体操服をスカートの下に履いてる一年生。
既に見慣れた光景、私が学院に来てから何度も見てきた光景だ。
正面玄関には学院祭が近付いているためか、控えめだが目を惹く装飾が準備されている。
学院の名前にあやかってか、その装飾は童話がモチーフのようだ。南瓜の馬車やガラスの靴らしき物が見えるので、まさしく名前の通り灰被り姫が現されているのだろう。
こんな事なら部活の出し物にも灰被り姫を用意するべきだったのかも。もう時間も無いので今年は無理だから、来年のアイデアとして記憶に留めて置こう。
素敵な装飾の近くに目を移せば、初めてヒロインを目にしたときに隠れていた木が目に入ってくる。
なんの意味も無い唯の木だった筈のそこには、二人の生徒が影に隠れて抱き合っているのが見える。私も最近知った事なのだが、その場所は今「想いが叶う木」として学院で人気のスポットだ。
どうしてそんな話になったのかと調べて見れば、話の出所は与羽先輩。先輩がイメチェンした際に、「その木の場所で運命の相手に知り合ったお陰」と言ったのが原因だ。
運命の相手…つまりは私という友達が出来たという事だが、それが勘違いを生んで告白のスポットになっているらしい。
要するにあの生徒達は丁度想いが通じ合った所なのだ。そう考えると暖かな気持ちになって、心の中で二人に祝福しながらそっと目を離す。何とも美しい光景で眺めていたくなるが、それは無粋と言うものだろう。
「鏡ちゃん、なんだか今日は楽しそうに見えるね。何か良いことでもあった?」
隣の睡ちゃんが声を掛けてくる。自室から一緒の彼女からしたら、私の機嫌のよさは良くわかるのだろう。
今日の私は確かに機嫌が良い。何故だかわからないが、目が覚めてから気分が晴れやかなのだ。前日に何かあったわけでも無いし、朝から良いことがあったのでもない。
ただ漠然と、これから良いことが起きるのではないかと予感がするだけ。
「なんにも無いですよ。あえて言うなら、凄く天気が良いからかも知れませんね」
答えると同時に空を仰げば、まるで私の目とそっくりな青い空。
やはり今日は良い日だ。そう感じた私は正面を向き直ると、睡ちゃんの手を優しく引いて校舎へと歩みを進める。
「すーちゃん、行きましょうか」
学院祭を数日後に控えた今日この日、私の気分とは関係なく普通の一日が始まる。
お昼の時間がやって来た。
賑やかなお昼も今日は少し大人しめで、テーブルには私と赤穂の二人しかいない。睡ちゃんは調理部のほうに出し物の関係で呼ばれており、与羽先輩はクラスの出し物で相談があるらしく遅れると連絡が来ている。
実際食堂の中は何もない日とは違ってテーブルに空きが目立っている。準備もあって教室で食べる生徒や調理関係の出し物の試作を食べる生徒が多いからだろうか、普段の半分くらいの賑やかさでしかない。
見れば目立つ姫大路さん達とお姉様達もいないことが分かる。お姉様のクラスも理由があって食堂以外でお昼を取っているみたいだ。
周りを見ていたってお腹が膨れはしないのだから、私は意識を手元の料理に向ける事にする。
私が選んだのはトマトソースのたっぷり掛かった、卵がふわふわのオムライスだ。光を受けてキラキラと反射するオムライスは私のお気に入りで、週に何度か食べてしまうほどに気に入っている。
スプーンですくって口に入れれば、卵の柔らかな甘さが口いっぱいに広がる。優しい味わいのチキンライスと卵が溶けるように合わさって、至福の空間が舌の上に広がるのだ。
反面トマトソースは塩気が強めだ。オムライスと一緒に食べるとその味の強さがうまい事調和され、中に入ったチーズと合わせて食べ応えを増してくれる。確かな酸味は卵のお陰でマイルドになり、後引く感覚が食べる手を更に更にと後押しする。
気付けばお皿の上はもう空。満足感を感じながら、今日も大変美味しかったと両手を重ねるのだ。
「ご馳走様でした」
ぺこりと頭を下げてから御茶を一口。お腹を落ち着かせながら正面を見れば、赤穂はまだ食べ進めているみたいだ。
赤穂の今日のお昼はフルーツと生クリームがいっぱいのパンケーキ。この学院の食堂はバラエティに富んだメニューが売りなのだが、その中にはスイーツも沢山用意されている。赤穂は甘いものが好きみたいで結構な頻度で甘いものを頼んでいるのだ。
その様子を眺めていると、気が付いた赤穂が口を開く。
「どした?もしかして欲しいの?」
物欲しげに見ていると思われたようだ。失礼な奴だとすぐさま否定しようとして…
「じゃあ、一口…」
肯定してしまった。仕方ないのだ、私だって甘いものは好きだし赤穂の食べているパンケーキは新作なのだから。
しかも期間限定。恐らくは学院祭関係で仕入れたか、クラスで使用した残りを使っているのだろう。そんな特別な食べ物を前にすれば、いらないなんて口が裂けても言える訳が無い。
クスリと笑った赤穂は一切れフォークに刺そうとして、何かを思いついたよう指で掴んだ。なんでわざわざ素手で持つのか分からないが、赤穂はさも当然と私の顔の前に差し出した。
「どうぞ、食べていいよ」
「いや、でも指が…」
「いらないならもうあげないけど」
躊躇する私と一歩も引かない様子の赤穂。どうしたものかと悩んでいると、赤穂の体温によって生クリームが溶け出しているのが分かる。
このままでは赤穂の手が汚れてしまう。恥かしさを感じながらも、意を決してその一切れに口を開いた。
「あむっ…んーっ!?」
ぱくりと口に含んだ瞬間、赤穂の指が少しだけ口に入ってしまい慌てて顔を下げる。口の中には甘酸っぱさが広がっているのに、指を食んだ感触に慌ててしまっていまいち味が分からない。
早く飲み込んで謝らなければと考えている私に対し、赤穂はその指を呆然と見つめている。
拭いてあげるべきかとティッシュを手に取っているその時、赤穂は自分の指を口に含んだ。
「ん……。よしクリーム取れた」
リップ音と共に露になる指は、唾液に濡れて光を反射する。見せ付けられる様に私の目に入ったその指に、ドキドキと胸の鼓動が早くなる。普段の赤穂とは違う艶っぽい仕草に目が離せなくて、じっと見詰めながら先程の行為の意味を理解する。これはあれだ。
「か、間接キスしちゃった…」
「いや、もっと変態的なこと赤穂ちゃんはしてるよね?それに間接キスぐらい友達なら普通でしょ」
いつの間にか近くにいた与羽先輩の言葉に、私は我に返る。確かに間接キスぐらい普通の事だ。赤穂が指を舐めたりするから混乱したが、お姉様や睡ちゃんともしょっちゅうしている。
恥かしさと興奮は一気に引いていき、心は落ち着きを取り戻していく。
「そうですよね。なんかいきなりだったんで驚いちゃいました」
赤穂の隣に座った与羽先輩に言葉を返しながら、再度御茶を飲んで少し乾いてしまった喉を潤す。二人は何やら言いあっているようだが、剣呑な雰囲気には見えないので私はのんびりと眺める事にする。
「先輩、折角意識させたのに邪魔しないでくださいよ」
「えぇ、僕の所為なのかい?間接キスなら…、で済ませちゃう鏡花ちゃんの問題じゃ…」
「先輩が来なきゃあのままいい雰囲気になってました」
「それはそうだけど…。なんで変態に怒られてるんだ僕は…」
いい雰囲気とは何のことだろうか。何やら責められている先輩を哀れに思いながらも、私はのんびりと時間を過ごす。でも、赤穂は変態って事だけは心に留めて置こう。
いつもより静かな食堂で、穏やかな時間が過ぎていくのだった。
今日は午後の授業がお休みで、学院祭の準備に変更された。
クラスの出し物は予定通りメイド喫茶になっており、準備も滞りなく進んでいる。
提供する飲食物は既に材料やメニューの目途が立っており、残る所は教室を飾り立てる装飾のみだ。予定通りにメイド服も私と睡ちゃんが確保できているので、今は装飾の作成をしながらファッションショーと洒落込んでいる。
大半の生徒にとってメイド服と言うのは関わりの無いものなのだろう、口々に感想を言いながら楽しそうに騒いでいる。しかも今回は市販のコスプレ等ではなく、本職が着用する本格的な代物だ。その作りの細かさや確かな年季の入り方に憧れにも似た熱を抱くのか、メイド服には興味が無さそうな子も一緒になって騒いでる。
その真ん中にはモデルとして私と睡ちゃん、それともう一人がクラスの視線を一手に引き受けている。
流石に慣れた格好だがこうも熱い視線で見られると緊張してしまう。恥かしさからもじもじとする私とは正反対に、睡ちゃんは慣れたように笑顔を浮かべている。負けてられないと背筋を伸ばして姿勢を正せば、周りの生徒から声が掛かる。
「ねぇねぇ、二人はどんな関係なの?同じメイド服を持ってるし、着慣れた感じするし」
「私とすーちゃんはメイド仲間だったんですよ。一緒に働いたのは小学生の頃だけですけどね」
彼女の疑問は当然だろう。学院にいる生徒とっては白清水の事情等知らない事だろうし、中等部からいる睡ちゃんと高等部からの私では接点も無いと考えることだろう。
こんな簡単な説明では納得できないかとも考えたが、やはり現実とは価値観が違うのか周りの皆は成る程と頷いている。
「そうそう、私も本当はもっと一緒に働きたかったんだけど、学院に入っちゃったからね」
私の言葉に同意しながら、申しわけ無さそうに笑顔を浮かべる睡ちゃん。当時の私は試験に落ちたショックから考えもしなかったが、睡ちゃんだって寂しかったのだろう。
その少し取り繕ったような笑顔が気になっていると、いつの間にか私の手を睡ちゃんが握っている。
驚いて睡ちゃんの表情を伺えば先程の憂いは既に無く、満面の笑みが私に向けられている。
「でも今は一緒にいられるから幸せ。ね、鏡ちゃん」
「すーちゃん…。うん、私も幸せですよ」
言葉の嬉しさに、私も衝動的に反対の手を取ってしまう。こんなに想ってくれる友達がいるなんて、私は本当に恵まれている。私の行動に少しの間呆ける睡ちゃんは、次の瞬間にはあまり見せないような綺麗な笑顔で私を見つめるととても穏やかに口を開いた。
「鏡ちゃん…、大好きだよ」
いつもの台詞だ。少し、違いがある気がするけど気のせいだろう。私もその言葉にいつもの様に返事をする。
「私も大好きですよ」
見つめ合う私達はその距離が少しずつ近付いてきて、私はまた胸の中にでも包まれるのかと目を瞑ってしまう。何やら周りから息を呑む音が聞こえてくるし、異様な熱気が周囲に立ち込めているみたいだ。
いつもはもっと勢いよく抱きつかれるのに今日は変だ。握られた両手は滑るように少しずつ腕を登ってくるし、柔らかな感触はなかなかやってこない。たっぷりと時間を使うこと十秒ほど、とうとう気配が近付いてくる。
妬ましくも心地よい感触に身構えてその感触が訪れる瞬間、私の動きは誰かの手によって止まった。
「こんな大勢の前で盛るなんて、大胆すぎるんじゃない?」
そこにはメイド服を着た赤穂がいた。二人の間を塞ぐように割り込んでいて、その表情は見ることが出来ない。
…ちなみに赤穂のメイド服はとても似合っている。
「赤穂ちゃん、私達いつも通り抱き合ってただけなのに。なんのつもり?」
「嘘付け。明らかに狙ってた癖に」
だが穏やかな空気ではないのは確かだ。
困惑する私と顔を赤らめていた周りの生徒達は硬直し、赤穂と睡ちゃんは威圧しあっている。
何がなんだかさっぱりだ。今もねちねちと言い合う二人に対して、どうしたものかと迷う私は取りあえず二人を諌めようとする。
「あの、どうしてにらみ合ってるんですか?皆も見てますしその辺でやめといた方が…」
「「鏡花(鏡ちゃん)は黙っててっ!」」
「…わ、わかりました」
ダメでした。
結局二人の戦いはしばらく続いて、私を含めたクラスの皆は巻き込まれないように作業を開始するのだった。
けれど作業の最中もみんなと話すたびに赤面されて、私は何がなんだかさっぱり分からなかった。騒がしい二人と変に静かなクラスメイトに挟まれて、若干の居心地の悪さが残るこの日の作業時間。
「白清水さんて…修羅場に気付いて無いのかな…?」
ぼそりと呟かれたその言葉は、私の耳には届く事は無かった。きっと届いたとしても理解できないのだろうけど。
そしてこの日の騒ぎが切欠で、「白清水 鏡花は魔性の女」という説がクラスで囁かれだすのを私は知る由も無かった。
窓の外では太陽が地平線に沈み始めていて、世界に黄昏の色を振りまいている。
放課後を迎え帰り支度を進める私は、今日という一日を振り返っていた。何か良い事でも起きる予感がしていたが、結局はそんな事は無くて。
初々しいカップルを見たり、赤穂の意外な一面を知ったり、赤穂と睡ちゃんが喧嘩したり。
所詮は普段どおりの、変わりない穏やかな一日だったわけだ。この後も普通に部室に行って、普通に時間を過ごして、毎日と同じく寮へと帰っていくのだろう。
荷物を全て鞄にしまって、未だ数人の生徒が残る教室を後にする。
部室への道を行く途中、多くの生徒とすれ違う。出し物で使う材料を運んでいる生徒や、何か書類を提出しに行く生徒。私のクラスは順調に進んでいるが、他のクラスはまだまだ準備に奔走しているのだろう
放課後だというのに騒がしさを残す校舎に、学院祭という非日常が近付いているのを改めて実感する。
ぼんやりと足を止めて周りを眺めていると、窓の外に不思議な人影が見える。
一人の生徒がふわりと浮かれるように、屋上への階段を上がっているようだ。窓越しだから詳しくは見えないが、どこか御陰さんに似ている気がする。
でも放課後なら部室に居るはずだし、屋上には道具も施設も何も無い。誰かがサボりにでも向かったのだろうかと考え、少し違和感はあれども部室へと歩き始める。
そして歩き始めた途端、
「~~~♪」
ポケットの中からメロディが響いた。
画面を確認して見れば、そこにはお姉様の名前がある。
接触を絶っていたお姉様から連絡が来たということは、きっと進展があったのだ。私は急いで通話をタップし、スピーカーを耳に当てる。
「もしもし、鏡花ですっ!」
逸る気持ちを抑えたくても上手くいかず、想定よりも大きな声が出てしまう。お姉様には申し訳ないが、それほどまでにお姉様と話せるのが嬉しいし、何があったのか知りたいのだ。
『鏡花ね?色々聞きたいだろうけど、私の話を先に聞いて』
通話越しに聞こえる声は、とても真剣で重たい。誰かの身に何か起きたのだろうか、それとも私が何かしてしまったのだろうか。緊張で喉が渇いてくるし、額に冷や汗も浮かんでくる。
少しの間を置いてなんとか「はい」と返事して、お姉様の言葉を静かに待つ。小さな溜め息が聞こえた後、残酷な事実がもたらされた。
「よく聞きなさい、私を陥れようとしたのも姫大路に嫌がらせをしたのも、貴方の慕う先輩が犯人だった。
文芸部部長「御陰 環」が、この一連の事件を引き起こした犯人よ」
お姫様の家族を手にかける。国が終わりゆく。そんな言葉が脳裏に浮かんできた。
気付けば通話を切って走り出していた。良いことが起きる予感?馬鹿を言うな、最悪の事態が起こるかもしれないのに。
脳裏によぎるのは唯一違和感を覚えた時の言葉。
「もしもお姫様の前で王子が命を落としたら」
走る速度を上げて、部室へと只管に駆けていく。
部室に近付くにつれて不安は大きくなるが、動かす足は止められない。嫌な想像を振り払うように、私は身体を動かし続けた。
「御陰さんっ!?」
勢いよく開けた部室はいつもと変わらず静寂に沈んでいたが、御陰さんの姿は見当たらない。
意味はないとわかっていても部室を見渡してしまい、予期された結果に空しさしか感じない。何処に行ってしまったのかと考え始めた私は、机に上にポツンと置かれている一冊の本に目を奪われた。
「これは…、御陰さんが書き込んでたノート…?」
日頃から物語りを書き込んでいた、御陰さんのノート。
笑いあった日も、あの異質な表情を浮かべた日も、どんな時でも手放さずにいて誰にも見せなかったノートがここにある。
もしかしたら、私に対して残したメッセージなのかもしれない。
悪いとは思いつつも、私はそのノートを開いた。
内容は…童話に近いものだろうか。お姫様や王子様、魔女等馴染みのあるキャラクターが物語を彩っている。その幻想的な物語を読み進めていると、一つの違和感が私を襲った。
今読んでいるこの物語、お姫様が救われるエピソードはまるで睡ちゃんのようだ。孤独な呪いにかけられたお姫様が、茨の森から旅立つお話。鏡のように美しい少女の手により、目覚めて一人で歩んでいくその姿はまさしく今の睡ちゃんだ。
汗ばむ手で次のページを捲る。その次も、そのまた次も、物語を読み進める速さはどんどん上がり、私の鼓動もそれに合わせて早くなっていく。
子供らしくあることを認めた魔女の話。嘘をやめて自分を偽らなくなった狼の話。与羽先輩と赤穂の話だ。
この本に載っている物語は殆どが私達の誰かの話だ。勿論細部は違うしそもそもが童話であるのだが、その結末は間違いなく私達の話。
だがそれよりも見過ごせないのが、キャラクター達の成り立ちの部分。
私にはわかってしまう。これは…「サンドリヨンの祝福」に描かれていた攻略対象達の話だ。皆の過去やルート後の出来事が、話に落とし込まれて鮮明に書かれている。
これは、つまり……
「御陰さんも…転生者…」
彼女が守りたかった「国」とは恐らくゲームのシナリオの事。だからお姉様を悪役令嬢に仕立て上げようとした。噂や嫌がらせの理由もお姉様の印象を悪くして、本来の展開をもたらそうとしたのだろう。
でも、理由がわからない。そこまでシナリオに拘る理由も、危ない橋を渡りながらも私と接していた理由も。
この本を読み進めればわかるのだろうか。止まっていた手を動かして、続きを読み進めていく。
そして始まったのは、一人の王子の物語。決して褒められない悪事に手を染めながらも、国を守ろうと努力する王子のお話だ。
愛する国を守るために奔走し、予想外の出来事に苦しんで、そして彼は愛する人と出会う…出会ってしまう。たった一人の少女との出会いで、彼の決意は簡単に揺らいでしまった。
彼は長く苦悩する。彼女の心に益々惹かれる一方で、使命のために彼女を裏切っているのだから。
様々な場面が情緒豊かに書き綴られており、意識は物語にのめり込んでしまう。彼の思いを通して御陰さんの心が見えてくるようで、その結末が気になって仕方ない。
そしてページが捲る手が止まり、最後の文が私の目に入る。緊張と不安を抱えながら文字を追えば、そこに書かれた最期の文章に呼吸が止まる。
「そして王子は、お城から飛び降りてしまいました…?」
鞄を投げ捨て、私は目的地へと走り出す。さっき見えた人影は御陰さんだった、もしも王子が御陰さんだとすれば、その目的はきっと…。
間に合え。彼女が消えてしまう前に、結末を迎える前に。
でも、どうして私がお姫様なのだろうか。
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