第22話 この度、お出掛け日和となりまして!

 


 翌日お昼前、私達は屋敷の外に三人で並んでいる。しかもお出掛け用にオシャレをしてだ。夏の日差しは馬鹿に出来ないけれど、暑さに負けて私は白のノースリーブワンピースを選んだ。

 メイド服でも制服でもないふわりと揺れるワンピースが少し慣れないけれど、この後の楽しい時間を考えれば気にもならない。


「それにしても、その服よく似合ってるね。鏡花の髪に凄く合ってる」


 ウキウキする私に声を掛けるのは、昨日とまた違ったボーイッシュな装いの赤穂。彼女の象徴みたいな赤色のトップスとショートパンツが爽やかで可愛らしい。その見慣れぬ生足の眩しさに、思わず照れてしまいそうだ。


「同感ね。二人とも可愛い服が似合って羨ましいこと、私だとコスプレみたいになっちゃうから着れないのよね」


 そんな風に微笑と共に話すお姉様は、大人っぽく臙脂のカジュアルコーデ。服の上からでもスラリと長い手足が美しく、本当に同年代なのかとわからなくなるほどだ。いつもと違って一つに纏めた赤い髪も魅力的だし、隙間に覗く真っ白なうなじに息を呑むのも仕方ない。


 そう、今日は皆でお買い物に出掛けるのだ。昨日に続いて念願が適うなんて、とうとう私の青春も輝きだしたのかもしれない。

 穏やかな風が暑さを和らげる中、車に乗り込んだ私達は屋敷を後にするのだった。








 夏休みに入った所為か、白清水の商店街は結構な人の数だ。

 私達はその中でも一際大きな建物、ショッピングモールの前で待ち合わせの最中だ。今の時刻は待ち合わせにはかなり早いから、私達は入り口近くに設けられた広場のような場所で腰を下ろしておしゃべり中。

 何故早いかって?勿論私が張り切り過ぎて出発を早めてしまったからだ。


 自分の浮かれ具合に反省しつつ、ぼんやりと広場で人の往来を眺めていると見慣れた人影が見えてくる。待ち人が来たみたいだ。

 手を振って此方に歩いてくる人影に、私も手を上げてアピールする。


「こっちですよ!」


 私の声に反応して近付いてくる二人の人物は、片方は馴染みのあるふんわりとしたシルエットで、もう片方は見慣れぬシックでひょろりとしたシルエット。

 二人は私達と合流すると、皆と顔を合わせた後私に声を掛ける。


「こんにちは鏡ちゃん。今日は珍しい格好で驚いちゃった。でもすっごく可愛いよ!」


 ふんわりの正体、睡ちゃんは私の私服に大層ご機嫌らしい。そんな彼女の服装はクリームのような淡いベージュが彼女を良く表す、ブラウスが可愛いふんわりコーデ。それでも豊かな身体は主張を隠せず、年齢以上の魅力をかもしだしている。


「こんにちはすーちゃん。こうして私服を見るのは久しぶりですけど、すーちゃんも素敵ですよ」


「もう、鏡ちゃんはすぐ人を褒めるんだから。でも嬉しいよ、ありがとう」


 むぎゅっと豊満な胸に抱えられてしまう。やはり大きい。それに優しい暖かさについ離れたくなくなってしまう。だが今はお出かけに来たのだし、彼女にも挨拶をしなければ。

 睡ちゃんの胸から抜け出すと、今回誘いに乗ってくれた意外な人物に声を掛ける。


「あっ」


「後でいくらでも抱きついていいですから。…それよりも今日は来てくれてありがとうございます。まさか一後輩の私の誘いを受けてくれるなんて、凄くうれしいです。」


「そんな…、私の方こそありがとう…。あんまり友達とかいないから、こうやって遊びに出掛けたりする機会は少ないから…。それに、私としてはもう友人だと思ってたから…、気にしないで…」


 はにかむ様に微笑を浮かべるその人は、気にしないでと控えめに手を振る。お姉様とは違った大人びた彼女の服装は、一見地味にも見える細身で黒いワンピース。元々の物静かな印象にマッチしたそれは、高身長と長い手足を際立たせており怖くなるほどに美しい。

 それに髪を一房三つ編みにして前に流しているのが、なんだか私とお揃いみたいで嬉しいような恥ずかしいような。


「じゃあ、今日は友達としてよろしくお願いします。御陰さん!」


「ええ、よろしくね白清水さん…」


 我等が文芸部の部長、御陰さんがしっとりと笑った。

 そう、なんと今日は御陰さんが来てくれたのだ。勿論誘ったのは私だけど。


 事の発端は赤穂の茨沢さんと話してみたいという考えからだった。何が理由なのかはわからないが、屋敷に来ることが決まってからそんな考えを私に教えてくれたので、それなら皆も誘って遊びに行こうと計画したわけだ。

 与羽先輩にも声を掛けたのだが、彼女は家族と旅行に行ってるらしい。残念そうに断りの連絡を受け取ったのだが、何故だかお詫びとして旅行先での写真が送られてきた。海をバックにビキニ姿でポーズをとる姿は、ちょっとセクシーすぎて扱いに困っている。


 そんなこんなで迎えた今日の集まりだが、意外と空気は悪くない。流石に御陰さんは少しの緊張が見えているが、それも時間が解決するだろう。

 考え事をしているうちに出発の時間が訪れ、私は御陰さんの隣を陣取る。


 さぁ、楽しいショッピングの始まりだ。












 とはいえ何をするにも腹が減っては戦ができぬというもの。


 時間も十二時前ということだし、先に昼食を済ませる方向に話が決まった。あれがいい、これが嫌だと口々に話して、でた結論はメニューが豊富な洋風レストラン。

 好き嫌いの無い私は意外と何処でも良かったけれど、店の前に飾られたサンプルを見ると自然と気持ちも弾んでくる。折角だしデザートも頼もうなんて考えていると、皆は既に足を踏み入れている。

 友達との初めての外食に少し緊張しながら、皆の後に続いて店に入る。


 可愛い制服のウエイトレスに案内された席は、窓際で外の景色が楽しめる雰囲気のいい席。早めに入ったこともあって席に余裕があるのか、良い席が空いていたようだ。ショッピングモールの二階にあるこの店の窓からは、大通りを眺めることが出来てその忙しない光景に目を奪われる。


「鏡ちゃん、座らないの?」


 人の往来に目を向けていると声を掛けられてしまう。

 ぼんやりしている間に皆は席を選んだようで、空いているのは御陰さんと睡ちゃんの間か、お姉様と赤穂の間。どちらにしろ挟まれるように座るしかないなかで、一つの考えが頭に浮かぶ。


(これは…どちらか選べと言っているのか?)


 まるで期待を込めたように瞳を輝かせて見詰める四人に、どうしたものかと困ってしまう。どちらを選んでも穏やかには終わらないだろう。

 背中に汗が通るのを感じながら固まっていると、お姉様が口を開く。


「鏡花、早く席に着きなさい。お姉様と一緒にメニューを選びましょう?」


 頬杖を付いて前かがみになり、何処か胸元を強調させて妖しく微笑むお姉様。何処か誘惑するようなその言葉にこくんと唾を飲んでしまい、お姉様の方へと足が向かう。

 私の反応が嬉しかったのかクスリと笑うと唇をちろりと舐める。垣間見えた舌の赤さが誘うようで、口元に視線が釘付けになる。


「…ねぇ、久しぶりに会ったんだし…私と座らない…?」


 歩きだそうとした私の袖をキュッと摘んで、御陰さんが顔を赤らめながらポツリと呟く。振り向くと見えた顔を俯かせて上目遣いに顔を赤らめて言う姿は、物静かな印象と合わさって官能的だ。

 それに今気付いたけど、今日はコンタクトだったんだ。思わず見惚れているといると逸らされてしまうが、その仕草すら可愛く見える。


 そんな私の様子が気に食わないのか、お姉様も反対の手を摘むように掴んでくる。

 左の御陰さん、右のお姉様。益々高まる興奮の中、二人を交互に見ながらも考える。どうするのが正解か、なんと言えば納得してくれるか。


 熱を増す視線に晒されながら、私が下した決断は……






「このハンバーグも美味しいから食べて見なさい。ほら鏡花、口を開けて」


 想像よりも頼んだ料理の味が良かったのか、のお姉様がフォークに刺した一欠けら差し出してくる。服に自分の料理が付かないよう注意しながら顔を近づけ口に含めば、熱い肉汁が溢れるように広がっていく。確かなお肉の味が食べ応えがあって美味しいけれど、女性には少し重たいかもしれない。

 まぁ、私は前世の関係か全然問題ないのだけど。


「んぐんぐ……うん!美味しいです」


「でしょう?次に来た時は鏡花も頼んでみなさい」


 私の答えに満足そうに頷くと、お姉様は自分の食事を進めていく。

 次は私もハンバーグにしようと決めて目の前のローストビーフ丼に食べ進めていると、不意に視線を感じて隣に視線を移す。すると御陰さんがそわそわとしながら横目で私を見ており、何か言いたそうだ。


「どうかしましたか?」


 気付かれると思わなかったのか、私の言葉に少し焦りを見せながら彼女は小さく口を開いた。


「え…えと、その……。一口、貰っていい?」


「これを?もちろん構いませんよ」


「…あ、ありがとう…。じゃあ…あ、あーん…」


「えっ、ああはい。ちょっと待ってくださいね」


 お願いに一つ頷いて、料理をスプーンによそって口元に持っていく。

 わざわざ食べさせて欲しいなんて、スプーンを受け取るのも待てない程楽しみなのだろうか。恥かしそうに顔を赤らめて、小さく口を開いて待つ姿はウキウキしてるようにも見える。


 私もお肉が好きだから、浮かれる気持ちはよくわかる。


「はいどうぞ」


「…えっと……あーん…」


 髪を耳に掛けながら、チラリと此方を伺いつつおずおずと口を開く。

 ゆっくりと咀嚼する様子を眺めるのは母性をくすぐられるようで、癖になりそうな感覚だ。


「…ありがとう…、美味しかったよ…」


「どういたしまして」


 静かに微笑む御陰さんにニッコリと笑顔を返して、自分の器に視線を戻すと手元のスプーンが目に留まる。御陰さんが口に含んだ銀色の鏡面は瞳にきらりと光って、変な考えが頭に浮かんでしまう。


 これを口に含めば、御陰さんの味がするのだろうか…。


 いやいや、流石に変態過ぎる考えだと頭から消し去り、無心で口に運んでいく。

 器の中身は半分以上も残っているけれど、ひたすらに心を落ち着かせて。無言で食べ進める姿がおかしかったのか、赤穂はニヤニヤと笑っているし、睡ちゃんは不思議そうに見詰めてくる。


「鏡ちゃんどうしたの?お腹でも痛い?」


「照れてんでしょうから放っときなよ」


「???なんで?」


「茨沢さん見てなかったの…?どんだけグラタンに集中してんのさ…。だから、鏡花はかくかくしかじかで………」


「うん…うん…えぇっ!」


 無言を貫き黙っていると赤穂が睡ちゃんに何か吹き込んでいる。

 どうせ私のことを笑いものにしているんだあろうと横目で睨んでいると、何かを聞いた睡ちゃんがズイッと顔を寄せてくる。

 流石に驚いて目を合わせながら器を置いて話を聞く姿勢をとると、睡ちゃんは両手を胸に構えながらふんすと気合を込めて口を開いた。


「鏡ちゃん!」


「は、はいっ。そんなに興奮して、なんの用ですか…?」


 形をひしゃげさせる大きな胸に目を引かれながら続く言葉を待っていると、予想の斜め上をいく言葉が飛び出てきた。




「私にもキスしてっ!」




「えっ…?」


 空気が凍りつく。

 大きな声で言った所為で店内に響いてしまい、周囲の客の視線が刺さっているのに睡ちゃんは気付かず私を見つめたまま。

 事の発端の赤穂も驚きでスプーンを落としており、彼女の入れ知恵では無いのだと理解する。御陰さんもお姉様も言葉を発せずに固まっており、誰一人として手を差し伸べてはくれない。


 ひそひそと聞こえてくる言葉。告白だのキテルだの好き勝手な言葉が耳に入り、顔が熱を持つのを感じる。非常にまずいと焦りを感じ始めた頃、睡ちゃんは自分の過ちに気が付いたのかさっと顔を赤らめた。


「ごめんね、間違えちゃった。間接キスして欲しいって言おうとしたのに…」


 うん、結局気付いてないね。

 気にするのは其処じゃなくて、周りの視線とか何だけどな…。


 固まる私達を気にせずに上機嫌な睡ちゃんは、自分のグラタンをフォークに刺していそいそと準備をしている。

 熱いからとわざわざ息で冷ましながら、それが何とも幸せとでも言うみたいに楽しそうに差し出してくる。


「ふぅー、ふぅー。えへへ、鏡ちゃんどうぞ?」


 こんなに幸せそうにされたら拒絶なんて出来る筈が無い。

 どうにでもなれとパクリと一口。暖かなホワイトソースとチーズが美味しいけれど、少し冷めた感じが逆に睡ちゃんの熱を感じさせる。

 包み込むような優しい味わいが、彼女の気持ちを伝えるみたいだ。


「おいしい?」


「…おいしいです…けど、次からは気をつけてください。みんなが見てます…」


「へっ?…………あー、そんなに大きな声だったかな…?」


 私の言葉に周りを見渡した睡ちゃんは、自分が注目されていることに気が付き赤面しながら眉を下げる。頷いて返せば恥かしそうに両手で顔を隠し、いやいやと左右に揺れている。胸のたわわもそれはもう豊かに弾んでいて、私と赤穂は自分に無いそれを羨ましそうに眺めながら、「今更恥かしさに気付くな」と感じているのだった。


「は、恥ずかしい…」


「一緒にいる私達のが恥ずかしんだけど…。まっ、気を取り直して食べなおそうよ」


「そうですね…。睡ちゃんももう過ぎたことですから、顔を上げてください。冷めたら美味しくないですよ」


「~~~~っ!…まだ無理ぃ」


 赤穂の言葉に同意しながら自分も食事を再開する。

 くすくすと笑うお姉様。忍び笑いを必死に隠す御陰さん。かなり恥ずかしいあーんだったけど、みんなが笑顔ならそれでも良いかと思うのだった。


 初めての友達との外食は、騒がしく過ぎていくのだった。








「あれ、赤穂とすーちゃんまだ来ませんね」


 お昼を済ませた午後の時間、ゴシックでロリータな服が多く並んだ店舗を訪れていた。着せ替え人形にされ終わりぐったりと店の前に居た私は、途中用事があると出ていった二人がまだ居ないことに気が付いた。


「忘れ物があるって、二人で出て行ってから結構経つのにね…。すぐに済むから気にしないでって言ってたけど…」


「そうなんですね。…ていうかやっぱりこの格好は恥ずかしいですね」


 そう、今の私はワンピースからゴスロリに変わっているのだ。日頃からメイド服で生活してるためそこまで違和感は無いのだが、それでもたっぷりのフリルや装飾が気になってしまう。

 勿論私が好んで着ているわけではなくて、今も大量の服を会計してるお姉様が発端だ。


「そう…?私は似合ってると思うけど…。やっぱり趣味に合わない…?」


 何やらしょんぼりとする御陰さん。そういえば彼女も着せ替えに乗り気だったし、この服は彼女が選んでくれた服だった筈。自分のセンスが否定されてるようなものだし、そもそも好みの服だったのかもしれない。部活の時間も何か書いてるみたいだし、こういった非現実的な服装は興味があるのだろうか。

 別に服を否定したいわけじゃない、寧ろ可愛いと思うけど恥ずかしいだけだ。焦った私は弁明の言葉を探して口を開く。


「う………。そのまぁ、嫌いって訳じゃ無いんですけどね。御陰さんとお揃いの色ですし、勿論可愛いものも好きですから。でも、視線が気になるというかなんと言うか………」


「………くすくす」


 私がモゴモゴと言葉を探していると、頭上から忍び笑いが聞こえてくる。何事かと顔を上げれば御陰さんが可笑しそうに笑っている。さっきの悲しげな雰囲気は何処へやら、どうやら揶揄われたようだ。


「…何笑ってるんですか?」


「ふふ……ごめんね、必死な様子が可愛くて…。凄く似合ってるのは本当だから…」


 拗ねる子供を宥めるように、御陰さんは穏やかに肩を撫でてくれる。その穏やかな眼差しが気恥ずかしくなって、なんとなく目を逸らしてしまう。なんだろう、御陰さんはまるで凄く年上のように見える時がある。


 そんな風に遠くを見ていると遠くから赤穂達が歩いてくるのが見える。かなり時間が掛かった事に少し心配していたが、特別問題は無かったようだ。

 二人は私を確認すると手を振りながら足早になり、面白いものを見つけたとでも言いたげな表情だ。


「随分面白い格好してんじゃん。めっちゃ目立ってるけど恥ずかしくない?」


 や、やっぱり目立ってるのか…。御陰さんのお陰で少しはマシになった精神がまた揺らいできて、恥ずかしさが隠せなくなる。羞恥から顔を俯く私を見て、睡ちゃんは怒ったように反論してくれた。

 流石は親友、私のことを庇ってくれるみたいだ。


「もう、鏡ちゃんもそれは承知なんだからわざわざ言わなくてもいいでしょ!」


 いや、同意してる。でも皆似合ってるって言ってたし、ついさっきも御陰さんが恥ずかしくないって言ってくれたのだ。だから気にする必要はない筈だが…。

 よくよく考えたら格好に関しては褒めていても目立ってることには触れてないはず。もしかして気付いてないだけで凄く注目を集めているのでは?

 それが本当なら確かに恥ずかしい。


「私、そんなに目立ってます…?」


「そう言ってんじゃん。ほらあの辺なんか凝視してるし」


 指先の方向を見ると、確かに一つのグループが私を見ていた。それはもう食い入るように。

 急に顔が燃えるように熱を持って、自分が恥ずかしい奴に思えてくる。自分の服に意識を持ってかれすぎて、周りのことが頭に無かったのだ。

 そんな羞恥に染まる私の様子に、御陰さんが申しわけ無さそうに口を開く。


「ごめんね白清水さん…。てっきり気にしてないのかと思って指摘しなかったから…」


 そうか、御陰さんも目立ってることには気付いてたのか。

 恥かしさに負けた私は、そそくさと元の服に着替え直すのだった。



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