第23話 この度、楽しい一日は続きまして!
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時は少し遡り鏡花が着せ替えられてる時間。
赤穂と睡は昼食を取ったレストランに向かっている…のではなくその近くから出入りできるバルコニーに来ていた。一人は真剣な表情、一人は困惑の表情で向かい合う二人の間には、和やかとは言えない空気が流れている。
睡は自分が何かして怒らせたかと記憶を巡らせるが、何も思いつかない。お互い気まずそうに無言で見つめあう事数分後、自販機で買ったジュースの水滴が落ちるのを合図にするように、赤穂がその口を開いた。
「茨沢さんってさ、鏡花のことが好きなの?」
睡は思わず固まってしまう。好きとはどういう意味なのだろうか。
「それは、友達として?それとも…」
「恋愛としてだよ。友情の確認ならわざわざ二人きりにならないし、あんたらの日頃の様子でわかるし」
赤穂はそういうと睡から顔を背けて、手すり越しに外を眺める。そのままゆっくりと手元のジュースを一口飲むと、想いを余さず込めるように独り言の様に話し出す。
「あたしさ、多分鏡花の事が好きなんだ。あんな風にぶつかってくれて、可愛げの無い私を気に入ってくれてさ。あの日屋上で言われた言葉が離れなくて、今も思い出すと締め付けるみたいに胸に染みる」
「ふふ、鏡ちゃんは誰に対しても真っ直ぐに接してくれるからね。私の時も心に寄り添って言葉をくれたから、その気持ちは良くわかるよ」
「うん、その事も聞いた。だから教えて欲しいんだ、鏡花をどう想ってるか。もしも同じ様に思ってるなら、正々堂々戦いたいし」
赤穂の目から感じる感情からはその思いは嘘では無いとわかる。それは愛情と勇気に溢れた、恋をし始めた少女のとても尊い瞳の輝きだ。
それを見て睡も思案する。確かに鏡花の事は好きだし大切にしているが、恋愛かどうかはわからない。それもその筈、睡だって長く人間関係に苦しんできたのだから。あの日少女に酷い言葉を浴びせられた事を切欠に今もそれは続いている。鏡花のお陰でかなり持ち直した今では友達も多くいるが、本当に信頼できるのは限られた相手だけだ。
その中でも鏡花は特別な存在、口付けをもって目覚めさせた運命の相手とも言える。
ああ、気が付いてしまった。あの時は子供だったし一時の感情の昂ぶりだと思っていたが、茨沢 睡はあの日恋に落ちていたのだ。
「うん、私鏡ちゃんが好き。今でも思い出すもの、あの日鏡ちゃんがくれた温もりと優しさ。ありがとう、赤穂ちゃんのお陰で自分の気持ちにちゃんと気付けた」
赤穂はその言葉に知っていたとばかりに頷くと、溜め息交じりに睡の方を再度向く。
「やっぱりそうだよね…。まぁあんだけ大好きオーラ出してたら当然か…」
「これからはライバルとしてもよろしくね赤穂ちゃん。私、負ける気ないからね」
自らの想いに気付いた睡はその愛らしい顔に活力を漲らせ、両手を胸の前で構える。腕に押されて形を変えるその大きな胸に嫉妬を感じながらも、赤穂は深呼吸と共に心を落ち着かせる。
そう、赤穂の話はこれで終わりではない。寧ろここからが本番だ。
彼女はゆっくりと言葉を並べだし、自分の罪を告白する。
「そう、これからはライバルになる。だからあたしも勇気を持って言うけど…、あの時は本当にゴメンっ!」
「うえ?えっと、どういうこと?」
「あの日小学生の頃、保健室であんたを傷つけたの、あたしなんだ。好意が怖くて、本性が認めらん無くて、酷い言葉で傷つけた、最低の馬鹿があたし」
不意に睡の記憶が呼び起こされ、あの日の悲しい記憶の靄が晴れる。確かに顔立ちは似ているし、短い髪の色も一致する。記憶に残る声も少し幼さという違いがあるものの誤差の範囲だ。
眠り姫の手を離した王子は、目の前の少女その人だ。
驚きとぶり返したショックで固まってしまい、上手く言葉が出せない。何故今になって、どうして今更、もう忘れた事を掘り返すのか。
その様子に辛そうに顔を歪めた赤穂は、自分の真意を伝えようと言葉を続ける。
「今更謝っても許されないのはわかってるし、自分のしたことも最低だと自覚してる。でもこの後ろめたさを抱えたまま誰かを好きでいたくないし、あんた達と関わるのは出来ない。最低な自分にけじめをつける為に、謝りたいんだ」
その言葉に睡の心は揺れを見せるが、許せるかと言われると難しい。事実睡の心には傷が残ってしまっているし、謝罪を受け入れたとて今までの苦しみが癒えるわけではない。
罪の意識を軽くしたいだけなのではと考えるのも、被害者である睡には仕方の無いことかもしれない。
「…許さなかったらどうするの?ただ赤穂ちゃんの心を軽くするために許すなんて難しいし、許す振りをしたって何時か限界が来るもの。だから、許されなかったら赤穂ちゃんはどうするつもり?」
この言葉は赤穂にとって十分予想できたものだ。だからこそ赤穂も腹をくくって自分の決意を口にする。それほどまでに自責の念は強いのだから。
「あんたが望むなら二度と近付かないし、鏡花のことも諦める。あたしがした事はそれだけ大きかったし、もうあたしは救われたから…」
思わず息を呑んだ。赤穂は本気で言っているのだ、先程見せたあれほどの愛情を忘れると。
「勿論それはあんたの所為じゃない。鏡花の大切な人を蔑ろにして過ごすなんて出来ないから、あたし自身が認められないから。だけど、どんな結末になっても一つだけ約束して欲しい」
「…それは、何?」
「必ず鏡花を幸せにして。この世で一番、幸せな笑顔にしてあげると誓って」
睡の心はその想いに当てられるように透明になる。本気で言っている、自分の愛を諦めてでも好きな人に幸せになって欲しいと。
これはもう認めるしかない。そもそも今の睡にとっては過去の傷跡よりも鏡花の方が大きな存在だし、その友達を遠ざけるなど出来る筈も無い。許せない、苦手な相手でも愛する少女の為なら飲み込んで接することが出来るのが、睡という少女なのだ。
だからそもそも許すと言うつもりだったが、今はそんな気持ちでは勝てないと理解した。
戦いになるのだ。過去の確執など関係無い、同じ相手を愛する二人の少女の戦い。ならば与えるのは許しではない。正々堂々と戦うための誓いだ。
「それは言われるまでもなく幸せにするし、赤穂ちゃんを許すことも出来ない」
「そっか…じゃあ仕方ないね」
「だから全部忘れて一から始めようよ。過去の事は忘れて、どっちが鏡花ちゃんを幸せに出来るか競争しよ」
諦めかけた赤穂の表情が怪訝なものに変わる。許せない、だけれどそれでいいなんて虫のいい話、赤穂にとっては信じられない。だがその姿に一人の少女が重なって見えて、不思議と納得できる。
当然の話だ、今の睡を形成する大きな要素に鏡花が含まれるのだから。
喜びのような、呆れのような、安心のような複雑な笑顔を浮かべて、赤穂はその言葉に同意した。
「ゴメン、それと、ありがとう」
「うん!絶対、負けないからね。鏡ちゃんの口付けは全部私のものだから」
「こっちこそ。気付かぬうちに食べちゃうから、そのつもりでいなよ、睡」
決意の篭もった笑顔に睡も釣られるように笑みを浮かべる。彼女には似合わない好戦的で、熱さを含んだ眼差しと共に。お互い手を伸ばしたりはしない、その間には見えざる炎が揺らめいて見えた。
それは恋に恋する二人の少女の、長い付き合いの始まりの光景だった。
▽
日が傾きを見せる夕方の時間、私達はファンシーなアクセサリーショップに訪れている。
童話をモチーフにした小物やアクセサリー等が所狭しと並ぶこの店は、ゲーム内にも登場するファン垂涎ものの場所なのだ。とあるイベントに登場したぬいぐるみや、ヒロインがプレゼントとしてもらうキーホルダーが実際に買うことが出来ちゃうのだ。
既に手には多くのサンブレグッズが溢れているが、本命はこれらではない。
一番の目的は今日の思い出を記念して、皆でお揃いのストラップでも買おうと思ったからだ。
発案者は勿論私。理由は初めての友達との買い物記念として、形に残るものが欲しかったから。勿論他にも理由はあるが、今はそういうことにしておく。
私の提案には赤穂もお姉様も呆れていたし、睡ちゃんでさえ苦笑していたが、御陰さんはかなり乗り気で今も真剣に選んでいる。人と相談することも無く、必死に棚を眺めている姿は何処か必死にも見えて、そこまで友達とのお揃いが欲しいのだろうかと不思議になる。
でも、学園では一人で居ることも多いみたいだから、意外と友達が少ないのかも。私と同じく浮かれてるのかと思うと、見た目に似合わず可愛く見えてしまう。
「睡はこれが良いんじゃない?」
背後から赤穂の声が聞こえてきて振り返ると、睡ちゃんと二人で何にするか選んでいるのが見える。赤穂は何か白黒のものを手にしていて、睡ちゃんは不思議そうに首を傾げている。
「んー?赤穂ちゃん、何で牛さんが私にいいと思うの?」
牛…。
ああなるほど。
「だって睡にピッタリじゃん。無駄にでかい胸とかミルクみたいな匂いとか、もう牛そのものでしょ」
「酷いよ!そんなに大きくないし、女の子を牛さん呼ばわりなんて!」
「いやいや、そんな風に揺らしながら言われたってムカつくだけだから。あんたが大きくなかったら私と鏡花は抉れてるレベルじゃん…。もしかして嫌味か…?」
「もう、嫌味なんかじゃないよぉ!ほら、赤穂ちゃんもしっかりあるでしょう?」
「っ!?」
な、なんということだ…。
先程までぷんぷんと聞こえるかの様に頬を膨らませていた睡ちゃんが、ニコニコと笑いながら赤穂の胸を柔らかく触れている。輪郭に沿うように優しく添えて、確かな膨らみを強調させている。
被害者の赤穂は顔を真っ赤にしながら言葉を失い、わなわなと口元を震わせている。レストランでも思ったが、睡ちゃんはスキンシップが激しい。好意も素直に伝えてくるから、一緒にいるとドキドキすることが多いのだ。
「………触りすぎ…!」
「いたっ!」
流石に復帰したのか睡ちゃんの頭を軽く叩いて胸に触れてる手をどかしている。意外なことに怒ってはいないみたいで恥ずかしそうに顔を逸らしてはいるものの、話はちゃんとしているみたいだ。
なんというか、忘れ物を取りにいってから二人の仲がいいように感じる。お昼までは苗字で読んでいたのもいつの間にか名前に変わってるし、スキンシップも気兼ねなくしているようだ。
友達同士が仲良くするのはいい事だが、ここまで態度が変わると気になってしまうのもまた事実。意外と気が合うんだなと感心しながら眺めていると、誰かの手が肩に触れる。
「鏡花、このストラップはどうかしら?」
顔だけ向けてお姉様の手元を見てみれば、そこには可愛らしいリンゴのシルエット型の金属製のストラップがキラキラと光を反射している。そのリンゴの隣には小さなティアラが寄り添っていて、赤色のそれはお姉様を表しているようだ。
「かわいいストラップ…、それにお姉様にぴったりですね。他にも種類が?」
「ええ、かなり豊富に用意されているみたいだから、良かったら少し見てみない?ねぇ、そこの二人もイチャついてないでこっちで選ばないっ?」
お姉様が二人を呼んでいるうちに、御陰さんと共に置いてある場所を覗き込めば、確かに様々な色とモチーフがある。あれが良い、これが良いと皆で相談しながら、各々自分の分を決めていく。
鏡だったり頭巾だったり、それぞれが自分に似合う物を決めたら仲良く支払いへと向かう。値札等をすぐさま取ってもらい掌の上でまじまじと眺めていると、隣にお姉様の手が同じように並ぶ。
それに倣うように皆も掌を並べていき、気付けば五つの手が花弁のように集まっている。それぞれの色の光が反射して、手で作られた花を煌かせている。
「ふふ、みんなでお揃いなんて変なことを言うと思ったけど、こうして見ると悪くないわね」
「はい…。とっても綺麗な思い出が出来ました」
「ええ、そうね」
返事をしながらお姉様を見てみれば、優しい微笑で私を見詰めている。そのまま皆を見まわせば、一様に暖かな笑顔で頷いてくれて、暖かい感謝が胸の中に湧いてくる。
「じゃあ、帰りましょうか」
言葉と共にストラップを握って、今日の終わりを告げたのだった。
「じゃあね鏡ちゃん…。夏休み中に絶対遊びに行くからね…?」
「それは楽しみでふぐ……」
睡ちゃんと御陰さんに別れを告げている途中、いつもの様に睡ちゃんの胸に抱きしめられてしまう。寧ろいつもより強いぐらいか。むぎゅむぎゅと押し付けられる胸から顔を上げれば、その切なそうな顔が間近に見える。
別れを惜しんでくれてるのが嬉しくて、開いた両腕でしっかりと抱きしめ返す。柔らかな睡ちゃんの感触とミルクのような甘く落ち着く匂いを感じながら見詰め合っていると、後ろから赤穂が抱き着いてくる。
「ちょっと、人の前であんまり羨ましいことしないでよ。どうせならあたしも混ぜてよ」
「うぐ、苦しいです…」
「鏡ちゃん大丈夫?もう、赤穂はこの後も一緒なんでから、少しは遠慮してよぉ」
「それはそれ、これはこれ」
「むぐぐ……」
苦しい。挟まれているからではなく、二人の香りと体温で空気が濃密になるからだ。甘い睡ちゃんの匂いと果物のような赤穂の匂いが合わさって、頭がくらくらとしてくる。
御陰さんは苦笑しながら眺めただけで助けてくれず、私はこのまま意識を失うのだろうか。美しい草原を幻視するなか、救いの手が差し伸べられた。
「迎えの車が来たからそろそろ……って、鏡花が苦しそうだからやめてあげなさい。もう白目剥きかけてるわよ」
「うそっ、鏡ちゃんゴメンね!?」
「流石は睡の凶器…恐ろしいね…」
なんとか解放された私は深呼吸をして落ち着きを取り戻す。そうしている最中にお姉様と赤穂は挨拶を終えたみたいで、車に向かって歩いていく。先に行っちゃうなんて薄情だな思いながら、私も二人と別れの挨拶を交わすため、しっかりと背筋を伸ばして笑顔を浮かべる。
別れは悲しい顔よりも、笑っている方が断然良いのだから。
「それじゃあ、睡ちゃん、御陰さん、また会いましょうね。学院なのかその前に会えるのかはわかりませんが、その時を楽しみにしてます」
「うん、またね鏡ちゃん。私も楽しみにしてるし、必ず伯母さんに会いに行くから」
一度強く抱きしめると睡ちゃんは一歩下がって、御陰さんが交代するように近くに来る。何を話せばいいのかわからないとでも言いたげな顔をして、寂しそうに私を見詰めてくれる。
そこまで別れを惜しんでくれるなんて嬉しいことだ。
「御陰さんも、また学院で会いましょうね」
「…うん、白清水さんもまたね…。今日は誘ってくれてありがとう、いっしょに過ごせて楽しかったよ…」
「こちらこそ、来てもらえて嬉しかったです。…それじゃ、二人ともさようなら」
「あ、待って…」
別れを告げて歩き出そうとすると、御陰さんに止められてしまう。
何かと不思議に思えば、御陰さんは耳に息がかかりそうな程に顔を寄せて囁いた。
「お姉さんには…気をつけてね……。悪い噂が、凄く大きくなってるから…」
「えっ…?」
「もう行った方がいいよ…お姉さんも心配そうに見てるから…」
「あ、はい…じゃあ、また」
確かにお姉様の急かすような視線を感じて、私は車の方に駆けていくお姉様の隣に乗り込む。私のおかしな様子に気が付いたのか、不思議そうに右手を握ってくれる。
「鏡花…どうかしたの?」
今の楽しい気分を壊すのは望む所ではない。御陰さんの言葉は胸にしまっておくべきだろう。
「いえ、寂しくなっただけです」
「…そう、それなら良いわ。出して頂戴」
お姉様の言葉で車が走り出し、二人の姿が遠のいていく。
車の中から見える二人は未だに此方に手を振ってくれている。
睡ちゃんは困り眉の寂しそうな笑顔で、御陰さんは良く見る物静かで綺麗な笑顔で。けれどその見慣れた笑顔は、日を背にしているからか何処か暗く見えてしまった。
帰路を走る車の中で、私は今日の事を思い出しながらウトウトと揺られていた。
皆の新鮮な私服姿は最高に可愛かったし、食べさせあった料理の味は恥かしさで曖昧ながら素晴らしかった。
今日一日で、沢山買い物をした。
着られないほど多くの服も買ったし、お揃いのストラップだって買った。リンゴのシルエットの可愛く綺麗なそれは今も私の手元に握られていて、今日の楽しい時間を感じさせる素敵な宝物だ。
だけど、一つだけ心に引っかかる出来事がある。別れ際に耳元で囁かれた、御陰さんからの言葉だ。
「お姉さんには気をつけてね…悪い噂が凄く大きくなってたから…」
一体何が起きているのか。
犯人は今も何かを画策していて、その影響は広がり続けているのかもしれない。
私達の知らない所で、明らかに状況は進んでいる。夏休みが終わった時に何かが起こるかもしれないと、漠然とした不安が拭えない。
変わらない私。進み行く状況。何かあった赤穂と睡ちゃん。何やら考えているお姉様。
流れ行く時間は残酷にもその速度を緩めたりはせず、幸せな夏の時間も容赦なく過ぎていく。きっと夏が終わるのはあっという間なのだろうと考えながら、微睡みの誘いに意識を預けていく。
「お休み鏡花。優しい夢を見なさいね」
不意に頭を撫でる暖かな感触に、私の意識は完全に途切れた。
夏が開ける音が、すぐ近くに聞こえてきた
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