鏡に映る白と黒
第24話 この世界で一番恐ろしいのはだぁれ?
楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、学院へと戻る時がすぐそこまで近付いている。
必死に忘れようとしていた問題も徐々に思い起こされ、お姉様への不安と心配が少しずつ隠せなくなってくる。
赤穂のお陰で繋がりを持てたとしても今だ和解には至っていないうえ、学院が始まれば髪永井さんと顔を合わせるのも避けられない。結局犯人を見つけない限りは状況は好転しないのだ。寧ろ時間が掛かるほど悪化してしまうのが目に見える。
きっと殆どの生徒がお姉様が犯人だと思っている。疑惑で済んでいた部分が休み前の事件で変わってしまったのだろう、それは御陰さんの忠告からも予測できる。
既に赤穂や与羽先輩に聞いて周囲のお姉様への印象は確認してあるから裏は取れているのだ。もう楽観視は出来ない所まで来ているのだから、一刻も早く犯人を見つけなければ。
お姉様はどうするつもりなのか、私には何が出来るのか。
わからないから不安は何処までも膨れ上がり、わからないのに気にして無さそうなお姉様が心配になる。その感情は既に隠せないほど大きくなっていたようで、学院へ戻る前日の私はお姉様に呼び止められた。
眠りにつく仕度も済んで自室へ向かう私は、お姉様に手を取られて別の部屋に辿り着いていた。
この部屋に入ったのは凄く久しぶりな気がする。去年まで何度も掃除等で入っていたのだからそんな事は無いのだが、学院に入ってからの日々が目まぐるしかった故にそう感じるのだろう。
感慨深さに耽る私を、お姉様は優しく手を引いてベッドへと案内してくれる。まるで幼い頃みたいで思わず安心したように微笑が漏れる。
でもその微笑みは次の瞬間には一転することになる。お姉様が私を力いっぱい抱き寄せたからだ。
私を膝に乗せるように横向きにして、まるで座りながらお姫様抱っこをするように。見上げるように近付いたお姉様の顔はとても綺麗で、でも強い意志を感じる凛々しい笑顔だ。
「お、お姉様!?」
驚きで声が漏れてしまう。抱きしめられたことにも、近すぎるお姉様の顔にも。
そんな間抜けな表情の私に、お姉様は慈しむように頬を撫でながら話し始める。
「鏡花、心配してくれるのはありがたいけど、そんなにお姉様は頼りないかしら?」
ギクリと肩が上がる。流石にばれてしまっていたようだ。
「大丈夫よ、私は髪永井にも学院の空気にも、こんな事を起こした犯人にも負けたりしない。だから鏡花は安心して、今まで通りに過ごしてなさい。私を信じて待ってて欲しいのよ」
「お姉様…でも…」
「それとも、何か気になることでもあるの?もしかして貴方自身にも被害があったのかしら?」
「違います!私は寧ろ同情されてるくらいで…、でもどうしてもお姉様が心配で…」
「それならいいけど。なら何が理由なの?」
どうしよう、言うべきだろうか。私には前世があるからその結末通りになるのが恐ろしいと。きっとお姉様なら信じてくれる、だけどその所為で鏡花という存在を疑われるかもしれない。
お母様を救えなかった事も責められるかもしれない、それでもここで黙ったままだとお姉様に何かが起きるかも。だけど割り切るのは難しい程に、鏡花と言う人間は凛后のことが好きなのだ。
最初は憧れのキャラクターとして、あの日からは大切な家族として、今の私は前世を含めて彼女を大切に思っている。
だって彼女には二度も心を救われたのだ。前世としても、鏡花としても。そんな彼女に拒絶されるというのは、自分を否定されるみたいできっと耐えられない。
けれどもそんなことを思ってる合間に事態は刻一刻と悪くなっている。私一人の頑張りでは、今の状況は大きくなりすぎた。情報は共有すべきなのは良くわかっているのだが、それでも簡単には割り切れない。
目の前の笑顔とゲームの中で見た最後の姿が交互に映り、私の心を揺れ動かす。
結局私が下した決断は…、全てを話すことだった。
例えお姉様に嫌われたとしても、私にとっては彼女の笑顔の方が大切だったのだ。
私は意を決して話し始めた。前世の記憶があること、この世界が好きだったゲームと似ていること、私という存在が本来はいない事、お姉様の結末のこと。
話をしている最中は一度もお姉様の顔を見れなくて、話が終わってもそれは変わらない。静寂が立ち込める中を二人の吐息だけが聞こえた後、お姉様の溜め息がその後に響く。
呆れただろうか、怒っただろうか。
ネガティブな私の予想は、お姉様のキスで消し去られた。
(…………っ!?何、何が起きてるのっ!?)
驚きに目を見開くと、お姉様の菫の瞳がすぐ側に。唇には柔らかな感触、直接伝わる吐息の熱さが一層顔の温度上げていく。撫でられていた筈の頬はしっかりと固定されていて、支え程度だった背中に回された手は逃がさないようにと力が込められている。
急速に高まる鼓動、逃れたいほどの羞恥、それらを綯い交ぜにして心に沸き立つ喜びの感情。
何故なんて考える暇も無い。私の全神経が唇に集中しているようで、意識はもう正常に働かない。
ていうか、これってファーストキス…!
「…ん……ふぁ………」
頭が痺れて、体が自分のものではないかのように億劫だ。何度も啄ばむにキスを落とされた後、その隙間を優しく開けるようにお姉様の舌が触れてくる。
時には撫でるように、時にはこじ開けるように。引いたと思って唇を触れさせれば、次の瞬間には挟むように下唇を舐られる。
そしてとうとう限界を向かえ、その口が開かれた時…
チュッ
「……ふぅ、これで思い知ったかしら?私がどれだけ貴方を愛してるか、前世とかゲームとか関係ないほどにその愛が深いかを」
「…………ふぇぇ?」
顔を離されてしまった。余韻を楽しむように唇を舐めるお姉様は、そんな淫靡な仕草とは正反対に優しげな眼差しを向けている。余裕の無い私の頭では考えることが出来なくて、ぼんやりとお姉様の言葉を聞いているしか出来ない。
「よく聞きなさい、貴方が何を考えようがもう遅いのよ。話は信じてあげるけど変なことは思わないで、嫌われたって私は離れないんだから。でもありがとう、こんなに思いつめた事を教えてくれて」
良かった、お姉様は信じてくれるらしい。これで今まで以上に用心してくれることだし、何かしらの手掛かりになれば幸いだ。
それに関係が悪くなるなんてのも杞憂だったみたいだ。お姉様はこうして変わらず愛してくれるし、過去の悲劇もぶり返したりもしてない。
でも、でもそれなら……
「…なんでキスしたんですか…?」
あんな風にキスをしたのだろう。あれは親愛のキスではない、幼い頃にしてもらった額へのキス等比べ物にならない。
どうして大人のキスなんてしたのだろうか。
「貴方が引き金を引いたのよ。ずっと隠しておくつもりだった想いを、貴方が正当化してしまったの。普通の姉妹だった私達に、前世から愛してるなんて免罪符を与えたのよ。そんな嬉しい事言われたらもう我慢できないもの。覚悟しなさい、貴方の心は私の物にするから」
「い、何時から…?」
一体何時からそんなに愛されていたのだろうか。欠片もそんな様子は見せなかったのに、周りも誰も気が付いていないはず。
「兆しで言うならきっと最初から。貴方を一目見たときから運命を感じたわ。自覚したのは……そうね、睡が鏡花を欲しがった時かもしれないわね。あの時は思わず引っ叩いてやりたくなったわ」
それって小学生の頃からって事か。少し落ち着いてきたお陰で思考が回りだし、当時のお姉様を思い出す。確かに睡ちゃんの言葉に真っ向から反対していたし、睡ちゃんが立ち直ってからは三人で過ごす時間が増えた気がする。
つまりあれは仲間に入りたいのではなく、泥棒猫を牽制していたって訳だ。よくよく考えれば謹慎になったのも私が切欠だし。兆候自体はあったのだ、鈍感な私が気が付いていなかっただけで。
思考に集中しかけた私は、急に顎に手を添えられて否が応でも意識をお姉様に向けさせられる。
「これで理解できたかしら?できたなら言った通り私を信じて、全てが終わるまで待ってなさい。貴方の情報もあるし裏で動き始めてもいるのだから、貴方は安心して見てなさい。全てが終わったら、改めて迎えにいくから…」
そういうと、お姉様は私の鎖骨辺りを強く吸う。思わず小さく声が漏れて、首に回した腕に力が篭もる。満足そうにゆっくりとお姉様が離れると、そのままベッドの奥まで誘われる。
「
断る理由は無い。私は素直にベッドに横になると、無意識にお姉様の方を向いてしまう。あのキスを境になんだか変な感覚だ。暑くてふわふわとして、自然とお姉様も見つめてしまう。
その視線に気付かれて、腕の中に迎えられる。温かくて優しい感触に、先程までの興奮は薄れて次第に瞼が落ちてくる。
「お休みなさい、お姉様」
「お休み、鏡花」
その言葉を最後に、私の意識は闇に落ちていく。
憂いが和らいだ私を包むように、深くて穏やかな暗闇の中へ。
こうして私の屋敷での最後に一日が終わる。
初めての本気のキスは、甘く溺れる様な危うさが感じられた。お姉様は私を好きだというけど、私には恋愛なんてわからない。
それでもあの口付けを思い出すと触れた唇が熱くなって、胸の奥が切なくなる。どうしたらこの気持ちに答えが出せるのだろうか、二度目の人生だと言うのに未だに初心なままだ。
答えの出ない疑問の中、お姉様に付けられた痕はその愛を知らしめるように赤く紅く染まっていた。
幻想のような夜が過ぎて、学院に戻る時が来た。
今ではすっかり見慣れた部屋に戻ってくると、少しの安心と消しきれない大きな不安が押し寄せてくる。もう数日もすれば二学期が始まる。逃げることの出来ない騒動が、確実に始まるのだ。
また夜が来て、それが開けてを繰り返して…、学院が始まる日は何とも簡単に訪れた。
制服に着替えて身支度をする私は、これからの事を考える。実はこの数日で既に事は動いていて、私自身もお姉様にいくつか今後に関して言われたことがある。
お姉様に言われたことは三つ。
一つ目「信じて首を突っ込まずに待つこと」
これはもう納得している。というより私が動いたくらいでは何も出来ないし、寧ろお姉様への疑いを強めてしまう。妹を使って火消しを企む悪女だと。
だから待つことに納得したのだ。犯人探しについてはお姉様と与羽先輩が尽力してくれるのだから。
二つ目「何があってもいつも通りに過ごすこと」
これは正直よくわかっていない。勿論私がどうこうしたって何も出来ないのはわかっているが、念を押して伝えてくる理由もよくわからない。
お姉様曰く「犯人は意外と近くにいる」かららしいのだが、それが私とどう関係するのか。でも聡明なお姉様に逆らう理由も無いし、今まで通り日々を一生懸命に過ごすとしよう。
最後に、三つ目。
「何が起きようとお姉様に近付くな」
これが一番良くわからない。というよりもこれに関しては後から追加されたものなのだ。何やら学院に戻った後に決めたことらしく、この事を伝えるのにも直接ではなく電話越しだった。
一体何を考えているのか、何を始めようと言うのか。だが私は信じて待つと決めたのだから、何があろうと言葉の通りにお姉様を遠くから見守ろう。
新たな決意、信じるという難しい意思を心に秘めて、学院の始まりを迎える。
不安は大きいし、本当に上手くいくのかと気が気ではないが、私には大切な友達と最愛のお姉様がついているのだ。だから今まで通りに楽しく能天気に生活を送ろう。
「鏡ちゃん、そろそろ行こっか。初日からギリギリだと幸先も良くないし、課題もちゃんと確認したいもんね」
既に支度を完了していた睡ちゃんに了解を伝えて私も鞄を引っつかむ。
その途中に机に飾った写真がチラリと目に入る。あの日遊びに行った時に撮った、友達との初めての集合写真。大げさだなんて赤穂は呆れていたけど、写真の中の皆は楽しそうな幸せそうな笑顔で溢れている。
私もお姉様も赤穂も睡ちゃんも、御陰さんだってキラキラした笑顔だ。
私は強く願うのだ。この写真の笑顔が何処でも、何時までも続くようにと。
睡ちゃんの隣に立ってゆっくりと歩き出す。私の思いを刻み付けるように、力強くゆっくりと。
サンドリヨン学院の日常が、再び幕を開けるのだ。
そして、学院には女王が舞い降りた。
赤い髪を艶やかに揺らしその背後に取り巻きを引きつれ、画面の向こうで何度も見た「白清水 凛后」が堂々と歩いている。
私も周りの生徒達も驚きを隠せない、だってあんな姿は見たことが無かったのだから。お姉様を敵対視してた人も擁護していた人も、関わりの無い一年生達もザワザワと困惑している。
聞こえてくる。
今までは隠していただけで本当は女王の様に傲慢なのだと。
聞こえてくる。
追い詰められた故に本性を表したのだと。
聞こえてくる。
彼女を悪く言った人達に報復をするのだと。
事件後に流れた噂も相まって、今のお姉様は完全に悪者だ。しかしそう言われるのも仕方なく見える。現にその表情は大胆不敵な笑みを浮かべているし、自分を悪く言う人間には真っ向から対立しているらしいのだから。
今も自分に対して陰口を言う生徒を見つけて、冷笑を湛えながら相対している。
「何か、文句でもあるのかしら?コソコソと陰口叩くなんて幼稚なことしないで、しっかり顔を見て言いに来たらどうなの?」
「い、いえ…何も言ってないです…」
「あら?それは私が聞き間違ったとでも言いたいの?私の耳が節穴だと?それは変ねぇ、確かに聞いたと思ったんだけど…、貴方も言っていたと思ったんだけどそれも勘違いかしら?」
お姉様は自分の目の前の生徒から目を離し、隣で震えている生徒に話しかける。同じく陰口を言っていた子だが、最初の生徒に比べて気が弱いのか既に怯えてしまっている。
怯えから言葉が出ない生徒に対して、痺れを切らしたお姉様は追い討ちを掛けた。
「今度は喋ってもくれないのかしら?悪口言うのにも飽き足らず態度でも酷い仕打ちをするなんて、よっぽど私を怒らせたいのか神経が図太いのか…。黙ったままなんて猿でも出来るのよ、それが理解できるなら何か言ったらどうなの?」
「……ご、ごめんなさいっ!」
「謝罪するって事は認めるのよね、自分が褒められないことをしたんだって。まぁ、今回は一度目だしよく理解したようだから許してあげる。でもね…」
お姉様は一息置くと、二人だけでなく周りもぐるりと見渡してから口開く。言い聞かせるように、警告するように。二人の生徒を追い詰める姿に静まっていたその場に、お姉様の言葉は痛いほどに響き渡った。
「次は無いわよ。私は舐め腐った奴には相応の報いを受けさせるから、そのつもりで口には気をつけなさいね」
射抜くように見開かれたその目はお姉様の本気がまじまじと感じられて、周囲の生徒達はごくりと息を飲む。矢面に立たされた生徒はその見下ろすような視線に耐え切れず俯いている。
「行くわよ」
「「「はい」」」
言葉一つで取り巻きと共にその場を去るが、静寂は後を引きずったまま。相対した生徒のすすり泣く声が聞こえてきたのを切欠に、固まっていた空間は少しずつ動き出していく。
怒りを見せるものもいれば、恐れを残すものもいる。その中には誰一人としてお姉様について話す生徒はいなかった。
(お姉様、何を考えているんですか…?)
このままでは本当に悪役令嬢になってしまうと心配になるが、お姉様との取り決めもあって口を出すことも直接会うことも出来ない。だがお姉様が関わるなといったのはこれが原因だろうし、事実与羽先輩は何も言ってきていない。私にはこの光景を眺めていることしか出来ないのだ。
重たい空気の中、学院は女王の登場に変化していく。
例えるならば女王の統治。あれほどお姉様に対して飛んでいた陰口は鳴りを潜め、二年生の多くはお姉様に対して口を噤むことになる。一年生の間でも話題となり、お姉様は多くの生徒に注目されることになった。
この後どうなるのか。お姉様は何を目指して女王になったのか、ヒロイン達はどんな反応を見せるのか。
今は事態が動き出したばかりで、頭の良くない私では何も予想がつかない。
激動の二学期が始まるのかもしれない。
△
午後の時間、私はサロンで紅茶を嗜んでいる。
テーブルを共にするのは今までとは違い同学年の生徒達、愛しの可愛い鏡花では無い。
私は今、深く思考の海に潜っている。理由は自身の変化の事でも姫大路の事でもない、可愛い可愛い私の天使ちゃんの事だ。何を考えているかだって?それはあの子の想像以上の貞操観念の低さだ。
いや、言い方が悪いかもしれない。ガードの弱さと言う方が正しいだろうか。鏡花は純真でありながら自分への関心が少ない。その所為で愛されていると言う感覚に乏しく、好意の種類に対して鈍感なのだ。
思い出すのは淫靡で優しく蕩けそうな思い出、鏡花の唇を奪いその初めてを私の物とした夜のこと。
彼女は確かに照れていたし、驚いてもいた。嫌がるように身を捩りながらも求めるように手を強く握って、最後には小さな舌で私を切なく求めて………っとそれは関係ないか。
ともかく乙女であれば唐突に始めてのキスを奪われれば憤慨するか、最低でも抗議はするだろう。それも今まで姉妹として信じていた相手だ、最悪信頼を失うのもわからない事ではない。
なのにあの子は寧ろ嬉しそうだった。つい先程強引に迫った相手に添い寝を誘われて、適当な言葉を信じてベッドに入ってしまった。
翌日にはケロリといつもの笑顔だったし、キスの事も恥かしそうにしても深くは考えていないようだった。
なんて危うい少女なのか。恐らく前世も関係しているとは思うが、いつか悪い女に引っかかるのではないかと不安で仕方なくなる。
甘崎の時もそうだった。たまたま私が把握していたから良いものを、忠告をしたのに二人で居る事も少なくなかった。甘崎がその気になっていたらきっと襲われていたことだろうし、私が止めに入らなければあの時もどうなっていたか…。
それに一年の巾染とやらも鏡花に恋心を持っているようだし、睡も忘れていた想いに気が付いたようだ。
非常に良くない状況だ。今の騒動が無ければ今すぐにでも鏡花を私の物にして生涯の専属メイドに迎え入れるというのに、本当に犯人とやらはムカつく相手だこと。
「…あら」
気が付けばカップの中は空になっていたようだ。周りの話等聞かずに考え事に耽りすぎたようだ。
「あ、入れましょうか?」
「結構よ。別に付き人でも無いのだから、そこまで気を使う必要はないわ」
目敏く気付いて動こうとする取り巻きの一人を手で制して、私は自分で注ぎいれる。私の世話は我が家のメイドを除けば、鏡花以外になんかされたくない。
私はすこし味の濃くなった紅茶を口にしながら、私は先程の続きとばかりに鏡花のことに意識を向ける。
ああ、愛しの妹は今頃どうしているのだろうか。きっと憎き恋敵達と楽しく過ごしているのだろうか、それともいけ好かない御陰とやらの所にいるのだろうか。
きっと私の変化を目にして、あのしょんぼりとした困り顔を浮かべているのだろう。でも仕方ないのだ、私達の幸せな未来のためには大切な事なのだから。
ありえないとは思うが幻滅されてたらどうしよう。もしもそうなったら犯人がわかった暁には、腹いせに生まれてきた事を後悔するまでそいつを苛め抜いてやろうか。
物騒な事を考えていた所為か表情が良くなかったらしい、周りの取り巻きの顔が強張っている。
「あの…何かしてしまいましたか…?」
取り巻きのリーダー格の生徒、中庭で姫大路に絡んでいた生徒が恐る恐る声を掛けてくる。
「いいえ、貴方達は何も。唯こんな馬鹿げた事態を起こした相手に、どんな報復をしてやろうかと考えていただけよ」
「そ、そうでしたの…」
自分達じゃなくて安心したような、物騒な発言に反応に困るような微妙な笑顔を浮かべる面々。リーダー格の彼女が空気をどう変えようか考えている中、凛后は再び愛しの妹に想いを馳せる。
(はぁ、鏡花に会いたい…。あのふわふわでサラサラの髪に顔を埋めて、泣くほど照れるような甘い言葉でいっぱいにしてあげたい。小さく熟した唇を味わって、心も身体も私の色に染めてやりたい。あぁ、鏡花に会いたい…)
恐怖と喜劇のお茶会は、ゆっくりと進んでいくのだった。
▽
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