第25話 楽しい予感に天使も歌う

 

 案の定お姉様の存在は学院で大きなものとなり、色んな意味で話題となっている。


 それに伴ってお姉様を悪く言う人も表向きには見なくなり、今の女王然とした姿が格好いいと新たなファン層も獲得してる。別にゲームの凛后の様に傍若無人に振舞っているわけでもないし、当然と言えば当然か。


 中には絡まれた生徒が悪くも言っているが、その大半はお姉様に悪感情を持っていて陰口を言った場面を咎められただけだ。他には諍いに乱入して両成敗したり、騒ぐ生徒達を諌めたり。

 まぁ明らかに煽っているし馬鹿にも威圧もしているが、悪いことはしていない筈。取り巻きの人達も基本後ろにいるだけで増長もしてないし、やり過ぎだと思えばブレーキになったりとしっかりとした良い人達みたいだ。


 そして危惧していた私への影響だが……一切無い。

 お姉様が妹に手を出せば許さないと発言しているからだ。いたる所で。そのお陰で変わらず快適に過ごせているし、なんなら一緒くたに恐れられているから問題ない。

 新しい友達は当分出来そうにも無いが、まぁそれは良いだろう。今の私には多くの友達がいるのだし。


 肝心の姫大路さんの反応は、不気味な程に静かなものだ。

 大立ち回りを演じた髪永井さんもあれから騒ぎを起こしていないし、今のところは姫大路さんに被害が出ているとの噂も聞かない。

 お姉様とは何かしらの接触をした筈なのだが、その結果もわからず仕舞いだ。


 そうして大きな変化とは裏腹に変わらぬ日々を過ごしている今の私に、新たな問題が降りかかっていた。

 私どころか学院全体を巻き込む大きな問題、その正体は………








「それじゃあ、出し物の提案がある人はいる?いたら手を上げてね」


 クラス委員の生徒が教壇の前に立って意見を募っている。上がる手の数は全員とは言わなくても予想よりも多くて、こういうのに不慣れな私からしたら羨ましくもなる。

 見れば睡ちゃんも出し物に意見を出していて、メイド喫茶なんて自信満々に口にしている。成る程、メイド喫茶なら私も力になれるだろうし、接客と料理の提供だけだから難しいことも無い。

 赤穂も含めた何人かも乗り気みたいだし、私も賛成側に票を入れるとしよう。


 そう、学院に降りかかる問題とは学院祭のことだ。「サン学祭」とも呼ばれるこの学院の文化祭は、地域でも有名な学院ゆえに盛大に催される…という訳でもない。

 そもそもこの学院がある場所は都会所か正直に言えば田舎の方だ。それにゲームの影響なのか男性もめったに寄り付かないし、意外と当日はのんびりとした開催になる。私もお姉様がいる中等部の学院祭に何度か顔を出したが、ゆとりを持って回る事が出来たものだ。


 生徒達にとって一番の楽しみは、二日目の閉会後にある後夜祭の方だろう。その時には大きな行事用ホールを開放して、盛大なパーティが開催されるのだ。翌日が休みということもあって、就寝時間も一時的に無効になるそのパーティはとても盛り上がるらしく、中等部時代に経験のある睡ちゃんが朝まで楽しく過ごしたと言っていた。

 昔の私ならいざ知らず、今の私には皆がいるのでとても楽しみだ。


 そんな事もあって、クラスの出し物は意外と楽なものやシンプルなものが好まれやすい。勿論全力を出して大掛かりな出し物をするクラスもあるが、記憶の中のゲームでは簡単な出し物だった筈だ。


 私が考え事をしている間に、議論も終盤に差し掛かっている。残ったのは睡ちゃん原案のメイド喫茶と、これまた文化祭では定番のお化け屋敷。


「ふむ、お化け屋敷だと私には何も出来なさそうですね…」


 言葉通り私は用なしになるだろう。勿論裏方や受付等できる事はあるにはあるが、肝心のお化けは無理と言わざる得ない。小柄だし、声もバリバリ高いままだし、怖い演技所か怖いものを見ること自体が苦手だ。お化けが怖くて引っくり返ってたら本末転倒だが、怯える受付は悪くないのかも。


「ねぇねぇ鏡ちゃん」


 自分に出来る事を考えていると、隣の席の睡ちゃんから声が掛かる。何の用だろうかと振り向いて見ると、何やら手を合わせて私に拝むみたいな姿勢だ。


「鏡ちゃんのメイド服借りられないかな?服さえ確保できればほぼ決まりなんだけど、私の家だけだと数が少なくて…」


「構いませんよ。どれだけ借りれるかはメイド長に相談しないとわかりませんけど、私の分とお古ぐらいなら簡単に持ち出せますから」


「ありがとう鏡ちゃん!今度リンゴのお菓子作ってあげるね!」


 そういうと睡ちゃんはむぎゅっと何時も通りに抱きついてくる。メイド服ぐらいお安い御用だし、もう一つの案に比べたらメイド喫茶のが私もありがたいのだ。

 ぐいぐいと押し付けられる柔らかい感触を堪能しつつも諌めていると、周りの生徒からも声を掛けられる。


「そういえば白清水さん達って本物のメイドさんなんだっけか。ちょっと憧れちゃうよね、毎日メイド服を着て働けるなんて。それに二人ならすっごく似合うんだろうなー」


「着ながら動くのは結構大変だからそんなに良いものでも無いですよ。まぁ、やりがいがあるのは確かですけどね」


「ふーん、そんなものかねー。…ていうか似合うのは否定しないんだ、意外とナルシストかなー?」


「いえいえ、仕事着が似合うのは当然ですから」


「上手い事言っちゃってー」


「そこー、ちゃんと話聞いてるの?」


 話に夢中になった為か、司会の子に注意されてしまう。私に話しかけた子は頭を叩かれ「いてっ」と軽く声をあげて、叩かれた部分を押さえながら司会の子を軽く睨んでいる。

 んべっと舌を出すその子を無視して、司会の子は私に話しかける。


「あ、白清水さんありがとうね。白清水さんのお陰で早めに決まったし、衣装まで借してくれるなんて本当に助かるよ」


「いえ、私のでよければ何着でも。私の着たものなんで、そこは我慢してもらうしかないのが申し訳ないんですけどね」


「そんなの気にする人なんかいないって。寧ろ喜んでる人のが多いんじゃない?」


「えっ?」


 彼女の言葉に釣られて周りを見渡すと、目が合った端から頷かれる。その中でも大きく頷く赤穂の姿に呆れながらも、クラスの皆が嫌がって無いのに一安心だ。その様子を満足げに見た司会の子は教壇の方に戻っていき、また会議の進行を再開する。


 いまだ頷いている赤穂を無視しながら、私はクラスのことを思い浮かべる。


 夏休み明け、赤穂との騒動もあったことから私は教室に入るのを躊躇っていた。あの時、つまりは一学期最後の日は感情が高ぶっていたから偉そうに説教してしまったし、最後に見た教室の雰囲気も良いものではなかった。

 もしかしたらクラスから爪弾きにされるかもしれないし、最悪の場合虐めの対象になる可能性だって考えられた。


 そうして渋る私を大丈夫だと睡ちゃんは励まして、それでも進めない私を強引に押し入れた。

 結果、いつも通りどころかより親しみを込めた挨拶を受け、私の考えは間違っていたと思い知らされたのだ。聞けば元々私が悪い扱いを受けていた事にも思うところがあったらしいし、あの事件には後ろめたさもあったそうだ。だから私の言葉で目が覚めたと言って気にせず接してくれたようだ。


 それに受け入れられたのは私だけではない。赤穂もしっかりとクラスと打ち解けられたみたいだった。それも特に打ち解けていたのは、あの時赤穂に嫌がらせをした彼女達。

 元々は仲が良かったのだし、グループの子達があの愚考に至ったのも私への罪悪感もあるかららしい。涙ながらに心から赤穂に謝罪して、夏休みの間には仲直りしたと言うわけだ。


 乗りの良い彼女たちのことだから、今の気安い赤穂の方が相性が良いのかもしれないと、楽しそうに笑いあう姿を見てると感じられる。


 学院祭の出し物がメイド喫茶に決まるのを見ながら、私はそんな事を考えていた。

 色々あった私の学院生活だけど、確実に良い方向に進んでいるのだ。


 会議が終わるまで睡ちゃんの胸に埋まりながら、楽しい気分のまま時間を過ごしたのだった。








 一日の楽しみである昼食の時間。

 私達はいつも通りに四人で食事を取っている。勿論お姉様は一緒では無いのだが、間違いなくその場には四人の生徒が集合している。その場には緊張等見えなくて、新たな仲間も旧知の仲なのは確かだ。


 それもその筈、新たなメンバーとは赤穂の事なのだから。


「それにしても、白雪ちゃんと一緒じゃなくて本当に良いのかい?恋の戦争はチサちゃんの勝利と言う事かな?」


「揶揄わないでくださいよ、甘崎先輩。元々恋って程のものじゃないですし、あんな姿を見せられれば邪魔するのも無粋ってもんでしょう?」


 皿の上にプチトマトを転がしながらの言葉に、赤穂は苦笑を浮かべながら食堂の奥に目を向ける。赤穂の言葉通りその方向には仲睦まじそうな姫大路さんと髪永井さんがいて、いちゃいちゃとランチを楽しんでいる。

 そう、姫大路さん達も変化はあったのだ。二人の仲が深まると言う変化が。傍から見てる限りの想像でしかないが、あれは完全に結ばれたのだろう。

 サンブレの個別ルートはエンディング以外であればある程度好きなタイミングでイベントを進める事が出来るし、エンディング前の段階で既に恋人関係になれるのだから納得の光景だ。それに二人が恋人になったからといってお姉様に何かあるとも思えないし、素直に祝福していると言うわけだ。


 しかし違和感があるのも事実。記憶の限りではヒロインはもっと受身だった筈なのに、見ている限りでは髪永井さんの方が押されているように見える。今も頬についたケチャップを指でとって口に含むという、まるでヒロインがされて赤面するような事を髪永井さんにしている。髪永井さんが照れているのなんか驚きの光景なのだが、意外な可愛らしさにこれで良いのかもなんて思ってしまう。


 こんな所でも、現実とゲームのギャップを感じられるのだ。私の関与しない所での変化と言うのは、運命を変えられる証のようで気分が良いものだ。


「確かに姫大路先輩たちってすごく仲良くなったもんね!赤穂、私達も負けてられないよね」


「そうだね。勿論、あんたにも負けないから」


 何やら力強い視線をぶつけ合う赤穂と睡ちゃん。

 変化と言えばこの二人もそうだ。休み前はお互い関わる事なんて無かったのに、開けてからはまるでライバルの様に私を挟んで接しているのを良く見るようになった。何故か私を挟んで。

 今も席は空いてると言うのに私の左右に座っているし、何かあれば張り合っている。赤穂が私に食べさせれば、睡ちゃんも何かを食べさせてくる。睡ちゃんが頬を拭いてくれれば、赤穂が米粒を取ってくれる。


 確かに嬉しいのだが、わざわざ私で張り合うのはなんなのだろうか。

 今も二人に頭を撫でられながら、微妙な表情を浮かべてしまう。


「鏡花ちゃんもモテモテだねー」


「揶揄わないでくださいよ…与羽先輩…」


 揺られ続ける私を笑う先輩に、ジト目で抗議を送ってしまう。その様子が更に面白いのか堪え切れないように口元を押さえる姿に、一層表情がムスッとしてしまう。

 自分がモテるからって失礼な事だ。それに二人だって私に懸想してるなんて勘違い、いい気がしないだろう。今はお互いに意識がいってるから聞こえてないようだが、そうじゃなかったら喧嘩になってるかもしれないのに。


 一頻り笑った先輩はゴメンと口にしながら目尻を拭い、落ち着いた頃を見計らって口を開いた。


「はー、笑った笑った。ホント、一時はどうなるかと思ったけど案外普通で安心したよ。凛后ちゃんがあんな様子だし、落ち込んでるんじゃないかと心配したけど大丈夫みたいだね」


「まぁ、確かにショックは受けましたけど、事前に何かあるとは予測できましたから。それでも詳しくは聞いてないんですけど、与羽先輩は事情を知ってるんですか?」


「いーや、僕も何一つ聞いてないよ。一応静観してろとだけは連絡を受けてるけど、どういう意図かはさっぱりわかんない」


 お手上げとばかりに肩を竦める先輩に、やはりかという落胆を覚えてしまう。一番近くで見ている先輩でも何も知らないとなると、お姉様は徹底して今の状況を作り上げているのだろう。

 やはりお姉様の言うとおり何もしないのが正解のようだ。


 気付けば横の二人も撫でるのをやめて、真剣に話を聞いている。手は未だに頭の上だが。


「白清水先輩も凄い精神力してますよね。今すぐにでもここに来たい筈なのに、そんな素振り一つも見せませんし。家での様子を見た感じ、鏡花から離れるのは無理って人なのに」


 何故か私の名前が出ている。お姉様の話になんの関係があるのだろうか、そもそも何を話そうと言うのか。


「凛后お嬢様は鏡ちゃんの為なら何でもできる人だからね。今だって鏡ちゃんを守りたいから恐い振りをしてる訳だし」


「!?…皆さん気が付いてたんですか?」


 驚きだ。お姉様が私のためにこんな事をしているのが、皆にはわかっているのか。でも私は事情を話していないし、赤穂や睡ちゃんがお姉様にそこまで話されているとは思えない。一体何をもってその答えに辿り着いたのだろうか。


「凛后ちゃんが鏡花ちゃんのために動いてるなんて、仲の良い人なら簡単にわかるんじゃない?まぁ、なんで今更になって本格的に動いてるのかはわからないけど、鏡花ちゃんはその辺知ってる?」


「行動に移した理由…ですか?」


 その疑問に赤穂も同意するように頷いているし、睡ちゃんも表には出さずとも同じ気持ちのようだ。

 皆の疑問も最もだと思うし、それを知る権利もあると思う。なんだかんだ解決に協力してくれているし、お姉様もこの面子なら信頼してるだろうから。


 そして理由を考えてみて……私の顔はリンゴの様に真っ赤に染まった。


「ちょっ!?急にどうしたのさ!?」


「鏡ちゃんすごく真っ赤だよ!?具合でも悪いの!?」


 あわあわとうろたえる二人を余所に、私の意識は急速に熱を持って暴走しだす。蘇るのは蕩ける口付け、私が触れた初めての恋慕の感触だ。あの焼け付くような瞳が思い起こされ、もう消えた筈の鎖骨の後が酷く暑くて汗ばんでしまう。

 やばい、流石にこの事は言えない。言えばお姉様の威厳が危うくなるし、そもそも恥かしくて言える訳が無い。

 よし黙っていよう。回らない頭ではそうすることしか出来そうにない。


 硬く口を結ぶように唇を噛み締めると、赤穂と睡ちゃんは驚いたように硬直する。

 その事にも気付かずに只管押し黙り机を睨んでいる私に、与羽先輩も驚いたように言葉を漏らす。


「凛后ちゃん……とうとう手を出してしまったのか…」


 与羽先輩の言葉に赤穂達は更に目と口を開いて私を見つめてくる。勿論私は沈黙を貫いたが、今の状況では悪手でしかない。沈黙は認めていると同義になり、二人は悔しそうに反応を示した。


「くそぉ!姉妹なら手を出さないと思ってたのに!油断してた所為でこんな事になるなんて…!」


 赤穂は自分が情けないとでも言わんばかりに、顔を手で押さえて仰いでいる。何がそこまでショックなのかは今の鏡花には把握できないが、尋常じゃないのだけは伝わった。


「やっと気付いたのにあんまりだよぉ…。スタートする前から勝負がついてるなんて、やっぱり子供の時に伝えていればよかったなぁ…」


 対照的に睡ちゃんは悲しそうに顔を伏せている。何が伝えたかったのか分かるほど頭が回っていないが、その悲しみの深さは痛いほど伝わる。


 大げさにリアクションをする二人と、子犬の様に瞳を潤ませながら微動だにしない鏡花。一人平気そうな与羽は何かを思いつくと、頬杖を突きながらそれはもうニコニコと質問を投げかける。


「でさ、二人は何処までしたの?」


 瞬間固まる三人。両脇の二人は顔を手で隠すのをやめずに、その隙間から鏡花を凝視している。想い人の自分以外の情事など聞きたくないが、それはそれとして鏡花の口から放たれる言葉には興味がある。

 二人とは正反対に徐々に震えだす鏡花は混乱を大きくしていた。与羽の言葉であの感触がぶり返してきて、正常な判断がつかなくなっていく。


 そして限界を迎えた時、ぼそりと一言漏れ出した。


「……キスしました………///」


 静まる空間、高まる鼓動。与羽の返答は、至極軽いものだった。


「なーんだキスだけか。それぐらいで照れるなんて鏡花ちゃんは可愛いなー。んじゃ今度僕ともする?」



「「絶対にダメ(です)っ!!!」」



 与羽の冗談は、鏡花を愛する二人に全力で拒絶された。

 二人は与羽先輩に食い掛かりつつも、キスぐらいならまだ挽回できるのではと考えていた。


 ちなみに私は、そういえば目の前の人物は軽い気持ちでキスしてた事を思い出し、そんなに恥かしがる事でもないのかもと急速に落ち着きを取り戻していた。

 自分の周りを愛が渦巻いている等いざ知らず、のんびりと御茶を口にするのだった。



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