第21話 この度、ご招待しまして!
人生初の大喧嘩の後、転んで保健室にいたと誤魔化した私達は特にお咎めも無く教室に戻った。
クラスの雰囲気は朝と変わらず少しの重さを残していたが、流石に突っかかってくる子はいないようで。赤穂への悪戯を犯してしまった生徒達も謝っていたし、私と赤穂も心から皆に頭を下げた。
クラスを巻き込んだ二人の喧嘩騒ぎは一先ずの終焉を迎えて、私達は少しずつ元の平穏に近付いていくのだ。
ちなみに、赤穂は前みたいに猫を被るのをやめるらしい。
何かあれば私にも責任をとって貰うと笑い、実際にクラスの皆に素を見せて最後の一日を過ごしていた。多くのクラスメイトは困惑してたり猫かぶりだと良い顔をしていなかったが、誰にでも好かれるなんて聖人でも困難な事。それでも数人は受け入れてくれたのだから、彼女の今後も明るいだろう。
赤穂が真に認められていく光景は、キラキラと輝いていて私の心も嬉しくさせてくれる。
こうして見るとやっぱり優等生染みた作り物の笑顔よりも、快活に笑う姿の方が赤穂には良く似合っている。怒りっぽくて、皮肉屋で、寂しがりやな可愛い赤穂がやっと皆に顔を見せるのだ。今思えばあの姿を独り占めしていたなんて贅沢なことだった。
そんな風にゆっくりと、それでも確実に私達は良い方向に向かいながら夏休みを迎えたのだ。
△
夏休みもいくらか過ぎたある日の昼過ぎ、澄み渡る青空の下に一人の少女が車から降りてくる。
目の前には遠目からでもわかる大きく立派なお屋敷が鎮座しており、茹だるような日差しの強さもその存在感の前では思わず忘れてしまう。
見るからに高級な車から降りてきたボーイッシュな格好の少女は、圧倒されたように呟いた。
「メイドとか言ってたのは覚えてるけど、これはでか過ぎ…」
辺りを見渡せば綺麗な百合が咲き誇る庭園が見え、それを弄る庭師の姿。掃除をするメイドの姿もちらほらと見え、まるで別の時代に紛れ込んだように錯覚してしまう。
友達の家に来ただけなのに、とんでもない所に来てしまったのかもしれない。
「赤穂!来てくれたんですね!」
ふと気が付けば仰々しい屋敷の正面玄関から、愛しのあの子が近付いてくる。優しくて可愛らしい、天使のようなあの子が。その背後にはあの性悪(多分)な赤髪の女王もいて、まるで自分の屋敷が誇らしいとでも言うように不敵な笑みを湛えている。
「おっと!」
クラシカルなメイド服が翻るのも気にせずに急に走り出し、私の元に抱きつきに来る。学院では見られないその非日常的ながら良く馴染んだ服装は、彼女がまさしくメイドなのだと知らしめている。
成る程、やけに彼女の掃除が手際良かったり綺麗だったのはこれが原因か。料理も得意だと言っていたし、天使なメイドなんて呼び名も伊達ではないのだろう。
「いらっしゃい赤穂、ようこそ私のお屋敷に!」
抱きつくと同時に喜びが弾けるように笑顔を浮かべて、私の身体に腕を伸ばす。普段は物静かで一人で居るときなんか良く出来た人形のように佇んでいるくせに、誰かと接する時は何とも嬉しそうに表情を変えるのだ。
一見すればその整い過ぎた見て目から不気味にも見えるものだが、一度触れ合えばこの笑顔にやられて誰もが好きにならずには居られない。天使と呼ばれながらも、その呼び名と正反対な魔性の少女なのだ。
きっと彼女は気が付いてないだろうが、学院の三大人気とも言われるほどに慕われているのだから。
「うん、お邪魔します。今日は誘ってくれてありがとう、久しぶりに会えてあたしも嬉しいよ」
勢い良く抱きつく鏡花を抱きとめ、その青空を閉じ込めたような瞳を覗き込んで言葉を返す。気を抜けば見惚れてしまいそうになる心を強く持って、屋敷の中へと二人で向かう。こんな所でうっかり愛でも囁けば、不審な人物と周りに思われてしまう。
邪な考えは一先ず心に仕舞い込み、純粋な気持ちで今日を楽しもうと屋敷へと足を踏み入れた。
広大なお庭に異国情緒溢れるお屋敷、白清水のお屋敷に巾染 赤穂は招待されていた。暑さが日に日に増す中、そんな事は関係無いとばかりに少女達は賑やかに来訪を喜ぶ。
今は学院でのいざこざ等忘れて、純粋に一夏を楽しもうと。
なんてことのない夏休みのとある日、彼女達の穏やかで騒がしい時間が幕を開ける。
▽
赤穂がお屋敷にやって来た!
テンションは最高潮に上がって、その姿を見た瞬間に思わず抱きついてしまった程だ。いつもとは違ったボーイッシュな赤穂の服装は可愛らしさを更に際立たせていて、自分の貧相な仕事着が少し恥ずかしくなった。赤穂が屋敷に居る三日間はお休みを貰っているのだから、こんな事ならちゃんと私服を着ておくんだった。
まぁでも、赤穂自身は珍しさもあってかメイド服を気に入ってたみたいだし、取りあえずは結果オーライとしておこう。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
なんて真面目ぶって言ってやれば、恥ずかしそうに顔を隠してたのも記憶に新しい。どうせなら滞在中に本人に着せるのもありかも知れない。きっとツンデレメイドが誕生することだろう。
そもそも私が何故こんなにテンションを上げているか、それは偏に初めて友達を家に招いたからだ。
ご存知の通り私は人付き合いが苦手だから、友達が殆どいない。学院に入ってからは少しは交友関係が広がったとは言え、依然として親しい人物は少ないままだしその内の二人は身内みたいなものだ。
中学までは睡ちゃんが唯一の友達とも言えたし、その彼女は元々メイド仲間なのだから招くも何も無い。つまりは、白清水関係なくこの屋敷に来たのは赤穂が始めての人物なのだ。
だから嬉しくてたまらない。今も使用人がすれ違えば毎回長々と紹介して、私にも友達が出来たのだと自慢をしながら屋敷の中を歩いていく。相手の反応は赤穂の来訪を歓迎したり、私の様子に呆れ混じりだったりで様々だけど、後ろからついて来ているお姉様は完全に呆れている。
最初の笑顔は何処へやら、いまではジト目で苦笑い。赤穂も若干うんざりしつつもその顔は笑顔だというのに、お姉様は軟弱な事だ。
まぁ、私自身はそれに気付かずにいるのだけど。
そうして予想よりも随分時間を掛けながら歩く事十数分、荷物を置いた私達三人はティータイムでおなじみの居間へと辿り着くのだった。
「じゃあ後は二人でゆっくり楽しみなさいね。またお茶の時間に会いましょう。巾染さんも寛いで頂戴ね」
軽い紹介をお姉様とメイド長に済ませた後、私達二人はのんびりと紅茶を楽しんでいる。
お姉様は遠慮したのか少し気まずいのか、用事も無いのに席を外してしまう。姫大路さんの事もあるから仕方ないのかもしれないが、大切な人達には仲良くして欲しいから少し心が沈む。
赤穂もお姉様が何かを耳打ちしてから顔を赤らめているし、何を吹き込まれたのか。
「な、なんで気付いてんのよあの人…。そんなにわかり易いかな、でも女子同士なら普通の距離感だと思うのに……」
何やら赤穂がぶつぶつと言っている。もしかしたらホントに悪役令嬢みたいな事を…?
「赤穂、お姉様に何言われたんですか?もしかして姫大路さんの事…?」
「んえっ!?いや、違う違うなんでもない!普通によろしくって言われただけだよ、うん」
心配から顔を近づけて覗き込むと、焦ったように何とも無いというがそれが一層気になる。
「ていうかさ、なんでメイド服な訳?折角自分の家に居るのにそんなかっちりした服だと大変じゃない?」
まるで話題を逸らすみたいに赤穂は口を開くが、その策は実際有効だ。自身でもこのメイド服には思うところがあるし、私の屋敷での全てが詰まってるこの服の話題は食いついてしまうのも無理は無い。
このメイド服が私の原点だとも言えるのだから。
「あっ、これはですね!元々屋敷では常に着てた様なものなので、お休みの今日もつい着てしまって…。屋敷の皆も見慣れてますから指摘する人もいませんでした」
「鏡花ってメイドなんだっけか。でもこの家の家族なのになんでメイドなんかしてる訳?シンデレラみたいに虐められてるって感じでもないし」
「それは、まぁ長い話になるんですけどね……」
私のこれまでの経緯、屋敷で経験した事を赤穂に説明する。お母様の事、自分に出来る事を探してメイドを目指した事、睡ちゃんとの出会い、学院に落ちたことまで話せることは殆どだ。
勿論前世の事やゲームの事は言えないから、適当に誤魔化すことにはなるけれどそれでも私を形成した要素は伝わった筈だ。
赤穂はその間口を挟むことも無く、真剣に聞いてくれた。相槌だったり手を握ってくれたり、私が最も辛かったお母様の話題の時にはまるで自分の事の様に悲しんで、優しく慰めてくれた。それでも決して止めたりしない、私が話したいという思いを尊重してくれた。
ああ、やっぱり赤穂は私を理解しようとしてくれる。赤穂は自分を理解してくれる私を好ましいというけれど、それはお互い様だ。私だって赤穂が好きなのだから。
あ、勿論恋愛とかそういうのでは無いと思うけど。
「鏡花も苦労したんだ…。でもさ、そうすると学校に入る前からメイドだった訳でしょ?友達と遊ぶ時間とかどうしてたの?」
表情が固まる。
「えっ、何その顔?…もしかして、友達いなかった訳?だからさっきもあんなに楽しそうに…」
先程とは違った同情の視線が私に突き刺さる。だがその視線は納得しがたい、赤穂だって昔から嘘をついていたからちゃんとした友達は少ない筈だ。
そうだ、あの日涙ながらに言っていたのだから間違いないはず。それなのに可哀想な目で見てくるのは違うだろう。
「それを言うなら赤穂だって友達はいない筈でしょう?同じボッチ仲間なのに何故そんな目で見るんですか!?」
「いや、誰かと遊んだり招いたりは経験あるから。あんたはそれも無かった訳でしょ、なんか寂しい青春だなって…」
「別に寂しくなかったですし!一人なのはワザとでしたし!もう友達出来ましたし!学校でも遊んでますし!何より、こうして大好きな友達を招いたんだから、もう寂しい青春じゃありませんしっ!!!」
確かに中学までの私はプロボッチだったのも事実だし、寂しい青春だったのも否定出来ない。みんなが遊びや部活で日々を楽しむ中、メイド仕事に精を出していたのだから仕方ないだろう。
だが私だって何も好きでボッチだったのでは無い、自分から近付かなかったり遊びを断ってただけだ。
だから私は悪くないのだ。
それが悪い?…だって接し方がわからなかったし男の人は苦手だし、学院にいるお姉様が心配で当時は余裕が無かったのだ。そもそも入学して一年くらいは試験に落ちたショックでまともに立ち直れなかったのだから。
…うん、私が百%悪い気がする。
過去の自分の愚考と情けなさに辟易していると、そういえば赤穂が静かな事に気が付く。
もしかして気分を害してしまったのだろうか?赤穂は同情して言ってくれたのに、私は恥ずかしいという理由でそれを否定してしまった。自分が情けない、人の善意を踏みにじるなんて…。
恐る恐る赤穂の顔を覗き込めば、呆れた顔で此方を見ている。
やはり怒ってるのだろうか…?
「お、怒ってます、赤穂?ごめんなさい、馬鹿にして言った訳じゃないのにあんな風に反論して…」
「…いや、あたしも言い方悪かったし実際少し馬鹿にしたけどさ。でも反論ついでに大好きとか言われても対応に困るというか、誘ってんの?」
「えっ!!??」
確かに勢いに任せて大好きとか言ったけど、誘ってるってどういう事!?ていうか、あの日から赤穂は箍が外れたみたいに直球の言葉を口にしてくる。大好きとか愛してるとか、まるで口説くみたいに言葉をぶつけてくる。揶揄っているのか本気なのかはわからないけど、反応に困るというか。
今も突然の発言に赤くなる私をニヤニヤと見つめている。流石に私の家なら自重すると思ったのに、誰かに聞かれたらなんと言うつもりなのだ。
「本気だって言うに決まってるでしょ」
「心の中を読まないで下さいよ!」
「だってわかり易いんだもん。そんなとこが愛しいんだけど、ねぇ鏡花」
そう言って悪びれる様子の無い赤穂は、頬杖を突いて私の唇をチョンッと触れる。悪戯に成功したみたいに微笑みながら、その目は何処までも優しそうに。
軽薄な態度に不機嫌な振りをしながらも嬉しさから口元が緩みそうになる。きっと赤穂は悲しい思い出に落ち込みそうになる私を励ますために、憎まれ役になってくれたのだ。本当、不器用で可愛らしい女の子だこって。
誤魔化すように口に含んだ紅茶は、ぬるさもあってか思ったよりも甘く感じた。
時間が少し過ぎて午後のティータイム、今日のお菓子は赤穂のお土産のガトーインビジブルだ。
一見普通なこのケーキは、中には林檎がぎっしりと入っている。この隠された林檎がなんだか贅沢に思えて、気分も楽しいお菓子なのだ。
このお屋敷には様々な性格の人がいるが、偶然にも全員林檎が大好きという奇跡のような好みの一致具合だ。
その所為か「白清水に好かれたければ林檎を持て」なんて言われるほど。実際に贈り物や使用人達のお土産等も殆どが林檎関連の物だし、当然文句なんか一つも出ない。
だからこのお土産には皆で大絶賛。早速こうして食べてみようと相成ったわけ。
見た目は意外とシンプルなものだが、フォークを入れれば忽ちケーキとは違った感触が手に伝わってくる。しっかり底までフォークを進めて断面を見れば、何とも綺麗な林檎の断面が顔を覗かせる。
まるでミルフィーユのようなそれを口いっぱいに含めば、滑らかの口解けと林檎の爽やかさが広がって、表情が蕩けていくのを抑えられない。
こんな美味しくて綺麗なケーキがあるなんて知らなかった。レシピを調べて今度作ろう。
「おいしい……あまあま…しゃりふわ…」
「鏡花って何でも美味しそうに食べるよね。買った側としては喜んでもらえて嬉しいけどさ」
「そうでしょう?鏡花は何しても可愛くてね、特にお菓子を作る時と食べてる時は格別に愛らしいのよ。あんなポワポワした表情、本当は独り占めしたいくらいなんだから」
あまりの夢心地に言葉が漏れる私を、子供か小動物でも見るように微笑ましく見ている二人。そうは言ってもお姉様も赤穂もお菓子に虜なのは同じで、二人の皿は既にもう空だ。暖かい視線に晒されるのに恥ずかしくなった私は、お菓子でふわりと浮かれる気持ちを紅茶と共に流し込み、佇まいを直す。
「そんな風に見られたら恥ずかしいですよ。それで、姫大路さん達はどんな様子ですか?」
そう、なにものんびり御茶をする為だけに赤穂を呼んだわけではない。いや、八割、九割くらいはのんびり過ごすために招いたのは確かだが、それ以外にも重要な用事がある。
当初予定していた姫大路さん達との架け橋になってもらう事だ。
結局お姉様と姫大路さん、並びに髪永井さんの仲は最悪な状態で夏休みに突入してしまった。その確執は私と赤穂がどれだけ仲良くなろうと解決するものではない。どうにかするには犯人を見つけ出すか、二人とお姉様が和解するしかないが、現状では不可能とも言える。
そこで登場するのが赤穂だ。
赤穂は二人と付き合いがあるし、私の知り合いで唯一姫大路さんの連絡先を知っている。私とお姉様の様子から犯人はお姉様では無いと完全では無くとも疑ってくれているから、最も公平に状況を見れるとも言えるだろう。
その彼女が今回屋敷に来る事を了承してくれた。つまりは協力してくれると示してくれたのだ。
「ん、被害は凛后先輩が謹慎になってからは納まったから安定はしてたけど、チサ先輩が心配みたいだったよ。起きた事にショックらしかったけど別に怒ってはいなかったし」
「やっぱり姫大路は私が犯人だって疑ってたかしら?」
「いえ、寧ろチサ先輩を止めてたくらいですし、凛后先輩ならもっと直接的にやる筈って言ってましたよ。まぁチサ先輩は完全に犯人扱いしてるらしいですけど…。けど、その…」
成る程、確かにあの取っ組み合いの時も止めようとはすれどお姉様に敵意を向けてはいなかった。それに困っていたのも髪永井さんが暴走したからだろうし、あの状況が本位ではなかったのは真実だろう。
その後に流れた噂もお姉様が髪永井さんと揉めて謹慎になったとしか聞いてないし、虐めの疑いは姫大路さん自身は口にしなかったのだと思う。やはりヒロイン、聡明なのは現実でも同じみたいだ。
その話の後に、赤穂が言いづらそうに私の方を見る。何故今の話で私を気にするのだろう、何かしてしまったのだろうか。私と姫大路さんには殆ど関わり合いが無いし、騒ぎの時も話すらしていない。まさか赤穂と仲がいいのを妬んでるとも思えないし、どういう視線なのか。
私とお姉様を交互に見た赤穂は、少しの間を置いて重い口を開いた。
「…鏡花、腕に傷があるでしょ?」
「…?あ、この火傷ですか?」
その唐突な言葉に呆けた私は、心当たりに気付き袖を捲くる。この傷に関しては既に知ってる筈だし今更話に出すのも変だ。
「それ、白雪先輩に見られたみたいでね、あんたが虐待されたんじゃないかって考えてるんだよ」
「……はぁ?なんでそんな突拍子の無い事を?腕の傷を見ただけで虐待なんて……あっ!!」
思い出すのは始めてあった中庭でも出来事。あの時ヒロインは家族のことで悩んでるのを見抜いた。でもそれはお姉様の未来に悩んでただけだし、お母様を失った悲しみもあったからだ。
それがどうして虐待なんて結論に繋がるのか…。
「鏡花、心当たりがあるのかしら?貴方が虐待されてるなんてありえないけど、もしかして知らないうちに苦しめてたの?」
「違いますお姉様!多分姫大路さんは私がお母様の事で悲しんでいたのを変な風に捕らえたんだと思います。なんだか私の心が読めるみたいに言ってましたし」
「そう、それなら安心だけど…。でもそう考えると、姫大路が私を警戒してたのも鏡花が原因なのかもね。仲がいいのも偏って見てみれば束縛に見えるものだし」
取り乱しかけたお姉様に大丈夫だと声をかけ落ち着かせる。私もそうだがお姉様だってお母様を失った傷は大きい。守るべき家族が苦しんでるというのは耐えられないのだろう。私がお姉様の破滅を避けたいと思うように、お姉様も私を守りたいと思ってくれてるのだろう。
喜んではいけない状況だが、正直嬉しい。
「あたしの時もそうだったけど、白雪先輩って変に鋭いんだよね。多分傷を見たのと家族の悩みってのがあの大変な時に結びついちゃったから勘違いしてんだと思うよ。凛后先輩が酷い事してるなんて思えないし、してたら人を信じれなくなる」
「あぁ確かに。あの時は異様な雰囲気でしたしね。お姉様が馬乗りになるなんて今でも信じられない光景です」
あの時のお姉様の姿は忘れることなんて出来ない。私の為の怒ったお姉様の形相はそれはもう凄かったし、ゲームの凛后でもあんな表情はしなかった。普段優しい人ほどを怒らせると怖いとは真実なのだと、あの瞬間確信したものだ。
「もう、自分でも反省してるんだから蒸し返すのは止めて頂戴」
恥ずかしそうにカップを口元に持っていき一口紅茶を含むお姉様、それに釣られるように私達も口を湿らせて一息つく。話が逸れてしまったが、これで現状はわかった。
今の状況はそこまで悪くは無いが、それでも姫大路さんの勘違いを正すのは必須だ。お姉様の疑いを晴らすには彼女の協力が必要だし、犯人探しにも確執があるのは不都合だ。
今後どうしようかと悩んでいると、いつの間にかお姉様が此方を見つめている。何の用だろうかと首を傾げると申しわけ無さそうに眉を下げて口を開く
「ねえ、お願いがあるんだけどいいかしら?」
お願い?なんだろうか。
「はい、構いませんよ」
「昨日のビスケットがまだ残ってたでしょう?さっきのお菓子だけだと物足りないから持ってきてもらってもいい?」
「勿論、私も食べたいですからすぐに行って来ますよ」
私は悪いわねなんて言うお姉様に笑顔で返しながら、厨房へと向かっていく。実は今日のティータイムのために昨日ビスケットを多く作ったのだが、赤穂のお土産のお陰で出しそびれてしまったのだ。
出す機会があってよかった、意外と使用人達に人気のこれは気が付くとすぐに無くなってしまう。三人では食べきれないほどのビスケットとたっぷりのアップルシナモンジャムを用意して、早足で厨房を後にする。すれ違うメイドの物欲しそうな視線を無視したのは、ここだけの秘密だ。
居間に戻ればそこにいたのは赤穂一人。理由は不明だがお姉様は席を外したようで、一人で紅茶を啜ってるのが見える。
「ビスケットを持ってきましたよ。あと、啜るのはあんまり良くないですよ」
「え、そうなの?それはいい事聞いた」
そういうなり静かに飲むようになる赤穂。なんだかお上品ぶって見えて、啜ってるほうが似合って見えるのは私の目がおかしいからだろうか。
「はい、お好みでジャムをつけて食べてください。そういえばお姉様は何処に行ったんですか?」
「うん、お手洗いだって鏡花が来る少し前に出てったよ。……ってこれ美味しいね、ジャムのお陰で何枚でも食べられそう」
サクサクとビスケットを咀嚼する赤穂を眺めながら、私もビスケットを一口。軽やかな香ばしさに楽しげな気分になりながら、次はジャムをつけてもう一口。濃厚な甘さが舌の上でゆっくりと溶け出し、解けたビスケットと混ざり合って豊かなハーモニーを奏でてくれる。
そうやって堪能してるとまた赤穂に笑われてしまい、お返しに赤穂の手のビスケットをぱくりと食べてやった。
食べさせあったり笑いあったりしながら和やかに過ごす時間は、いつもの屋敷なのに赤穂のお陰で新鮮だ。
結局お姉様は数十分後に戻ってきた。大きい方だったのかと邪推するのは、私の前世が男だからだろうか。
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