お姉様は悪役令嬢っ? ~破滅を阻止したかっただけなのに、気付けば愛され過ぎてました〜
晶しの
物語のプロローグ
第1話 プロローグ
事実は小説より奇なり。
昔の私に「貴方は将来メイドになって、大きな屋敷で暮らすんだよ」なんて言っても信じられないだろう。
でも、それが私の、夢のような現実。
夜明けと一緒に目を覚まして、クラシカルなメイド服に着替えたならば、私の一日が始まっていく。
屋敷中のカーテンを開いて回る。
陽光を取り込んで輝きだす屋敷の中は、どこか幻想的な風景へと変貌して行く。端から端まで開いて回り、慣れた仕事はすぐに終わりが見えてくる。
最後のカーテンを開く時にふと換気の為にと思い立って窓を開ければ、想像よりも冷たい風が銀色の髪をふわりと揺らす。
「はぁ……寒くなってきましたね……」
開いた窓からは、冷たい冬の風が顔を出してきているようだ。
少し白くなる息で手元を暖めながら窓の外に身体を乗り出すと、広がる景色の中の草木も色を失いつつある。寂しげなその光景に、確かな冬の到来を感じてしまう。
ぼんやりと、けれど感慨深く窓の外を眺めると、視界の端に何かが映った。
背の高いメイドが外で仕事をしているようだ。彼女は私に気付くと顔を上げて、静かな笑顔で手を振ってくれる。
おはよう、そんな気持ちを込めて振り替えせば、大きな音が外に響いた。
「くしゅんっ!」
気づけば思いのほか冷えてしまっていたらしい。
体が寒さにぶるりと震えるも、顔は熱をもって赤くなってしまう。メイドもおかしそうに笑っていて、照れくさくなった私はもう一度手を振ってその場を後にする。
朝の仕事はまだ終わりじゃない。
大事な私だけの仕事が、まだ残っているのだ。
ガチャリと重たげな音を立てながら、静かに扉を開いて寝室の中に。
ベッドを覗き込めば、愛しい彼女はまだ夢の中みたいだ。
鮮やかな赤がベッドの上に広がって、それはどこか広がる血の様にも、或いは燃えているかのようにも見える。
彼女の頬に口付けを一つ、髪を払って優しく撫でながら声をかける。
「起きてください、朝ですよ」
ゆっくりと開かれる菫の瞳が、徐々に私を捉えていく。
上半身を起こすとするり腕が伸びてきて、私は簡単にベッドの上へ。二人の髪が朝日を浴びて反射すると、途端にきらめきに包まれる。
見惚れる様に顔を合わせて、赤の少女は口を開いた。
「おはよう、鏡花」
蕩けるような甘い声で名前を呼ばれると、私はどうにも嬉しくなる。
応えるように縋るように、彼女の身体に寄りかかって言葉を返す。大好きの気持ちを沢山込めて、幸福な日々を始めよう。
「おはようございます、お姉様」
どちらとも無く一つ一つ指を絡めて、ゆっくりと手を繋いでゆく。引かれるように距離が近付いて、潤んだ瞳には菫色の宝石が優しく映りこむ。
求めるように目を閉じた銀色の少女を、赤の少女はかぶさる様に影を重ねた。
重なる二人のシルエットを、朝日だけが見守っている。
これが、私の平穏な日常。
御伽噺みたいに甘く美しい、幸福ないつかの風景。
どうやってこんな幸福を手に入れたかは、彼女との出会いまで遡らなければならない。
赤ん坊の頃でも、母のお腹の中でもない。それは前世なんて荒唐無稽な話。
運命の出会いの始まりは、不幸な青年が終わりを迎えた時の出来事だ。
△
「サンドリヨンの祝福」というゲームを知っているだろうか?
通称「サンブレ」。
グリム童話がモチーフのこの百合ゲーは美しいグラフィックと癖のあるキャラクター達が織りなすほろ苦いストーリーから高い人気を集めていた。
前世の私はこのゲームの大ファンだった。
男性不信気味だった私にとって、女性だけで構成される世界観はとても気に入っていたし、登場人物達の良い面も悪い面も含めてお互いを認め合う姿に憧れを抱いた。
愛しの悪役令嬢を想いながら、孤独で満ち足りた日々を送っていた。不幸な生い立ちを忘れるように、ゲームにのめり込んで暮らしていた。
けれど私の人生は、通り魔に刺されあっけなく終わりを迎える。
街頭の無い路地裏で雨の中に横たわりながら、誰の目にも留まらずに孤独な最後を迎えた。
失血で意識を失う直前に感じたのは、泣きたくなるほどの寒さだった。
こうして私は前世を終えた。何も為せず、誰にも愛されぬまま。
しかし、前世の終わりは、私と彼女の運命の始まりだった。
▽
寒さと寂しさに包まれた暗闇。それが私が覚えている最初の記憶だ。
無というものを形にしたような空間に、魂だけが漂っている感覚。思考も意識もぼんやりとする中で只管に漂い続ける。孤独な温もりに包まれて、永遠に続くような時間を過ごす。
不意に、身体を引かれるような感覚がして、暗闇が薄れていくみたいに暖かさが身体を撫でる。
誰かが私に触れているような、そんな気がするけれど何処までも意識は曖昧なまま。
気付けば、風を感じている。気付けば、光を感じている。
暖かく心地よい場所にいるような感覚の果てに、誰かの言葉が聞こえた気がした。
それは……何かを呼ぶような……。
とん、と誰かに押された瞬間、何かをくぐった感覚がした。
気が付くと確かな暖かさを感じていた。
漂う感覚は消えて自分の体があるのを感じる。どこかに横たわって、眠っているようだ。けれど自分がどうなったのか、誰なのかすら曖昧で、起き上がるどころか目覚めることすら億劫だ。
まるで靄がかかった様に何もわからない。暗闇の中を延々と漂っていた感覚だけが記憶に残っていて、その時は感じなかった不安と恐怖が唐突に湧き出してくる。その感情は段々と大きさを増し、心に纏わりついて離れない。
恐くて恐くて仕方が無い。
こんな暗闇は嫌だ、何でもいいから助けてくれと思った時、変化が起きた。
誰かの感覚が伝わってきて、恐怖が霞のように消えていく。意識も鮮明になってきて、記憶と意識が曖昧なのは変わらないが心は少し穏やかになる。
このまま眠ってしまおうかと思うほどの安らぎ。けれど、その微睡みを一つの音が遮った。
「ちっちゃくて可愛い……」
直ぐ横でなんだか嬉しそうな幼い声が聞こえて、思わず目を覚ます。開いた視界はひどくぼんやりしていて、誰かが近くにいる事しかわからない。
これは夢?何故だか現実味の無い光景に思えてしまう。
「ええ、本当に。あなたの妹はまるで天使のようでしょう?」
「うん……。この娘が私の妹に……」
ふと気付けば右手が握られていたようだ。暖かくて優しくて、なんだか心が安らぐ。
そこに小さな手が重なり、不思議な感覚に相手を探してしまう。
視界が開けて、目が合った。この世のものとは思えないほど綺麗な女の子だ。
鮮やかな赤い髪が珍しくて、思わず見つめてしまう。
菫色のつり上がった目が優しそうに細められ、釣られて私も嬉しくなってしまう。
「お母様!この娘笑ってる!」
「ええ、お姉さんに会えて嬉しいのでしょうね。ほら、ちゃんと自己紹介してあげなさい」
「うん、わかった!」
嬉しそうなその娘は改めて私の両手を握り、鼻の頭がぶつかるほどの距離で口を開いた。
「私は
言い終わると同時におでこへのキス。
照れ臭そうに離れていく彼女が愛しく感じて、幸せな気持ちが溢れてくる。
なんて幸福な夢なんだろうか?
もう一度目を瞑ると覚めてしまうのだろうか?
名残惜しさから手を離さない自分に、再び微睡みの波が押し寄せる。
二人の優しい視線を感じながら、意識は深く沈んでいった。
最後に聞こえた言葉は、確か……
「この娘の魂に祝福が訪れますように」
再度包まれる暗闇は、もう寒さを感じさせなかった。
こうして私は生まれ変わった。
自分が何処の誰かも忘れて、透明で小さな幼子として。
そして此処はただの始まり。
私の魂が色を取り戻すのは、愛しい彼女と心を通わせたあの時。
あの大きな屋敷の一部屋で、彼女の胸で涙を流したちょっぴり恥ずかしくてとても幸福な出来事だ。
沈んで凍りついた心が溶かされ、初めて人を信じようと思えた。
もう一度前を向いて、自分に希望を抱けるようになれた。
まだ前世の記憶も曖昧で、未来のことも何も考えてなくて…。
彼女の親愛に応えたい想いが抑えきれず、ただただ目の前の少女の為に生きていきたいと感じた、誓いと約束に溢れた出来事。
小さな私の抱いた願い。
愛しいあなたの赤色、その色がどうか曇らないようにと願ったのは、きっと私の産声なのだろう。
私が本当の意味で
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