第13話 この度、夢の舞台に踏み出しまして!2


 私立サンドリヨン学院はその外観の美しさや敷地の広大さから分かるとおり裕福な学校だが、その反面意外と自由な学校だ。

 何でも学園を運営している理事長が莫大な資金を持っているらしく、その資金力を持って運営しているらしい。そのお陰なのか華やかな様子に比べて学費も突出して高くは無く、在籍する生徒達もいかにもな令嬢から一般家庭出身の子まで様々だ。


 そうした事情もあって全国から入学希望者が集まり、需要があって学生寮が用意されている。

 寮では基本的に生徒二人で一部屋用意されており、部屋にはシャワーと簡易的なキッチンが用意されていて、広さもそこそこで結構快適な生活を送る事が出来る。


 そんな学院でも人気な施設が、寮にある大きなサロンだ。

 中庭にも出られるこのサロンは、日頃から多くの生徒が訪れティータイムを楽しんでいる。

 皆が持ち寄ったお菓子や紅茶を楽しんだり、誰かに振舞ったりして過ごしている様子は、お嬢様らしくお茶会なんて言うよりはカフェ代わりと言った方が相応しいのかもしれない。


 今だってこうしてお姉様と二人、ティータイムを楽しんでいるのだ。








 入学式から数日が過ぎたとある日の放課後、私はお姉様に誘われてサロンに来ている。

 ここ最近は学校の地理を覚えたり、諸々の説明を聞いたりで忙しかったから、お姉様に会うのは初日に軽く挨拶して以来だ。ティータイム自体も久しぶりだから、気分が高揚しているのを自覚する。


 お姉様はやはり注目を集めるようで、今も周りの席では私達姉妹の様子を伺っている人が多いみたいだ。

 それも仕方ないだろう。特別親しい人を作らない孤高の女王が、見慣れぬ新入生と楽しそうに時間を共にしているのだから。一見私達は姉妹に見えないし、それこそ百合的な「お姉様と妹」に見られるのもありえない事ではないのかも。


 睡ちゃんに聞いて確認した事だが、お姉様は校内でもゲーム通り…寧ろゲーム以上に人気が高いらしい。

 予想していたようにその見た目は非常に美しく成長している上に、私との暮らしで培った母性的な面倒見の良さと芯の通った性格がみんなの心を掴んだみたい。

 実際に今も笑顔になるたびに、周りのファン達はうっとりとした表情を見せている。


 勿論私もうっとりする側だ。そもそも私が一番推しているキャラクターはお姉様なのだから、姿形がゲームとシンクロした状態で愛情を向けられれば昔以上に嬉しくなってしまう。

 本当に、私のお姉様は最高だ。


「それで、寮生活にはもう慣れたかしら?メイドのお仕事が無くなった訳だし、寧ろ退屈なぐらい?」


 久しぶりの二人きりにうっとりしている私は、お姉様の言葉に意識を現実に戻される。

 確かにメイドの仕事が無い所為で、自由時間や放課後が退屈なのだ。部屋の掃除でも考えてみたが、住人が二人して掃除には自信が有るので汚れている箇所も少ない。

 復習や予習をするにも限界はあるし、サロンで時間を潰すにも人見知りな私では相手がいない。睡ちゃんがいるにはいるのだが、彼女は文芸部の他に調理部も掛け持ちしているため中々時間が合わない。


 そんなこんなで基本は限界まで部室で過ごした後、部屋ではひたすら睡ちゃんと話すか早めに寝るという中身が無い日々を過ごしていた。

 ちなみに私のルームメイトは睡ちゃんなのだが、恐らくは父が口利きしてくれたのだろう。


「元々趣味をやってる時間とかも無かったですからね。一応部活があるので時間は潰せるんですけど、それでも限界はありますし。これで睡ちゃんが同室じゃなかったらどうなってたことか…」


「鏡花は人見知りだものね。…そうだ、鏡花はお昼と登下校はどうしているの?良かったら私と一緒にどう?折角姉妹一緒の場所に居るのに、顔も見られないなんて寂しいもの」


 お姉様の提案は私にとっては渡りに船だ。

 今の現状だと学年が違う事で容易には会えていない。昼食を共にするようになれば迎えに行くついでに教室での様子を伺えるし、二年生のフロアにいるのにも怪しまれない。


 ゲーム内での嫌がらせイベントは基本朝か昼か放課後だったので、登下校とお昼を一緒に出来れば何かあったときに見逃さないだろう。

 お姉様の提案のお陰で、目の届かないところでの問題は最小限で済みそうだ。

 意外な進展に心が軽くなった私は、お姉様とのティータイムに集中する事にする。


「勿論!私も出来るだけ一緒に居たいですから!本当なら部屋も同じにしてお世話とかもしたいんですけどね」


「流石にそれは遠慮しておくわ。鏡花はメイドだけどそんなこき使うような真似はさせられないわ。鏡花は私の大事な妹で、とっても可愛い天使ちゃんなんだから」


 その素直な言葉に思わず照れてしまう。天使なんて久しぶりに言われたものだ。

 でも、やっぱりお姉様と話すのは楽しいし幸せだ。見た目はお互い随分と変わったけれど、この愛しい感情は小さな頃と変わっていない。優しくて、暖かくて、お日様みたいなお姉様。あの頃と変わったようで変わらない姉妹の姿が、ここにはあるのだ。

 お前はあんまり変わってないって?うるさいですよ。


「もう…褒めたってマフィンしか出ませんよ」


「出るんじゃない、というよりもう出てるでしょ。再開を祝して食べさせてあげるから、口を開けなさい。ほら、あーん」


 えっ、お姉様正気ですか?

 唯でさえ熱い視線に囲まれてるというのにそんな事したら、周りの私への心象が大変な事になってしまう。自分がどれほど人気なのか分かっていないのだろうか。

 予想通りフォークを向けられる私には「誰だこの小娘」と言わんばかりの視線が注がれている……のだが、なんだかそれとは違う熱っぽい視線も紛れているのは気のせいだろうか。


 多分幼い子供が餌付けられているようで微笑ましいとかそんな感じだと思う。

 嬉しいやら恥ずかしいやら、複雑な気持ちを抱えながらもお姉様の好意を無碍には出来ない。私は大人しく言うことを聞く事にし、おずおずと口を開くのだった。


「あ、あーん……(むぐむぐ)」


「どう、美味しいでしょう?」


「(ゴクン)……私が作ったんだから、美味しいも何もないですよ…。でも、嬉しかったです…///」


「ふふ、そうでしょう?我が家の天使なメイドさんのお菓子は、世界一なんだから!」


 世界一なんて大げさだが、褒められて嬉しいのは確かだ。何時もの事だがこうして満面の笑みで褒められると、なんでも作ってあげたくなるのは当然の感情だろう。今日だってお姉様の希望を聞いて作ったのだから。

 私が何かを作って、お姉様が紅茶を用意して、そして仲良く時間を過ごす。屋敷では当たり前だったこの大切な時間が場所を変えても迎えられるのは、分かってはいたけどやっぱり楽しいものだ。


 そんな気持ちを噛み締めながら、この日はサロンが閉じる時間まで二人で語らい続けた。

 今までの屋敷での出来事、学院でのお姉様の日常、話したい事はいっぱいあったのに全部を語るなんて到底出来ない。

 でもこれからは何時でも会うことができるし、話す事だって出来るのだ。




 そんな幸せな時間の帰り道、私はお姉様から言われた言葉を反芻する。


「二年生の「甘崎 与羽かんざき よはね」には注意しなさい。鏡花は多分目を付けられるでしょうから」


 その名前には聞き覚えがあった。何故なら彼女も攻略対象なのだから。記憶を辿って考えれば確かにそのキャラは注意すべきと納得できたので、私は素直に忠告を聞いたのだ。

 今後活動範囲も増えるのだし、二年生のフロアにも多く向かう事になることを考えて、私はより一層気を引き締めその日は眠りに就いたのだが……。


 しかしその忠告は意味を成さず、私は結局興味を示されてしまうのだった。




 ちなみに、あの「あーん」事件は上級生の間で話題となった。

 特に話しに上がったのは、「あの透き通るような美少女は何者か」という謎だったのだ。


 曰く、白清水家のメイドらしい。

 曰く、女王が唯一愛する妹らしい。

 曰く、その見た目は天使の様に可愛いらしい。


 噂は尾ひれをつけて、嫉妬も好意も好奇心も巻き込んで加速度的に広がっていく。

 そして今ではこう伝わっている。


「噂の天使でメイドなあの子は、女王様の妹らしい」…と。








 翌日、私は二年生のフロアを歩いている。

 時刻はお昼、昨日の提案の通りにランチを一緒に取るために、こうしてお姉様のクラスを目指しているのだ。昨日教えてもらったクラスを探しているのだが、校内の広さも相まって中々辿りつく事ができない。

 それになんだか上級生のフロアに入ってから、私に向けられる視線が多くなっている気がする。やはり昨日サロンでの出来事がもう広まっているのだろうか…?


 居心地の悪さを抱えながら目的地を目指していると、不意に話し声が聞こえてくる。三人組だろうか、話している内容は……お姉様のことだ!


「やっぱり凛后様は格好いいよね!転んだ私にさっと手を差し伸べて、「お怪我は無いかしら?」だなんて、思わず見惚れちゃったよー」


「へぇ、あんた女王が好みなんだ。でも噂で聞いたけど女王には愛しの天使がいるんでしょ?」


「あ、ウチそれ知ってる。昨日のサロンでのアレだよね」


 っ!?私のことだ!

 驚いた私は思わず近くの柱に隠れ、息を潜めて話に耳を傾ける。

 ていうか昨日の事がこんなに早く広まってるとは、やっぱりお姉様の知名度は凄いのだろうか。


「えー初耳、凛后様に目を掛けられるなんて何処の誰なのー?」


「名前までは知らないけど、実際に二人っきりでお茶会してたらしいよ。あの女王が満面の笑みだったってファンの子達が騒いでたってさ。しかも相手の子も凄い美少女らしいし」


 す、凄い美少女ですか…。流石に表現を盛っているとは思うものの、喜ばしい評価だ。

 ある程度自覚はあるとはいえ、赤の他人から褒められると言うのは悪い気はしない。


「そうそう、ウチも見たけど天使っていわれるのも納得。最初は敵視してた人も途中から見惚れてたかんね。銀髪で小柄なのがホント天使って感じで」


「あー!もしかしてこのぐらいの背の!?私文芸部で一緒なんだけど、確かに可愛いから納得だよー」


 あ、この人は部活の先輩なのか。文芸部って部室自体は大きくないし殆ど部長しかいないけど、意外と所属人数は多くて部員が訪れる度に別の人が現れるから自己紹介が大変なのだ。


「なんだ知ってたんだ。なんか人気凄いらしくて「天使メイドちゃんを愛でる会」なんてのも発足しそうなんでしょ?」


 先輩方なんてものを発足しようとしているの…?

 確かにお姉様は人気だから妬みの視線ぐらいは受けると思っていたけど、まさかここまで好意的に捉えられるとは。

 下手に目立つのは御免なので早めに何とかしなくては。多分お姉様の妹だと理解されれば収まるのだろうが自分ではどうしたら…、とりあえず相談してみよう。


「続きは食堂で話そうよ。ウチお腹すいたんだけど」


「確かに。じゃあ行こっか」


「うん、今日は何食べようかなー?」


 気が付けば話は終わったみたいで三人はその場を離れて此方に近づいてくる。

 まずいと思った私は姿を隠そうと周囲を見渡して、近くの空き教室にその身を滑り込ませる。もしも盗み聞きを知られたらなんと言われるか…。

 背後からは離れていく足音が聞こえて、一安心だと顔を上げると驚愕の光景が目に入った。


 二人の少女が抱き合って顔を近づけている。

 一人は小柄なあどけなさを残す少女、もう一人に抱えるように抱きしめられその顔を真っ赤に染めて、潤んだ瞳で相手を見つめている。胸の前で組んだ両手がいじらしくて、まるで懇願しているようだ。


 もう一人は一見男性のようにも見えるが、良く観察すればボーイッシュな女性だという事が分かる。

 少女との差から分かる高い身長とスカートではなくスラックスなのが中性的だが、反面その顔立ちは可愛らしく幼いとすら感じる少女の顔だ。

 明るいオレンジ色の髪をベリーショートにしていて、パッチリとしたアンバーの瞳が活発さを感じさせる。長い手足も良く似合っていて、御陰さんとは一味違った綺麗さだ。

 少女と女性が交じり合ったような特徴的な彼女は、何を隠そう攻略対象の一人。


 お姉様が注意を促した「甘崎 与羽かんざき よはね」その人である。

 そして私も忠告を素直に聞いた理由が、まさしくこの状況。

 抱き合う二人、甘い雰囲気、人気の無い場所。予測できると思うが、まさしく逢瀬の真っ最中だろう。


 そう、このキャラクターは女癖が悪い事で有名なのだ。

「ヘンゼルとグレーテル」がモデルの彼女は、小柄で幼いまさしく子供を連想させる相手に強い執着を見せる。加虐心と情愛の入り混じった感情は満たされる事が無く、それゆえに多くの生徒に手を出しているわけだ。


 例によって彼女がどんな結末を送るか、どんな変化をするのかは覚えていないがこれだけは確信できる。

 私は彼女の好みど真ん中だろう。




 思いも寄らぬ出会いに一瞬硬直し、彼女の事を冷静に考えられたのはいいのだが…。

 完全に逢瀬を邪魔してしまった。


 流石に二人は此方に気が付いているし、小柄な少女にいたっては睨んですらいる。

 同じ甘崎好みの生徒が逢瀬に乱入したのだ、もしかしたら邪魔をしに来たのかと思われているのかもしれない。甘崎さんの方はニヤニヤと楽しそうにしているし、このままでは誤解は解けないだろう。


 そして肝心の私なのだけど…絶賛パニック状態でございます!


 この白清水鏡花、僭越ながら多くの人に愛されてると自負している。

 お屋敷の皆と家族には親愛を感じ、睡ちゃんとお姉様には淡い恋心を経験させてもらった。前世の記憶もあるのだし、何も知らない初心な小娘ではないと今までは考えていた。


 しかし、いざこういった場面に遭遇すると体は素直なようで、初めてその身で感じる淫靡とも言える雰囲気に冷静でいられなくなる。なんだかイケナイものを見てるみたいで、鼓動がドキドキとうるさい。

 誤解を解いてこの場を去るという、簡単な行為が熱暴走する頭では上手く出来なくて、その硬直する姿に突き刺さる視線がより鋭くなる。


 睨む少女、動けない私、何故か楽しそうな甘崎さん。

 百合が花咲く秘密の花園で三人の視線が交差する中、私が導き出した突破口は………


「…お、おっおお、おおおおっお…!」


「お?ていうか君は誰かな?こんな可愛らしい子、僕が知らない筈が…」


「おぉぉぉぉ邪魔しましたぁぁぁぁぁっ!!!!!」


「えっ!待って……」


 見なかったことにして、脇目も振らずにその場を逃げる事だった。

 三十六計逃げるにしかず。どうせ言葉も出ないほどパニックなのだから、邪魔せずとっとと逃げてしまえ!

 逃げる後姿に声が掛けられた気もするが、聞こえない振りをして目的地へと急ぐ。美味しいお昼でこの興奮をさっさと忘れたい、今はそんな気持ちでいっぱいだ。


 結局赤らんだ顔は治まらなくて、お姉様に訳を追求される私なのだった。

 昨日の今日で…なんて呆れられながら。








 

 △


「…行っちゃったか。でも、なんか面白そうな女の子だなぁ」


 ついさっき出て行った少女の事を思い出す。

 いきなり現れては風の様に消えていったあの少女、今朝から噂の凛后ちゃんの妹が恐らく彼女なのだろう。見た目も可愛らしかったけど、あの初々しい照れ顔がまたそそる感じだ。


「気になるなぁ…。食べちゃいたいなぁ…」


 目の前の少女を愛でながら想像する。

 あの天使を僕のものに出来たらどれだけ幸せなことか。あんなに初心な反応をしてたのだから、実際に自分の番になったらどれだけ可愛い顔を見せてくれるのか。

 自分の内側の苛烈な部分が目覚めたように、ふつふつと欲望が湧いてくる。


(いいなぁ…かわいらしいなぁ……)


 どうやって近づこうか、どうやって仲良くなろうか。これからの事を考えると自然と笑みが浮かんで、気分が楽しくなってくる。

 彼女なら、僕の心を満たしてくれるだろうか。


 待っててね、お姫様鏡花ちゃん王子様ぼくが必ず君を迎えに行くから。


 天使は王子様に目を付けられた。


 ▽


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