第11話 この度、未来に向けて進み始めまして!
「えっ、今日お客さん来るんですか?」
季節は過ぎて既に冬。肌を刺すような寒さが白清水家にも到来して、早朝や外での仕事が億劫になる季節だ。
既に学校は冬期休暇に入っており、今はお姉様とのティータイムの時間だ。暖かさが恋しい時期ゆえ、今日はココアと林檎ジャムをたっぷり載せたパンケーキがお喋りの友だ。
暖かいココアを啜っていた私は、突然の連絡に眉根を寄せて聞き返している。どうして私への連絡は疎かになりがちなのだろうかと不満になる。
「あら?言ってなかったみたいね。今日から何日か屋敷に滞在するお客様が来るから、その対応を鏡花にお願いしようと思ってね」
「ぜんぜん聞いてないですよ!そんな大事な事もっと早く言って欲しいし、初対面の人の対応なんて上手く出来るかどうか…」
ご存知の通り私の人見知りは健在だし、大事なお客さんの対応なんて出来る筈が無い。
睡ちゃん?あれは特例だ。彼女は見るからに無害そうだったし似た雰囲気でもあったし、何より愛しのサンブレのキャラとして謎の信頼もあった。
ともかく私みたいな小娘には、人を上手くもてなせるか不安だという事だ。
「誰が初対面なんて言ったのかしら?鏡花の良く知る娘だから心配無用…って噂をすればって奴ね。着いたみたいだから出迎えてあげなさい」
お姉様に言われて疑問を浮かべながら出迎えに向かう。知ってる人物なんてお屋敷を訪れる大人が大半だが、その中に屋敷に滞在しそうな人は思いつかない。
玄関へと向かう途中、何故だかメイドの皆が暖かい視線を向けてきて、より一層疑念が増す。
納得しかねぬ気分のまま玄関に向かえば、確かにお客さんは来ている様でコンコンと慎ましいノックを響かせている。
待たせても失礼になるだろう。気乗りしない胸中のまま、私はその扉を開けるのだった。
一瞬誰か分からなかった。少し見上げる程度の身長差で、一目で分かるスタイルの良さ。スッと伸びた背筋が綺麗で、柔らかな表情のお陰で硬い印象は与えてこない。
ふんわりとしたセミロングが可憐な雰囲気に良く合っており、目の上で揃えられた前髪がさらりと揺れる度に華やかさが増すみたいだ。
揺らめいて落ちる雪の中、彼女は会えたことが心底嬉しそうに柔らかく微笑んでいる。首にはマフラーを巻いて、寒さか照れかその頬をほんのりと赤らめ。
まるで本から飛び出した様なお姫様の様な、見違えるように変わった睡ちゃんがそこにいた。
「こんにちは。また、手を引かれに来ちゃった。」
彼女の笑顔は、ハッピーエンドのスチルそっくりだった。
その後の記憶は曖昧だけど、彼女は本格的にメイドを目指し、正式な見習いとしてこの屋敷に再来したようだ。前回この屋敷で過ごしたのは彼女の現状に悩んだメイド長がリフレッシュを兼ねて提案していたので、本来は夏休みだけの予定だった。
屋敷で仕事をするうちに自分の将来としてメイドを考えたらしく、元々お姉様と長期休みの度に訪れる事を相談していたらしい。
私に伝えてなかったのは、単純にびっくりさせたかったからみたい。驚く事にメイド長も共犯だったようで、買出しなんて嘘をついて睡ちゃんを迎えに行ったらしい。本人的には競争相手として私の良い刺激になると、正式に見習いとして受け入れる事を認めているみたいだ。
何よりも驚いたのが睡ちゃんの変わりようだ。
本人は髪を切ったくらいだと笑っていたが、あの臆病な少女の面影は微かにしか残っていない。
姿勢は学校生活を前向きに送るうちに変わったみたいだし、言葉のどもりも無くなって清楚な印象を周囲に与えている。
身長等は特に理由が無いらしく、羨ましい限りだ。お風呂で確認した感じ、たわわ様も順調に育っているようで血の涙が出そうだったのは私だけの秘密にして欲しい。
ともかく、睡ちゃんの急な訪問には驚いたが、前と変わらず楽しい共同生活を送れている。屋敷の皆も彼女の変化に驚きつつも、喜んで歓迎していた。寧ろ小さな少女の成長振りに、若干萎縮気味の人がいたくらいだ。
ついでに仕事ぶりにもますます磨きがかかっていて、どちらが教育係かそろそろ怪しくなっていた。それでも泣き癖だけは変わらないままで、何も無い所で転んで泣いてたのが印象的だった。
そんな楽しい毎日だけど、私の頭にはあの場面が忘れられない。仕事も上の空な事が多くて、睡ちゃんにフォローされる事も少なくなかった。
あの再開の時の笑顔は、明らかに彼女のスチルで見た笑顔だった。詳しいシチュエーションは違うし年齢だって違うけれど、雪の中でマフラーを巻いて前髪を切ったあの嬉しそうな笑顔は一致するし、台詞だって一言一句同じだった。
忘れていたはずなのに、あの笑顔を見たときに彼女のルートを殆ど思い出した位の衝撃だった。
その光景を見たときに私は思ったのだ。
「過程や登場人物は違えど、ゲーム内において重要な出来事はこの現実でも起こるのではないか?」と。
あの笑顔は物語の結末でヒロインへと送られる、愛する人に対する大事なもののはずだ。たった一ヶ月程度の付き合いの私が向けられて良い物ではないし、彼女が全霊の愛を抱いているとも思えない。
考えられるのは、睡ちゃんの問題が解決し始めているからか。その切欠が私であるから、あの場面に立ち会ったのではないか。
年齢や場所が異なっていても本質的には同じ事が起こったのだから、フラグさえ立てばイベントは起きてしまうのではないだろうか。
その場合、誰もが結末に近い事が起きるとすれば、お姉様の悲劇も何らかの形で起こってしまうのではないか…?
わからない、わからないけど不安で仕方なくなる。何をしていても考えが残ってしまい、今も悩み続けている。
睡ちゃんがそんな私を気に掛けているとも知らずに。
就寝前の時間、ベッドに入った私は静かな雰囲気の中考え事に耽っていた。
悲劇を回避するために何が出来るのか、何から始めれば良いのか。物語が始まるまでにはまだ時間があるものの、来年にはお姉様が寮に入ってしまう為会うことすら簡単じゃなくなる。
お姉様に悲劇が起こるフラグを考えてみよう。
攻略対象なら「問題を解決する事」だと思われるが、悪役令嬢の場合は話が変わってくる。基本一対一の出来事である各キャラのイベントに比べて、お姉様の場合は周りを巻き込んで件の出来事が起きるのだから。
断罪イベントは大勢の生徒の集まる学院祭の後夜祭で行われるし、ヒロインはその容姿端麗さと性格から隠れてファンクラブが出来るほど生徒から人気だった。
お姉さま断罪のフラグは恐らく、
「ヒロインを虐めていることが周知される」「決定的な悪事によって大勢の前で断罪される」の二つだろうか。
今のお姉様を見ている限りでは誰かに悪意を向けるなんて確実に無さそうだが、それも学院で数年間過ごせばどうなるか予想出来ない。お屋敷に顔を出した時に隠されてしまえば私に察する事なんて到底不可能だ。
私に出来る事は何か無いのだろうか……。
「鏡ちゃん、何か悩み事?一日中何か考えてるし、今も上の空」
考え事に夢中で睡ちゃんに心配されてしまったみたいだ。一日中こんな調子なのだからそれも仕方ない事か。
彼女を煩わせるのが嫌で言い訳を探していると、彼女は悩みの正体に当たりをつけて話し始める。その言葉は私の現状を変えうる、まさに天啓とも言える言葉だった。
「もしかして、進路の事?お姉さんの受験も近いし、私達も来年だもんね。」
「…受験ですか?睡ちゃんもどこか受けるんでしたっけ?」
「うん。お姉さんと同じサンドリヨン学院に」
サンドリヨン学院………!?
そうか、私も行けばいいんだ、ゲームの舞台である「私立サンドリヨン学院高校」に!
確かにお姉様は寮に入ってしまう為屋敷では簡単に会えなくなるが、私も付いていくことで解決できるじゃないか。勿論ずっとは付いていられないし学年の違いでいられる時間も減るが、大半を共にする事は十分可能だ。
何かあれば駆けつけられる距離だし問題があれば相談も出来る。睡ちゃんも一緒なら孤立する事も恐らくないだろう。
もしもお姉様が良くない事をしようとするなら、直接引っぱたいてでも止めればいいのだ。
よし、決めたぞ。私も来年学院の受験を受けて、お姉様の後を付いて行く。
悩んでたことが嘘みたいに明日への扉が開けて、未来に希望が持ててきた。私がお姉様を救うのだ!
「ありがとう、すーちゃんっ!決めました、私もサンドリヨン学院に行きます!」
「???…えっと、どういたしまして?」
疑問符を浮かべる睡ちゃんを尻目に、決意を新たに拳を握る。
この先が未知に溢れているのは変わらないが、私にも出来る事が見つかったのだ。まぁ学院の事ぐらい自ら気付いて、もっと早く入学を決めろと自分に思わなくも無いが。
先ずは受験に合格する事だ。素行も学力も悪くない私だし、きっとお父様も快く認めてくれるはず。試験は少し不安にはなるけれど、齢30にもなる頭脳なら何とか大丈夫だろう。
やっと見つけた唯一の悲劇を突破できる方法かもしれないのだから、何が何でも合格してみせる。
(待っててお姉様…。鏡花は必ずお姉様をハッピーエンドに導いて見せます。)
燃え上がる気持ちは中々消えなくて、翌日に結局寝坊してしまう私なのだった。
その日から入試の日が来るまで私は勉強を続けた。睡ちゃんが帰って、お姉様が学院に行って、季節が過ぎてもメイドとして過ごしながら努力を続けた。殆どは独学だったけれど、暇を見ればメイド長や他のメイド仲間が手助けしてくれたのは嬉しい思い出だ。
家族も、使用人の皆も、睡ちゃんだって応援してくれて、それがとても励みになって期待に応えるためにも一層気合が入ったものだ。
睡ちゃんは最終学年の夏休みまで見習いとして屋敷を訪れていたが、それを最後に勉強に専念すると言って屋敷に顔を出さなくなった。お姉様も睡ちゃんも顔を見せなくなった屋敷は少し寂しかったけれど、学院に行けば再会できるのだから勉学に身が入ると言うものだ。
そんな少しガランとした毎日が過ぎて夏が終わり、秋が終わり、寒さの厳しい冬を迎えて…。
今日この日、入試の日が訪れたのだ。正直準備は万端とは言い辛く、緊張と不安で一杯なのが事実だ。
でも、きっと大丈夫。皆との思い出と激励の言葉が、私には残っているから。
そして、未来への一歩を踏み出すように、試験が開始された。
結果的に言うと、落ちた。しかも自分が原因で。
完全に意気消沈だ。待ってくれている二人に申し訳ないやら情けないやら、正直当分立ち直れそうに無い。自分のポンコツ加減に怒りすら湧いてこない。
睡ちゃんは、受かった。祝福の言葉を送ったが、返って心配された事が申し訳なかった。その姿が見た目も相まって、年下を慰めるお姉さんに見えて余計に虚しく感じた。
屋敷の皆は腫れ物を扱うように私を見ていて、放っといて欲しい今の状態には好都合だ。
そして今日も燃え尽きた気持ちのまま空を眺めている。
今日もボケッと見上げる空は、私の心なんて知った事かとばかりに澄み切った青空だった。
そんな私の耳に何やら話し声が聞こえてくる。
「あの、鏡花お嬢様大丈夫なんですかね?ここ最近ああして呆けたように空を眺めてますけど…」
大丈夫じゃないですけど…。
「仕方ないでしょ、試験落ちちゃったんだから。しかも理由が記入ズレだなんて悔やんでも悔やみきれないだろうし。まっ、そのままにしとけってメイド長も言ってたし、立ち直るのを待ちましょ」
「…今は様子を見るのが一番…ですかね」
…畜生聞こえてるよ!そういう話をするならせめて聞こえない所でしてくれよ!なんだったら笑われた方が気が楽だよっ!改めて自分の失敗を口にするのはダメージがでかいっ!!!
笑えよ、笑ってくれ。誰でもいいからアホな私を笑ってくれ…。いっそ自分で笑えて来た…。
「は、はは…ははははは…あはははははは……はぁ…」
情けない自分に対する乾いた笑いは、虚しく暖かくなり出した空気に溶けていったのだった。
結局私は物語が始まる直前、高校一年になってから学院に入学するのだった。
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