第18話 この度、何かが蠢きまして!

 

 私と赤穂の戦いが始まったが、決して殴る蹴るなんて暴力的なものではない。

 顔を合わせれば舌打ちをしたり、遠目で見れば睨んだりする程度の限りなく幼稚な喧嘩だ。私自身ではやり過ぎてるかもと物怖じする時もあるが、いざ赤穂を前にして悪態をつかれれば反射的に迎え撃ってしまう。


 とにかくお互いが認められないから、納得いくまでぶつかるしかないのだ。

 その癖変に相手を気遣ってるから大事にはならないし、そんな風だから周りだって止めるに止めれない。二人が騒ぐ度にまたかと諦めるようになり、今ではクラスの日常になってしまった。冷静になると恥ずかしくなるのだが、再び顔を合わせると結局はまたやってしまう。


 正直ちょっと楽しいと言うか新鮮と言うか、これまで経験してこなかったからかそこまで嫌ではないと感じている。睡ちゃんもお姉様達も私が最近生き生きしていると言うし、事実張り合いがあるのは確かだ。多分、この感覚は赤穂も同じで、特に理由も無いのに絡んでくる。


 今だってそうだ。朝の時間、教室の前でお互いに気が付くとすぐに行動に移す。進む道をわざわざお互い揃えて、上手い事肩がぶつかるように歩きだすのだ。

 ガンッ!という衝撃と共にお互い振り返り、同じように不適に笑みを浮かべる。本日最初の小競り合いだ、舐められないように気合を入れて向かい合う。


「おっと、虫にでも当たったかと思えば赤穂じゃないですか。おはようございます、とは言え朝からまともに前も見えて無いとは、愛しの彼女を想って徹夜でもしましたか?」


「おはよう、鏡花。その通りだよ、白雪先輩の事で頭がいっぱいだから、ちんちくりんの小娘なんて視界に入らなかったよ。ていうか本当に小さすぎ、寧ろ縮んじゃったとか?」


「「……ふん!」」


 勢い良く顔を背けて天敵から離れるも、決して場の雰囲気は悪いものではない。

 この一見不穏な挨拶は、もう習慣になっているから、周りも気にしないし睡ちゃんも呆れ顔だ。本気で戦ってるつもりなのは本人達だけだろうし、私自身嫌いと言うよりはライバルだと認識している。


「そろそろ仲直りしたら?毎日こんな調子だと疲れちゃうよ」


「いえ、逆に元気が出るくらいです。お姉様の名に掛けて、屈するわけにはいきませんから」


 困り眉の睡ちゃんも、私の返答に更に呆れてジト目になる。争いなんかとは無縁な睡ちゃんは今の状況が好ましくないのだろうが、人は必ずしも誰とでも仲良くなれる訳も無く、それを避ける選択肢もあれば向き合う選択肢もある。

 そう、今回は向き合うしかないというだけ。チラリと赤穂の様子を見れば、彼女も周りに諭されているらしくうんざりとした空気が感じられる。そして此方を覗き見て、ニヤリと挑発的に笑うのだ。


 私は気を使わない対等な関係が、赤穂は恐らく素を存分に見せられる相手が、お互いに心地よくて正直楽しいのだと予想する。親しくなった相手に暴言を吐くなんて、今回が初めてなのだから。

 平穏だけど少し刺激的な一日が、今日も始まりを告げるのだ。









 時刻は放課後、今日も私は部室に来ている。

 今までと変わらぬ部室ながら、夏の到来で高くなった太陽がその内観を明るく見せている。

 

 そして中には二人の生徒。

 私と御陰さん…ではなく今日は与羽先輩が一緒なのだ。なにやら話があると部室を訪ねて来たようで、今も窓際に陣取ってつまらなそうに漫画を読んでいる。


 御陰さんには既に話を通しているようで、授業が終わり携帯を確認すると、今日は部室には行かず代わり与羽先輩がに居ると連絡が来ていた。恐らく私達に配慮してのことだろう、御陰さんの厚意は嬉しいが申し訳ないと思うのも事実。今度会ったらお礼をしなくてはと心にメモをする。


 そして放課後になって部室に直行すると、部室は開いていて先の光景に繋がるわけだ。扉を開ける音で私の入室に気が付いた先輩は、軽く手を上げると漫画を無造作に放り出して、待ってましたとばかりに口を開いた。


「やぁ鏡花ちゃん」


「こんにちは与羽先輩」


「突然来ちゃってごめんね。どうしても伝えたい情報があってさ」


「いえ、私は構いませんが。直接言いに来るなんて…もしかしてお姉様関連ですか?」


 挨拶を済ませた私は、先輩の近くの席に着いて続きを促す。電話では済ませられない、わざわざ部室に来てまで話す事なんて、今の状況を考えればお姉様に何かあったとしか考えられない。

 一体何があったのか。切羽詰っている様子や落ち込んだ様子は見られないことから、大事では無いとは思うが不安を気持ちを抱いてしまう。


「そう、凛后ちゃんの事でちょっとね。でも良かったよ、どうやって場所を用意しようか悩んでたら偶然御陰ちゃんを見つけてさ。事情を話したら部室まで空けてくれるなんて、ホント良い子だよね」


「私も驚きです。御陰さんが鍵まで預けるなんて、そこまで二人が仲良かったなんて知りませんでした」


 この数ヶ月間の記憶を辿っても、二人がお互いを話題に出した事は殆ど無い。例外として先輩の変化を御陰さんが尋ねてきたが、あれは同学年の有名人が大胆なイメチェンをしたから、不思議に思ってのことだろう。

 そう思っていたのだが、実際は違ったのだろうか?


「僕達は仲良くなんて無いよ、喋ったのも今日が初めてだしね」


「えっ、それじゃあ初対面の相手に大事な鍵を渡したんですか?良い子って言うには少し無用心な気もしますが…」


「それは僕も思ったよ。でも鏡花ちゃんの友達なら信用できるって言われてね、断る理由も無かったしありがたくお借りしたって訳さ」


 予想通り二人は他人同然だったようだが、私の存在が架け橋になったらしい。確かに私経由でお互いの事は知っていただろうし、二人の事はいい人だと伝えていたから初対面でも信頼できるのは不思議ではない。

でも人伝の情報だけで大事な部室の鍵を預けてしまうとは、案外御陰さんは天然だったりするのだろうか?今後誰かに騙されたりしそうで、少し心配になってくる。


 そんな不安交じりの考察を続けていると、先輩が佇まいを直して真剣な顔つきになる。

 本題に入るのだろう。私も気持ちを切り替えて、先輩の言葉に耳を傾ける。


「まぁ僕等の事は置いといてさっきの話なんだけどね、実はクラスでとある噂が流れてるんだ。ただの噂程度なら気にしないんだけど、少し無視できない感じでね」


「どんな噂なんですか…?」


「曰く、『白清水 凛后は姫大路 白雪を虐めようとしてる』だってさ。凛后ちゃんは知らないって言ってるし、事実白雪ちゃんも実害は無いらしいんだけど…」


「だけど、なんですか?」


「今日の午後にね、軽い暴言が書かれた紙片が見つかったんだよ。白雪ちゃんの机の中からね」


 最初に浮かんだ言葉は、「何故?」だった。

 絶対にお姉様じゃない、なら誰がそんな事を?

 そもそも個人的な恨みを買うような人じゃない、ならば何が理由で?


 わからない、わからないけど確実に悪い方向に動いているのは確かで、表情が緊張で強張っていくのを感じる。


「入れられたのは多分昼休みだから、僕等と一緒に居た凛后ちゃんじゃないのは確かだ。だけど良くないタイミングで起きた事件だから、噂を信じ始める生徒も出てくるかもしれない。事実チサちゃん辺りは凛后ちゃんを疑い始めてるって聞いたよ」


 要するに、火の無い所に煙は立たないという事だ。流れ始めた噂と起きた事件が化学反応を起こし、謂れの無い疑念を生み始めている。誰かが悪意を持って起こしているのか、それとも運命とでも言うのか。状況は確実に、ヒロインと悪役令嬢の対立に向かっている。


 だがお姉様が無実なのも事実だ。それにこれまでゲームとは異なる展開も多く起きてるし、こうやって与羽先輩も協力してくれている。希望はあるのだから、意思を強く持って対応していかなければいけない。

 人為的か、偶然か。真実はともかくできる事を考えるのが先決だ。

 落ち込みかけた精神と顔を前向きに、先輩と相談を始める。


「話はわかりました…けどお姉様が無実なのは真実です。軽視出来ないのも確かですから、先ずはお姉様に注意喚起しなければ」


「そうだね、僕の方でも出来るだけ目を離さないようにするし、極力一緒に居るようにするよ。流石に暴走する生徒が出ても、一人じゃないなら下手な真似は出来ないだろうから。出来れば白雪ちゃんとコンタクトを取りたいけど、髪の長い騎士様が寄らせてくれなくてね…」


 髪の長い…髪永井さんのことだろう。その言葉は真実で、姫大路さんに近付く生徒を牽制してる姿を良く見かける。傍から見ていてもかなりの独占欲が見て取れるから、その分今回の事件にも敏感なのだろうし、今後はより一層警戒してヒロインの側を離れないと考えられる。


 どうにかして近づけないものか…

 中々答えが出ず二人で頭を抱えていると、不意に一人の人物が浮かび上がる。彼女が協力してくれれば、解決は容易だと思われる。


「…あっ。可能性は低いけど、何とか出来るかもしれません」


「ん?誰か伝でもあるのかい?」


「はい、巾染 赤穂って子なんですけど。良く姫大路さんと一緒に居る赤いフード一年生です。」


「あぁ、あの小柄な子か!でも鏡花ちゃんあの子と仲が悪いというか、喧嘩してなかった?協力してくれるのかい?」


 合点がいった様に手を打ち、けれども不安げな表情に変わる先輩。協力してくれるかは自信が無いが、姫大路さんの事を考えれば検討はしてくれる筈だ。勿論お姉様が犯人じゃないと分かって貰えればの話にはなってしまうが。


 赤穂はムカつく奴だけど、決して悪い人では無い。悪戯はしても怪我をするような事や道徳に反する事はしないし、人の心を傷つける事もしないと思う。

 一つ問題なのは、事件の事を既に聞いている場合だ。赤穂は姫大路さんに惚れ込んでいるし、噂の事も耳に入れていたら話を聞いてもらえない可能性のが高い。険悪ではないとは言え、私と彼女はお友達でもないのだ。あちらには髪永井さんもいるから、正直言って自信は皆無だ。

 だけど髪永井さんを説得したり居ない時を見計らうよりは、いくらか現実的だろう。


「自信は無いですし、期待もしない方がいいと思います。でもやってみる分にはタダですから」


「確かに、最初から諦めてたら何も出来ないって話だ。よし、僕の方でも何とかチサちゃんと話せないか試してみるから、鏡花ちゃんも無理しない程度に頑張ってね。それじゃあ僕は行くけど、鏡花ちゃんはどうする?」


「私はもう少しここに居ますから、鍵も置いてって大丈夫ですよ」


「それならお言葉に甘えて任せるよ。じゃあね鏡花ちゃん」


「先輩も、さようなら」


 足取り軽やかに出て行く先輩を見送りながら、私は思考の海へと入り込む。一体誰の仕業なのか考えるが、どうしても情報が足りなくてもどかしい。あの時絡んできた生徒かもしれないし、髪永井さんのマッチポンプかもしれない。全く関係ない生徒の可能性だって捨てきれない。


 絶対に有り得ない事だが、もしも、もしもお姉様だとしたらその理由はなんだろうか?

 ゲームでの事を考えれば、最終版でやったように他人を使ったアリバイ作りに私達を使ったとも考えられる。でも、やっぱりお姉様を疑うなんて出来無いし、仮に犯人だとしても嫌いになんてなれない。

 今の私には家族を気にしないなんて事は出来ないのだから。


 気が付けば部屋の中は暗くなり、静寂が学院を包み始める。もう寮に帰らなければいけない時間だと、戸締りをして鍵を返すために影が濃くなりだした廊下を歩いていく。


 何をするにもともかく明日になってから、新たな騒動に心をざわめかせながら今日も一日が過ぎていく。


 すでに自分達が、脚本の中にいるとも知らずに。









 そして事件は起きてしまった。翌日の朝、何事も無く過ぎた校舎への道。私達はきっと甘く見ていたのだ、お姉様と言う存在の大きさと今起きている騒動を。

 油断していたのだ、所詮は噂だし被害も小さいからと、何か起きてからで良いのだと。私も、お姉様も、恐らくは姫大路さん達も。こんな事になるなんて、ここまで悪意が迫るなんて。


 これからどうすれば良いのだろうか、生徒達はお姉様を完全に疑ってしまったし、姫大路さん達も敵視してしまった。赤穂との関係も拗れてしまうし、生徒達の間では悪い噂が既に広まってしまった。

 夏休みもすぐだというのに、最悪な状態で時間が空いてしまうのか…。


 予想外の展開は、一つの電話から始まった。それは何の変哲も無い、休みを数日後に控えたとある日の早朝に鳴り響いた。




 確かな振動がポケットを震えさせながら、軽快なメロディが耳に届く。

 ホームルームが始まるには余裕がある時間、既に教室に到着して席についていた私は今日も赤穂に話をする為に早くに来ていたが、案の定赤穂は居ない。あの悪戯事件があってから赤穂とは話をするどころか碌に顔を合わせることも出来ておらず、今朝もこうして空振りというわけだ。


 そんな退屈な時間に届いた一つの着信。

 急な着信に驚きながらも画面を確認する為携帯をその手に取る。画面には与羽先輩からだと伝えており、何の用だろうと不思議に思いながらも耳に当てる。


「はい、白清水です。先輩一体何の用……」


「鏡花ちゃん急いで二年の教室まで来てっ!凛后ちゃんが大変なん「しらばっくれんなぁっ!」…ってマズイ!?チサちゃん抑えて」


 プツっという音がして通話が途切れる。余裕の無い先輩の声にざわめく周囲の声が聞こえ、明らかに穏やかではない様子だ。並々ならぬ出来事が起きていて、電話越しに聞こえるほどの誰かの叫び声が後ろから響いた。何が起きてるかわからないが、急いで向かわなければお姉様に何かが起こると確かに理解する。


「すーちゃん!!!お姉様に問題ありです、ついてきてくださいっ!」


「うん!今行くからっ!!」


 教室を飛び出てスカートが翻るのも気にせずに、二年生のフロアに向かって駆けていく。近付くにつれて喧騒が聞こえてきて、お姉様の教室の前は凄い人だかりだ。そして途切れ途切れに聞こえてくる周囲の悲鳴と誰かの怒声、中には与羽先輩や姫大路さんの制止の声も聞こえてくる。

 なんとか人の隙間を縫って進もうとするも中々前に進めない。


「あの、すいません通してくださいっ!」


 遅々としか進めない事に苛立ちを感じながらも強引に割っていく途中、その音は響き渡った。


 ガァンッ!!!

 何かを吹き飛ばした音に続いて、甲高い悲鳴が辺りから漏れ出す。生徒達は驚き怯えから動きを止めたため、それが功を奏して簡単に隙間を通る事ができる。

 何とか人の壁を越えれば、その光景に私も硬直してしまった。


「なんですか…これ…」


 倒れたり吹き飛んだりした机と椅子の中、二人の生徒が対峙している。一瞬即発の空気とはこの事だろうか、二人は目線を合わせて壮絶に睨み合い、その長身も相まって威圧感を周囲に振りまいている。

 胸ぐらを掴んで食い掛かるような髪永井さんと、その腕を掴んだまま釣りあがった目を見開くお姉様。その様子は今にも手が出そうで心臓の鼓動が早くなり、冷静で居られなくなる。


 見渡せばオロオロと動くに動けない姫大路さんと怯えた様子の赤穂、机に手を付き身体を支える与羽先輩も見える。赤穂と与羽先輩は私の到着を確認すると、待ってましたとばかりの視線を向けてくる。苦しそうな表情の先輩を睡ちゃんに任せて、私は二人を止める為に近付いていく。


「あんたがやったんだろ、白状しなよ!」


「何度も言わせないで、知らないって言ってるのよ。仮に知ってたとしても、暴力に訴える人になんか教えたくないけれど」


「なんだってぇ…!?」


 絶対零度の冷たさを感じさせるお姉様と、燃え盛る炎の様に怒りを宿す髪永井さん。正反対の二人だが、明らかに怒りのボルテージが上がっているのが分かる。

 恐れる気持ちを胸に隠し、何とか止めようと胸元を掴む手に自分の手を伸ばす。


「やめてください二人ともっ!!皆怖がってるから冷静に……」


「うるさいっ!邪魔するなっ!」


「キャッ!?」


 その手を掴んだ途端に振り払われ、その体格差から想像よりも大きな力が私に襲いかかり、思わずバランスを崩してしまう。ガタンと尻餅をつく様に勢い良く倒れてしまい、衝撃から腰が抜けて上手く立てない。

 この展開はまずい、私はともかくお姉様が爆発してしまう。


「あうっ、痛た…」


「っ!?このっ、鏡花に手を上げたわねっ!!??」


 思ったとおりお姉様の怒りは限界を越え、とうとう手が出てしまう。今まで見たこと無い形相で胸元手を振り払うと、今度はお姉様が掴みかかる。


「お姉ちゃんやめてっ!私は大丈夫だからっ!!」


 だが、血の上った頭には私の言葉は届かず、お姉様達はお互い掴み合うのを止めない。終に髪永井さんの足が縺れて、馬乗りになる形でお姉様が押し倒す。上に跨った今もその目の怒りは消えておらず、私はお姉様を止める為に何とか動き出そうとする。与羽先輩も姫大路さんも動き出して、皆一様に悪い予感を止める為に駆け寄る。


 そしてお姉様は平手を振り上げ、髪永井さんを見下ろした。


「お姉ちゃんだめぇっ!!!」


「凛后ちゃんそこまでだっ!!」


 間一髪間に合った。二人係でお姉様を羽交い絞めにして距離を離すが、お姉様は動きを止めようとしない。正面を見れば姫大路さんと赤穂も髪永井さんを留めていて、一先ず自体は落ち着きを見せる。本当に紙一重だった。少しでも遅れていたら暴力沙汰だ。


「離しなさい鏡花。あの女一度痛い目を見せなきゃ気が済まないわ…」


 今も激情が収まらないお姉様は、大きく見開いた目で髪永井さんを見据えている。反対に髪永井さんは悔しそうに顔を歪めて、既にやり合う気は無さそうだ。少し肩の力を抜く事ができるが、心に残った不可解さは一向に晴れない。


 ホームルームも始まらないような時間でお姉様に何があったのか、何をしたというのか。今でも周囲は散乱した状態で、誰が見ても何かあったのは明白だ。こんな状況では聞く事も出来ないし、聞こうとも思えない。正直泣きそうな程の不安だけが、訳のわからない現状で感じ取れる唯一の事実だ。


 理由も分からない騒動は先生が来た事で終わりを迎えたが、正直遅すぎるくらいだ。呼びに行ってくれた睡ちゃんには感謝しているが、先生に対してはもっと早く来てくれればと不満を抱いてしまう。

 結局この事件の真相は語られずに収束を迎え、多くの生徒に煮え切らない印象を与えたまま今日も一日が始まった。


 お姉様と髪永井さんに言い渡された処分は、数日間の謹慎。その日数は丁度夏休みまでに残る日数と一致しており、実質的に早めの休みを言い渡された形だ。

 だがこの結末は最悪な方向に転がってしまう。


 お姉様が気になりホームルームを集中できずに眺める私は、その事に今はまだ気付いてない。


 二人の騒動を笑って眺める人物が居た事にも…




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