第5話 街に入った

 着地して、空を見上げると……ホバリング中のドラゴンから、ドライアドたちが次々と降りてくるのが見えた。

 もちろんドライアドたちには羽があるので、俺と違って自由落下はしていないが。


『あたし以外、みんなおりたよー!』


 しばらくして、新規で降りてくるドライアドがいなくなった頃……ドラゴンの元に残ってくれるドライアドが、そう通信を入れてきた。


『ありがとう。ドラゴンにも、じゃあねって伝えてくれ』


『あ、大丈夫ですよ! ……ドライアドさん、ワタシにも通信を中継してくれてるので!』


 ドラゴンの元に残るドライアドに別れを告げると、返事はドライアドではなくドラゴンから返ってきた。

 ドライアド……通信の中継もできるのか。


『では、ワタシは帰ります! またいつでも呼んでくださいね!』


『おう、必要な時が来たらその時は頼む』


『じゃあねー』


 そんな通信をしつつ、俺は去りゆくドラゴンたちに手を振った。

 これで今この場に残っているのは、俺と111匹のドライアドのみ。


 見送りも済んだ所だし、早速門番に頼んで街に入れてもらうとしよう。

 そう思い、俺は門まで数メートルの距離を歩いていった。



 しかし、門番たちはといえば……。


「ど、ドドドドドラゴンがこっちに……」

「死ぬかと思った……助かった……」


 彼らは空に釘付けの目をこれでもかと見開いたまま、震える声でそう話していた。


「てか……あのドラゴンから、人が一人降りて来なかったか?」

「た、確かに……。追い払ってくれた、救世主?」


 そして二人は、自由落下した俺の存在に気づいていたようだったが……なぜか俺は、二人の中で救世主扱いされようとしていた。


 ……いや、ドラゴンは移動手段だし、「俺を街に運ぶ」という仕事を終えたから巣に帰っていっただけなのだが。

 むしろ俺が退治したみたいになると気軽に呼べなくなるので、その認識は改めてほしいところだ。


 というかこの二人、俺がドラゴンから飛び降りたことに気づいている割には、目の前にいる俺に全くと言っていいほど意識が向いていないのだが……そんなんだと、やろうと思えば素通りできてしまうぞ?

 まあ、後々トラブルになるのは嫌なので、そんなことする気はないが。


「あのー、すいません」


 話しかけづらい雰囲気だなと思いつつも、俺は遠慮がちに二人に声をかけた。



「「うわっ、びっくりした!」」


 俺に話しかけられた二人は……叫び声をシンクロさせつつ、互いに抱きつく。

 なんだ、その漫画みたいな反応は。


「この街に入りたいのですが……」


「し、承知いたしました! それでは失礼ですが、家紋をお見せください!」


 心の中でツッコみつつも、用件を伝えると……門番の一人から、家紋とかいう謎の単語が飛び出してきた。

 何だそれ……身分証みたいなものか?


「すみません、今家紋とやらは持っていないのですが……それが無いと入れて頂けないんですかね?」


「い、いえ、申し訳ございません! 貴族の方のようなのでつい、家紋をお持ちかと聞いてしまいましたが……ドラゴンとの激闘の末ですと、紛失してしまっていてもおかしくないですよね」


 質問を重ねてみると、門番たちからはそんな返答が。


 何をどう判断したら、俺の第一印象が貴族になるんだ。

 というかそもそも貴族って、一体どこの何時代の話だよ。

 確かに、ドラゴンの上から見た街の風景は、世界史の教科書に載ってるソレのようではあったが……ここの社会の仕組みもそんな感じなのだろうか。


 何にせよ、とりあえず俺は貴族ではないので、そこを否定しないと話が進まなさそうだな。


「あの、そもそも俺貴族じゃないんですが」


「え……そうなんですか? 話し方も高貴な感じがしましたし、ドラゴンを退ける実力もお持ちなことから、てっきり騎士団長の家系の方とかかと思ってしまいましたが……」


 貴族ではないと伝えると……門番は、俺を貴族と判断した理由を話してくれた。


 俺の話し方が、高貴……?

 まず俺は、そこを疑問に思ったが……その理由はすぐに察しがついた。


 たぶん、原因はドライアドの通訳だ。

 俺は普通に日本語で話しているつもりだったが……門番相手の会話も、実際は「言語自動通訳」を挟んで行われているのだろう。


 だとすれば、敬語で話していることが、通訳越しに高貴な喋り方に変換されている可能性が出てくる。


「すまん、この国の言語に慣れていないものでな……。これで高貴な喋り方には聞こえなくなったか?」


 大人相手にタメ口で話すのは少し気が引けるが、今後も貴族と勘違いされ続けることと天秤にかけたらそんなことも言っていられない。

 そう思い、試しに俺は口調を変えてみた。


「あ、あれ……? たしかに急に庶民っぽくなりましたね……」


 変更は大正解みたいだった。

 これであとは、ドラゴンの件だけか。

 こっちに関してはそもそも退けたというのが全くの勘違いなので、しっかり誤解を解いていくとしよう。


「そしてドラゴンだが……あいつはたまたま出会った便利屋だ。俺を運ぶという目的を果たしたから巣に帰ったのであって、俺が退けたわけじゃないぞ」


 とりあえず、敵じゃないということだけでも伝われば。

 そう思い、俺はそんな風に話してみた。


 しかし……それを聞いた門番たちは、二人揃って固唾をのむ。


「ど、ドラゴンを……移動手段扱い!?」

「そこまで従えるって、どう考えてもただ退けるより凄いんですが」


 多分言いたいことは伝わっているはずではあるが……どうやら俺は、別の意味で驚かれてしまったようだった。


 うーん、何というか……ことあのドラゴンに関して言えば、従えたからってそんなに凄いとは思えないのだが。


「いや、『ナノファイア』でビビったくらいだし……あのドラゴンは、従えたところでそんなに凄くはないと思うぞ」


 というわけで、俺はとりあえず具体的な出来事を一つ挙げてみた。

 とはいえ……俺がアイツをそういう目で見ているのは、実はそこが理由ではない。


 俺の「ナノファイア」に関しては、無量大数ものINTのせいで威力がバグっている可能性もあるので……そこで驚いたからといって「大した奴じゃない」という証拠にはなりにくいだろう。

 だが俺はそれ以外に、アイツがプライドだけ高い小物である証拠を、一つ把握している。


 それは……逆鱗を収納した際に流れた、「神代の紅蓮竜の逆鱗を収納しました」というアナウンスだ。

 よりにもよって自分のことを「神代の紅蓮竜」などと名乗るなど、中二病以外の何物でもないだろう。


 あの時俺は、「あ……(察し)」となったのだ。

 まあ、それよりは「ナノファイアにビビった」の方がインパクトなデカそうなので、門番にはそっちを話したわけだが。


「あの……流石に嘘ですよね? いくらドラゴンに個体差があっても、『ナノファイア』にビビる個体なんて流石に……」


「じゃあ……もはやドラゴンですらなく、高速で空を飛べる巨大トカゲだったとか?」


「……察しが悪くて申し訳ございません。今日の記憶は、墓場まで持っていきます」


 いろいろ可能性を考察していると、ついには俺がドラゴンのことを隠したいと思っていると誤解されてしまったようだった。


 ……こうなっては、他にどう説明してもこの人たちの認識は変わらなさそうだな。

 仕方ない。俺もだんだん面倒になってきたし、気軽にドラゴンを呼べなくなるリスクさえなくなるならそれで良い気もするし……そろそろ、逸れまくった話の筋を元に戻すか。


「ところで……街に入れてもらうには、俺はどうすればいい?」


 思えば……「家紋」って単語が出てきたところから、ここまで話が逸れてしまったわけか。

 なんというか、振り出しに戻った気分だ。


 などと思いつつ、俺はそう質問した。


「そ、そうでした。では……こちらをお付けください」


 すると門番は、俺に指輪のようなものを手渡した。


「これは?」


「追跡用魔道具の、発信側の装置です。失礼は承知の上ですが……身分証を持たぬ流浪の民を受け入れつつ治安を維持するには、仕方のないことですので。身分証を発行してもらうまでは、身につけたままでいてください」


「なるほど」


「ちなみに追跡と言っても、各業種のギルド職員や領主様くらいしか探知はできませんので、ご安心ください」


 どうやら俺は、おそらくGPS的な役割をするんであろうこの装置を身につければ、街に入れるらしかった。


「ありがとう」


 そう言って、俺は門をくぐろうとした。

 だがその時、ふとある事に気が付いて……俺は門番たちに、最後にこう質問する。


「ところで……俺の周りに、羽のついた小人って見えてるか?」


「……何のことでしょう?」


 ……ドライアドたち、他人からは見えないのか。

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