第35話 麦とワイバーン周遊カードの納品

 倉庫に着くと……また前と同じように、俺はブルーシートに収穫物を出すこととなった。

 とりあえず醬油とかは後回しにするとして、まずは麦からだな。

 予定通り、7トン分の麦をアイテムボックスから取り出す。

 早速、鑑定が始まった。


「糖尿病の人がいくらでも食える麦、とな……。これはまた、とんでもない代物ができておるもんじゃわい……」


 鑑定士はそう呟くや否や、キャロルさんの方を向く。


「お主、本当に普通の種を販売しておるんじゃろうの? 実は裏でとてつもない品種改良がなされておる種を売った、なんてことは……」


「私を疑わないでくださいよ。全部、異常なのはマサト様の栽培能力の方なんですから。だいたいですね、そんな特殊な種がウチのギルドに入荷されたことなんて、これまでたったの一度も無かったでしょう!?」

 なんか、キャロルさんがあらぬ疑いをかけられそうになっていた。


「ま、まあそれはそうじゃのう……。ともすれば、もはや本当にドライアドがマサト殿に味方し続けているとしか考えられんくらいじゃが……そんなことがのう……」


 しかし逆にキャロルさんにピシャリと言われ、鑑定士の方がしどろもどろになってしまう。

 実はその通りなのだが……以前ドライアドは御伽噺の生物扱いだと聞いているので、なかなか本当のことは言い出せないな。

 まあ余計なことを言ったのは鑑定士の方なので、俺が何か言ってフォローする義理はないだろう。


「しかしまあ、これは間違いなく貴族に馬鹿受けするじゃろうのう……。通常の麦の何倍、いや何十倍の値がつくか、想像もつかんわい」


「貴族の糖尿病率は圧倒的ですからね。罹患前と同じペースでパンを食べられるとなると、飛びつく人が多いのは容易に想像できます」


 鑑定士とキャロルさんは、この麦の売れ行きについてそんな想像を膨らませる。

 そうか……砂糖が貴重品扱いみたいな世界線だもんな。

 糖尿病といえば貴族、みたいになっているのか。


「間違いなく、専属行商人ルートで売らなければなりませんね」


「もちろんじゃわい。コールが次にこの支部を訪れるまで、厳重に管理するんじゃぞ」


 そして案の定、この麦はコール経由でしか売れない代物扱いのようだ。

 ま、そうだよな。

 というか、そうしてもらわないと困る。

 貴族に大人気となりそうな麦など、生産者情報を秘匿して売ってくれないと……わざわざYes!シンデレラクリニックの代金を面倒な経由で受け取った意味がなくなるからな。

 生産者保護の制度があって本当にありがたい。



 と、ここで……コールの話題が出たことで、俺は大事なことを一個思い出した。

 せっかくダンジョンでたくさん集めてきたワイバーン周遊カード、預けとかないとな。


「そういえば、次コールがここに来たタイミングで渡してほしいものがあるんだが」


 そう言いつつ、俺はアイテムボックスから九枚のワイバーン周遊カードを取り出す。


「これなんだが……お願いできるか?」


「え、こ、これって……」


 渡された九枚のカードを見て、キャロルさんの目が点になる。


「わ、ワイバーン周遊カードが九枚も……!」


 更にそれを横で見ていた鑑定士も、顎が外れんばかりに口を開けたまま固まってしまう。


「これ全部……新規取得したっていうんですか?」


「ああ」


「ついに世界に現存する量を超えてきちゃってるんですが……。こんなの渡されたら、コールさん感覚麻痺しちゃいますよ!」


「そりゃ便利な移動手段がもったいなくて使えないなんて感覚、とっとと麻痺させた方がいいからな」


 むしろ俺は、これでコールがちゃんと「気兼ねなく使おう」って意識になってくれるかどうかの方が気がかりなくらいだ。

 なんというか、あの性格だと手元に十枚あっても尚、もったいなくて使えないとか考えちゃいそうな気がする。

 ま、そんな様子なら今度は百枚取ってくるまでの話だがな。

 湯水のように使っていいものだと思わせるまで、俺がやることは変わらない。


「ま、もちろんマサト様の要望でしたら、キチンと渡しておきますけど……」


 キャロルさんはそう言ったっきり、一旦倉庫を後にする。

 5分くらいすると、また倉庫に戻ってきた。


「当ギルドが所有する金庫の中で一番警備が厳重なものに、キチンと九枚収納してきました。コールさんに渡すまで絶対紛失しないことをここに誓いますので、ご安心ください」


 どうやら、わざわざ至急金庫に保管しに行ってくれていたようだ。

 俺からすると結構サクサク取れるものなので、なんだか大げさだなあと感じてしまうな。

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