第32話 加工開始!

 二日後。

 ようやく、三回目の成長促進剤散布ができる日がやってきた。


 まずはアルヒルダケの方から。

 こちらは今回で、折り返し地点だ。

 累積九か月の成長ということもあって、今回分の成長促進剤を撒き終わる頃には、ギリギリ肉眼でできかけの子実体が見えるくらいにはなってきた。

 まあ完成形を知らないので、ここからどのくらいのサイズになるかとかは全く想像がつかないのだが。


 散布を終えると、俺はビニルハウスの外に出た。

 次は麦への散布だ。


 ドライアドたちに恵みの雨の雲を出してもらうと、注入口から一缶分の成長促進剤を注入する。

 そして、雨による散布が終わるのを待った。

 成長促進剤入りの雨が降り終わる頃には……畑にはあたり一面の黄金色の景色が広がっていた。

 うん、これは収穫できそうだ。


「じゃあみんな、収穫手伝って貰えるか?」


「もちろんー!」


 トマトや大豆の時と同じく、収納魔法の入り口の空間の歪みを開きっぱなしにし、ドライアドたちに刈り取った穂を入れてもらう形で収穫を進める。

 15分ほどで、畑全域の麦の収穫が完了した。

 それから工場の方に移動すると、俺は一階部分の全自動乾燥・脱穀装置に穂を投入していった。

 せっかくなので、このタイミングでヒマリを呼んでおく。

 ヒマリが到着する頃、機械に投入した麦の脱穀もほぼ同時に完了した。

 トマトや大豆も、何の気なしに鑑定してみたらとんでもない効果があることが発覚したしな。

 似たような育成プロセスで育てているんだし、この麦にも何か特殊な健康効果とかないか、一応鑑定して見ておこう。


「鑑定」


 スキルを発動すると……このような鑑定文が表示された。 


 ———————————————————————————————————————————

 ●スーパーローグリセミックウィード

 GI値が極めて低い麦。この麦由来の糖質はインスリンを必要とせず自発的に細胞に吸収されるため、通常の麦に比べて血糖値の上昇を大幅に抑えることができる。糖尿病の人でも気にせず摂取しまくれる数少ない炭水化物。余談だが、味も最高品質

 ———————————————————————————————————————————


 思った通り、この麦にも特殊な健康効果がついてきていた。

 何か病気が治るとかいうわけではないが、糖尿病の人でも際限なく食べられる炭水化物ってのはまた別の角度から反則じみた食材だな。

 そして例によって、「味も最高品質」はまた余談扱いされている。

 糖尿病でもなんでもない俺にとっては、むしろそここそ一番重要なわけだが……。



 一旦、計量も兼ねて麦を全部アイテムボックスに入れてみる。

 すると麦のアイコンの上には、「7.3t」という数字が添えられた。

 麦って普通平均で1ヘクタールあたり5トンくらいしか採れないはずなので……量のほうも、結構優秀だな。

 7トンはそのまま売りに出して、300キロはいろいろ作るのに使うとするか。

 醬油やビールなんかも、一人で使いきれそうにない分は売りに出してもいいかもしれない。


 そんなことを考えながら、俺は工場の二階部分へと階段を上がっていった。

 ようやくこれから、加工開始だ。



 まずは、小麦粉。

 とりあえず、30キロくらい作ってみるか。

 製粉後に30キロちょいを目指すとして……31キロくらい投入しよう。

 などと考えつつ、アイテムボックスから取り出す量を指定する。

 投入口に入れたらあとは仕上がりまで全自動なので、これで小麦粉に関しては完了だ。


 次は三階に上がって、醤油。

 手持ちの塩の量的に、あまり多くは作れないので……とりあえずお試しということで、15リットルくらい作る想定で材料を入れていくとしよう。


 小麦2.7キロ、大豆2.7キロ、塩2.4キロ、種麹、水6リットルほどを、それぞれの投入口に入れる。

 これであとは、仕込みの工程が終わるまで放置だ。

 それを待っている間に、四階に上がってビールの準備をしよう。

 ヒマリが採ってきてくれたホップの分量的に……100リットル分くらいは行けそうだな。

 俺は小麦4キロ、ホップを採ってきてもらった分全量、イースト、水100リットル近くをそれぞれの投入口に入れた。


 ちなみに醤油やビールの原料の水は、水魔法で自分で生成している。

 俺のINTの場合、蒸留水にほぼ近い純度の水が生成されるため、汲んだり買ったりするより質のいい水が手に入るからだ。

 材料の投入が終わったところで……横で見ていたヒマリがこう呟いた。


「これ……ほんとにもう、投入したらあとは全自動で完成を待つだけなんですか」


「ああ、そうだ」


「なんでマサトさんがやると、ちょっとした創作料理のためにいちいち革命レベルの設備が登場するんでしょうね……」


 ……まあだって、別にこういう工程は楽してすっ飛ばしたいからな。

 方法がないならまだしも、特級建築術なんて便利なスキルがあれば普通こうするだろ。


 とはいえ……一応全工程を自動でできる設備が整ったこの工場ではあるが、実は今日のところは一部の工程に手を加えるつもりだ。

 それは、熟成の工程だ。

 これを全自動で待っていたら、実際に醬油にありつけるのが一年後とかになってしまう。

「人生リスタートパッケージ」の中にこの工程の短縮に使えそうな良い魔法があったので、今回はそれを使おうと思っているのだ。


 まあそれをやるにしても、仕込みの段階が終わるまでは待たなくてはならないのだが。

 というわけで、俺たちは一旦畑に戻った。

 収穫が終わった畑を整地し、次の作物を植えられる状態にするためだ。


「ドライアドの還しの雨」での整地が終わったところで、俺たちは再度工場に戻る。

 その頃には、三階の醤油工場の仕込みのプロセスは完全に終わっていた。

 出来上がった醤油麴のうち1リットル程度を、滅菌済みの容器に取り分ける。

 そして……俺はその1リットルの醬油麴に向けて、一つの魔法を発動した。


「時空調律」


 時空調律──対象物の経過時間を、自由に変更することができる魔法だ。

 この魔法は、時間の流れを遅くする方に使えば落石を完全に停止させたりもできるし、今のように時間の流れを早める方に使えば、1年間の熟成期間をすっ飛ばすような使い方もできる。

 魔法発動から少しすると……醬油麴の色は、みるみる黒く、醬油らしい色へと変化していった。


「え、あ、あの……今時空調律って聞こえた気がするんですが……」


「ああ。そのスキルを使っているぞ」


「じ、時空調律を……食べ物の熟成に使ってるんですか!?」


「ああ、そうだが。それがどうかしたか?」


「いや、そのスキル……ワタシが知る限りだと、年単位の時間をすっ飛ばすのに使えるようなスキルではなかったはずなんですが……」


 ……そうなのか?

 俺とて使ってみるのは今回が初だが、やってみたら何となくいけそうなので、そういうスキルなんだなと思っていたのだが。

 などと思っていると、続けてヒマリはこう言った。


「てか、そんなぶっ飛んだ時空調律ができるならもはや成長促進剤必要ないですよね」


「いや、実はそういうわけでもなくてな……」


 正直、俺もスキル一覧を見ていて時空調律が目に留まった時には同じことを考えた。

 だが俺には、何となく成長促進剤には時空調律にはないメリットがあるような気がして、その点について少し考察してみた。

 そこでまず思い至ったのは……「植物の成長を加速させる」ことと「植物自体の時間経過を早める」ことの根本的な違いだ。

 前者の場合、具体的なメカニズムはよく分からないが、とりあえず成長促進剤を撒いとけば良質な作物が得られることが経験上分かっている。

 が、「植物自体の時間経過を早める」ことでそれを再現しようとするとどうなるか。

 本来、植物を育てる過程では水やりや追肥など、定期的な環境調整が必要になるわけだが……そういったことを挟まずにただ時間だけを進めれば確実に作物の質は悪くなるだろうし、というか最悪枯れてしまうだろう。

 他にも土地が急激に痩せたりと、何かと弊害がたくさん出てきそうな気がする。


 もちろん、「土地ごと一週間時間を進めて水やりをし、また一週間進めて水やりと追肥をし……」みたいにこまめに調整すれば、成長促進剤使用時と同じクオリティを出すことも可能かもしれないが。

 どうせ成長促進剤自体入手難易度は低いんだし、そんな手間を考えるくらいなら成長促進剤でいいじゃんって結論にもなる。

 醬油麹の熟成のような、純粋な放置期間を短縮するにはいいが……定期的な手間を加えるプロセスが必要になる物に対する時空調律は、実は思っているほど便利じゃないだろう。

 そんな理由から、俺は今後も作物の育成には成長促進剤の方を採用するつもりだ。


 ただまあ……「残り一週間で収穫できるのに!」みたいな中途半端なところで成長促進が終わってしまった時とかは、最後の一押しをもう1クール待つのではなく時空調律で代用する、みたいな使い方はアリかもしれないな。

 たとえば以前の、一回目の成長促進剤散布後のトマトのような状況の話だ。


 などと思っている間にも、一年分の時間が経過したようだ。

 あとは圧搾と火入れをしたら完成だな。


 出来上がった熟成醬油麴を、圧搾機の投入口に放り込む。

 しばらくすると、出口から生醬油(火入れ前の醤油)が出てきた。

 本来は醤油を長持ちさせるために、この後火入れという工程を経て醬油内の微生物の活動を止めるのだが、生醬油には生醬油特有の風味というものがある。

 どうせアイテムボックスに入れてれば時間経過による劣化はしないんだし、100ミリリットルくらいは生醬油として楽しむために取っておこう。


 その分を取り分けると、俺は残りの生醤油を熱処理の装置に入れた。

 そして30分くらい煮込むのを待っていると、醤油が完成した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る