第29話 捌いてもらって塩も作った

「お、おいおいおい……このイカって……」


 店長と思しき人は、おそるおそるクラーケンに手を伸ばす。


「青みがかった耳……琥珀色の目……間違いねえ」


 彼はそう続けると、こちらの方を向いた。


「あんた……コイツはクラーケンじゃねえか!」


「そうだが……これも捌いてもらえるのか?」


「こんなもん、いったいどうやって手に入れたんだ?」


 質問に質問で返され、会話が成り立たない。


「そのマグロを取りにいった時に、たまたまその場にいたから獲ったんだ。空中に放り投げてからチョップして神経締めしてきた」


「放り投げてって、素手で戦って倒したってことかよ……。お前本当に人間か?」


 かと思えば、そんな疑いの目をかけられた。

 そんなことより、捌いてもらえるかどうかを知りたいのだが。


「入手経緯は一旦置いておいてだ。捌いてもらえるかどうかを聞きたいのだが……」


「……おうすまん、とんでもねえ獲物だけについ気が動転しちまってな。結論から言うと、全くもって構わねえぞ」


 再度聞き直すと、クラーケンの処理も快諾してくれた。


「通常だったら、巨大イカは臭みとえぐみが凄くて食えたもんじゃねえから、どこに持ち込んでも断られるもんだがな。クラーケンだけは例外で、小さいイカと同様にうめえんだ。こいつも切り身の一部で手数料はまけてやるぜ」


 条件についても、マグロと同じにしてくれるようだ。


 普通は巨大イカって、臭みとえぐみがすごいのか。

 そういえば確か、ダイオウイカは塩化アンモニウムを大量に含むから食えない、とかテレビで見たことがある気がするな。

 たしかその理由って、浮力の調節のために蓄えているとかだった気がするので……もしかしてクラーケン、魔力で移動できるから塩化アンモニウムがいらないとかなんだろうか。


 などと考察していると、彼はこう続けた。


「あと残りは、ワカサギとアジか。ま、珍しいモンを持ち込んでくれたお礼だ。オマケでこいつらも捌いてやろう」


 ラッキーなことに、ワカサギとアジについてはタダでやってくれるようだ。

 処理が完了するまでの間、俺は二人の店員の作業をずっと見ていることにした。


「マサトさんどうしたんですか? そんなにボーっとして」


「手際の良い魚介の処理って、見てて気持ちいいからな」


 ドラゴンにこの感覚が分かるかは定かではないが、まあそういうもんなんだよな。

 俺も前世では、たまに魚捌き系動画配信者の動画とかを見ていたもんだ。

 しばらくすると、全ての処理が終わったようで、店長と思しき人の方が声をかけてきた。


「あいよ、これで完了だ。切り身はこれくらい頂きてえところだが……いいか?」


 そう言って彼が指したバスケットには、マグロとクラーケンの切り身が全体の10%ほど入っている。


「ああ、大丈夫だ。店の繁盛に役立ててくれ」


 そう返しつつ、俺は残りの九割及びワカサギとアジの切り身を収納した。

 この屋台が入荷先を決めていると聞いた時はクラーケンをどうしたものかと思ったものだが、結果的に現金要らずで済んで助かったな。


 用が済んだので、俺とヒマリは市場を後にすることにした。

 帰る前に、一旦途中で海に寄ることにする。


「じゃあ次は……海の上まで運んでくれないか? 魚を獲るわけじゃないから、ヴィアリング海とかじゃなくて近場の海でいい」


「いいですけど……何するんですか?」


「塩を調達しようと思ってな」


 刺身を食べようと思ったら、やっぱり醤油がいるからな。

 そして醤油を作るためには、原材料として塩が必要になる。

 せっかく海の近くまで来たので、それを調達しておこうというわけだ。

 別に買ってもいいのだが、人生リスタートパッケージの中には「超級錬金術」なるスキルもあったしな。

 これを使えば、塩を簡単に抽出できる……ような気がするのだ。

 まあこれとばかりは、やってみないと分からないが。


 海に着くと、早速俺は海水めがけて「超級錬金術」を発動してみた。

 なんとなくスキル名が特級建築術と似てるので、これもイメージしたものができるタイプのスキルかと思い、海水から塩化ナトリウムのみを抽出するイメージを頭に思い浮かべる。

 すると……徐々に徐々に、塩の結晶だけが俺の手の方へと引き寄せられてきた。

 両手に乗せきれないほど集まってくるので、対物理結界を敷いてそこに集めていく。

 結構山盛りになったところで、俺はスキルの発動を止めた。


 アイテムボックスに入れると、「5.57」と表示された。

 おそらく5.57キロ手に入ったということだろう。


「……まさかマサトさん、塩を錬金術で抽出するために海まで来たんですか?」


 一連の様子を見ていたヒマリが、そんな質問を投げかけてくる。


「ああ、そうだが」


「錬金術って、塩代をケチるために気軽に使うようなスキルじゃないはずなんですがね……。ま、マサトさんなので平常運転ですが」


 どこか呆れたように、そんなことを呟くヒマリ。

 ……振り込みまでにラグがあるもんばかり売ってて手持ちの現金が乏しいんだからしょうがないだろ。

 それともまた、鱗一枚もぎ取って売ってもいいとでも言うつもりか?

 あ、でも代謝寸前の逆鱗じゃなきゃドラゴニウム含有量に期待ができないか。

 そんなどうでもいいことを考えつつ、俺はヒマリに乗って家まで帰ることにした。

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