第10話 レベチな農耕——②

 アイテムボックスから取り出したパンを食べていると……ドラゴンが、こんなことを言いだした。


「そういえば……ワタシたち、未だに名前すら知らないんですよね。そろそろワタシもいつまでも『ドラゴン』とか種族名で呼ばれるのもアレなので、自己紹介しませんか?」


 確かに……言われてみれば、出会い方がアレだったばっかりに、自己紹介とかすっぽり頭から抜けていたな。

 もはや敵対することはなく、完全に仲間になってくれてるんだし、俺も名前を教えた方がいいのかもしれない。


 だが……このドラゴンの名前なら、俺は既に知っている。


「実は、鱗を収納する時にたまたま知ったんだが……お前の名前って、神代の紅蓮竜だよな?」


 俺は「収納」を初めて発動した時、脳内アナウンスで流れたその名を口にした。

 しかし、その名を耳にしたドラゴンはといえば、困惑するかのように羽で顔を覆ってしまう。


「あの……それ、確かにワタシの名前ではあるんですが、貴方にだけはそれで呼ばれるの恥ずかしいんですよね……」


 なぜかこのドラゴン、俺に「神代の紅蓮竜」の名で呼ばれるのは嫌なようなのだ。

 ……俺が人間だからだろうか。

 確かに、立場を逆にして考えれば、俺がこのドラゴンに「将人の日本人」とか呼ばれるのと似たようなもんだよな……。


「……他に名前があるのか?」


「いえ。ワタシはその名前でしか呼ばれたことがないので……何か適当に、良さそうだと思う名前を付けていただければと」


 ……自己紹介なのに、俺に「名前を付けてくれ」とは何事だ。

 そう心の中でツッコんでしまったが、まあ他の呼ばれ方をしたことが無いというのであれば、まあ致し方ないのだろう。


 というわけで……しょうがないので、このドラゴンに合いそうな名前を何か考えることにする。


「そうだな。ドラゴンだし……ドラ……ドラ……。……『エモン』とかどうだ?」


 何となく某国民的アニメを連想してしまった俺は、適当にそんな提案をしてみた。


「いや、あのですね……すみません。伝え忘れてたんですけど、ワタシ女の子なんでもう少しかわいい名前がいいです!」


 しかし、「エモン」は嫌がられてしまった。

 というかこのドラゴン、女の子だったのか。

 名付けを頼んどいて断るなよと思わなくもないが……まあ俺としても女の子を「エモン」と呼び続けるたくはないので、別の名前を考えるとしよう。


 確か……去年の冬頃SNSのトレンドで見たのだが、女の子の名前ランキング一位って「陽葵」だったよな。


「じゃあ、ヒマリでどうだ?」


「珍しい響きですけど、良い名前ですね! そっちの方が断然素晴らしいです!」


 ということで、このドラゴンは今度からヒマリと呼ぶことに決まった。


「ところで……貴方の名前は?」


「新堂将人だ。マサトとでも呼んでくれ」


「分かりました、マサトさん!」


 などと会話を続けていると、俺は昼食を食べ終えてしまった。

 というわけで、早速種まきに入るとしよう。



 アイテムボックスから種の入った二つの袋を取り出すと……俺はそれらを地面に置いた。

 まずは、トマトから植えていくとするか。

 そう思い、俺は数粒種を取り出す。


 が……その時、俺はふと名案を思い付いた。


 もしかして……DEXが無量大数もあれば、「適当に種を投げたら、然るべきところに全ての種が飛んでいく」みたいなことができたりするんじゃないだろうか?


 もしそれが可能なら、種を一つ一つ埋めていく手間が省けるので、種まきも一瞬で終えられることになる。

 まあ、そんなに上手くいくとは思えないが……少なくとも、試してみる価値はあるだろう。


 というわけで、俺は手に持っている種を、天高く放り投げてみた。

 投げる瞬間……なぜか俺は、何らかの力が働いて手首を捻ってしまう感覚を覚えた。


 かと思うと……次の瞬間、目を疑うような出来事が起こった。

 途中までは、ただ放物線を描くかのように飛んでいた種が……まるで各々所定の位置を分かってでもいるかのように、軌道を変えて等間隔に畝の中心線上に落ちたのだ。


 全部の種に回転をかけ、それぞれの軌道を調整するような変化球にでもできたということか?

 よく分からないが、とにかくこの放り投げる作戦が上手くいくということだけは、確かなようだ。


「これは……楽だな」


 思わぬ発見をした俺は、楽しくなって次々と種を投げていった。

 その様子を見て、ヒマリがこう呟く。


「何なんですかその投げ方……。なんか種の軌道が気持ち悪いんですけど!?」


 確かに、傍目からは不気味に見えるだろうな。

 などと思っているうちに、いつの間にかトマトも大豆も、両方の種を全部撒き終えてしまった。


「ていうかよく見たら、全ての種が回転の力で2センチくらい地面にめり込んでるじゃないですか! マサトさん、なんでそんな謎な技術まで超一流なんですか……」


 一方、ヒマリは呆れたようにそう続ける。


 ……DEX極振りの矜持を傷つけてしまったなら、少し申し訳ない。

 が、時短の為なら自重などしていられないのだ。


 とにかく、これであとは水やりを残すのみだ。

 こればっかりは誰の力も借りようが無い(ヒマリにやらせようと思っても、そもそもそんなでっかいジョウロ無いし)ので、俺は共用のジョウロがあるところまで歩いていこうとした。


 と思ったのだが、そんな時……ドライアドたちが、こんな提案を口にした。


「みずやりなら、わたしたちにまかせてよー」

「ボクたちがいのって、あめふらせるよー」


 俺の思考を読み取りでもしたのか……彼女らは、祈りで雨を降らせるなどと言いだしたのだ。


 確かに……ドライアドという妖精の役割を考えれば、そういうことができてもおかしくはないのか。

 それは流石に盲点だったな。


「じゃあ、頼んだ」


「「「はーい!」」」


 俺が頼むと、ドライアドたちはそう返事してから、手を合わせて祈り始めた。


 すると……上空に、ちょうど俺の畑の区画だけに雨を降らせるようなサイズの雲が出現する。


「ふっ……あんなあからさまな雲があるかよ」


 シュールな光景の思わず噴き出してしまう中、雨が降り始めた。


 ……そういえば、ああいう不思議なものを調べるスキルって、何かあったりするんじゃないだろうか。

 ふとそう思い俺は、スキル一覧を確認してみた。


 すると……カ行に「鑑定」とかいう、モロにそれっぽいスキルが。


「鑑定」


 雲に向かってそう唱えると、目の前にステータスウィンドウとは別のウィンドウがもう一つ出現した。

 そしてそこには、こう書かれていた。


 ———————————————————————————————————————————

 ●ドライアドの恵みの雨雲

 ドライアドが祈りを捧げることによってしか出現しない、奇跡の雨雲。

 この雲から降る雨は、植物の特性を強化する。

 ドライアドに特定の植物を優遇する意思がある場合、対象外の植物や害虫は全滅する。

 ———————————————————————————————————————————


 どうやらあの雨は、様々な特殊効果があるらしいことが分かった。

 薬草とかならともかく、野菜の特性を強化してどうなるのかは不明だが……それはさておき後半の部分に関しては、雑草や害虫に悩まされなくなるんだとしたらメチャクチャ便利だな。


 土全体がいい感じに色が変わったところで、ドライアドたちは祈祷をやめ、それに伴い雨も止んだ。

 なんかみんなの協力のおかげで、全工程凄いスピードで終わってしまったな。


「ありがとうヒマリ、そしてドライアドたち。ヒマリは今日はもう帰っていいぞ」


「了解です! また用があったらいつでも呼んでくださいね〜」


 俺はヒマリと一匹のドライアドを見送り、アパートに戻ることにした。

 ……もしかして俺、やることってもう収穫だけになってるんじゃないだろうか。

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