第53話 稲の品種改良1

 翌朝。

 残り150ヘクタールを拡張するための浮遊大陸への魔力注入だけ済ますと、早速俺は品種改良に向けて動き出すことに決めた。


 まずやってみようと思っているのは、もちろん米を作ること。

 この世界に生えているイネ科の植物から出発して、日本で食べていたようなうるち米に到達することが目標だ。

 そのためには、まずは適当な――といってもある程度日本の米に近いイネ科イネ属の植物を探すことから始めないといけない。

 確か野生の稲って、熱帯の河川の中流域とかに生えてるんだったよな。


「ヒマリ、熱帯にある大きな川の位置とか知ってるか?」


「熱帯の……川ですか? いくつか知ってますけど、それがいったい……」


「ちょっと連れて行ってほしいんだ。探してる植物があってな」


「そういうことですか。分かりました!」


 良さげな川をヒマリが知ってるみたいなので、乗せていってもらうことにした。


「ちょっと遠いんで、ワタシの全力だと四時間くらいかかっちゃうんですけどどうします? 例のバフがあればもうちょっと早く着きますが……」


 そういえばそうか。

 今まではヴィアリング海とかヒマリのお母さんのとこに行く時、愚直に四時間かけてたが……よく考えたら、定時全能強化を使えばそれを短縮できるな。


「そうだな。バフをかけてから行くとしよう」


 アパートを出て、ヒマリにドラゴン形態になってもらった後、定時全能強化をかける。

 それから約三十分の空の旅が始まった。

 飛んでいる間、俺は現地に到着したらヒマリにも稲探しを手伝ってもらえるようにと思い、稲のスケッチをした。

 それが終わってしばらくすると目的地に到着したので、俺はヒマリから飛び降り、ヒマリには人間形態に変身してもらった。


「探してる植物って、どんなのなんですか?」


「こんな感じだ」


「りょーかいです……。探してみましょう!」


 飛行中にスケッチしていた絵をヒマリに渡すと、俺たちは手分けしてそれっぽい植物を探し始めた。

 十分ほどして、ヒマリから声がかかった。


「マサトさ~ん! こっちで~す!」


「どれどれ」


 ヒマリの呼ぶところへ行ってみると……確かにそこには、稲っぽい見た目の植物が。


「鑑定」


 とりあえず鑑定してみると、こんな文が表示された。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ●Oryza Naturale

 雑草の一種。デンプンを含む実を実らせる。食用。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……ドンピシャだな」


 鑑定結果を見て、思わず俺はそう呟いた。

 これが求めていたイネ科の植物なのは一目瞭然だ。


 名前からして「Oryza」というのがもうイネの学名だし、「デンプンを含む実を実らせる」という部分も米の特徴と完全に合致する。

「雑草の一種」との表記はあるが、これはおそらくこの世界ではまだ人が活用していない植物だからそのような説明になっているだけだろう。

 これをベースにシルフの力で品種改良してやれば、良い感じに美味しいお米が作れるようになるはずだ。


「この草、どうでした?」


「バッチリ求めてたものだ。集めるの、手伝ってくれないか?」


「もちろんです!」


 俺はヒマリと共にざっとその辺に生えてるOryza Naturaleを収穫(サンプル採取と言う方が近いか)しまくっていった。


「……もうこんだけ集まれば十分だな。家に帰ろう」


「りょーかいです!」


 二人でも両手に抱えきれないくらいのOryza Naturaleの束をアイテムボックスにしまうと、ヒマリに定時全能強化をかけ直す。

 そしてまた三十分かけて、自宅に帰った。



 さあ、じゃあここから肝心の品種改良だ。

 まずは下準備として、どんな方向性で品種改良するかの方針を立てるためにも、現状この稲から取れる米がどんな味わいなのかチェックしておこう。


 浮遊大陸にて、俺は一合分の米が取れそうなくらいのOryza Naturaleの苗を取り出すと、それらを地面に植えた。

 一旦、シルフの恵みの雨の効果は抜きにした純粋なこの稲のポテンシャルが見たいので、成長促進剤は水魔法に混ぜる形で撒くことにする。

 一瞬にして稲は大きく成長し、米っぽい感じの実を実らせた。


 見た目の感想としては……粒が小さいな。

 あとなんかちょっと細長い気がする。

 米といえば米なのだが、日本人が見慣れているものとはだいぶ違う、といったような印象だ。


 あとは味がどうかだな。

 稲穂を収穫し、アイテムボックスに入れると、俺は工場に移動した。


「特級建築術」


 そして俺は7階を増設し、そこを脱穀・精米施設とすることにした。

 機械に穂を投入し、しばらくすると、精米された白米が出てくる。

 アパートに移動すると、アイテムボックスを使って一合を量り取り、鍋でご飯を炊いてみた。

 それを口に運んでみると……。


「……まあやっぱり、こんなもんだよな」


 まず最初に思ったのは、かなりぼそぼそしているということだ。

 あと日本の米と大きく違う点として、弾力や粘り気といったものが一切無かった。

 食べれなくはないのだが、積極的に食べようとも思わないライン。

 雑草扱いなのも妥当って感じだな。

 改良の方向性は、「粒を大きくかつ丸くし、ふっくら炊きあがるようにする」というので良さそうだ。

 そうと決まれば、早速シルフに頼もう。


「この稲……品種改良してもらえるか?」


 アイテムボックスから新たな苗を取り出しつつ、俺はそう言って部屋でくつろいでいるシルフたちに話しかけた。


「「「いいよー!」」」


 シルフたちからは、元気な返事が返ってくる。


「この稲の実なんだが、粒は若干大きく、そして丸く、あと炊いた時ふっくら炊きあがるようにして欲しい」


 俺はそう言って、シルフたちに具体的な要件を伝えた。

 が、しかし……そうするとなぜか、シルフたちはみんな困ったような表情になってしまった。


「それってどうすればいいのー?」


「それじゃわからないよー」


 ……どうすればいいか分からない?

 いったいどういうことなんだそれは。

 もしかして、こんな指示じゃ曖昧すぎるのか。


「あー……じゃあどうすれば品種改良ってできるんだ?」


 とりあえず、俺はそう聞いてみることにした。

 すると、うち一体がこう答えた。


「えんきはいれつ、どうしてほしいかいってくれたらかえるよー!」


 答えは……俺の想定の斜め上を行っていた。

 塩基配列……だと?

 それって要は、遺伝情報を決定付けるDNAの二重らせん構造の中身を言えってことだよな。

 そんな厳密な指示じゃないと品種改良ってできないもんなのか……?


 困ったな。

 もうちょっと詳しく条件してほしいとかその程度であれば、例えば「ふっくら炊きあがるように」を「アミロース含有量を減らしてアミロペクチン含有量を増やしてくれ」などと言い換えることで対応できたかもしれない。

 しかし塩基配列となると、まさか「n番目のアデニンをグアニンに変えてくれ」などと指定していくわけにもいかないので流石にお手上げだ。

 これは品種改良を諦めるしかないのか――。


 別に品種改良までせずとも、恵みの雨を用いて育てるだけでもある程度品質は良くなるだろう。

 とはいえ、それだけで日本の米と遜色ないものが出来上がる保証は無い。

 美味しいご飯が食べれるというのは、夢のまた夢だったのか。


 一瞬、俺はがっかりしかけた。

 が、その時、俺はふと一つ希望を見出した。


 ……いや待て。よく考えたら、シルフたちの要求通りの方法で品種改良を成功させられるかもしれない方法が一つあるぞ。

 こんな時こそ、超魔導計算機を使うのだ。

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