第9話 レベチな農耕――①
農業ギルドを出た俺は、住宅用の不動産屋に寄り、これから住むための部屋を借りた。
今回借りたのは、居住区の範囲内で一番外側に位置するアパートだ。
どうせ、今後の主な仕事場となる畑は郊外に存在するんだからな。
街の中心部の物件を選ぶより、少しでも家賃を下げることを考えた方が良いと思い、そんな選択をしたのである。
不動産屋で契約を交わしたり何だりしていると夕方になってしまったので、農作業は明日からやることに決めた。
夕食を食べ、全身に浄化魔法(この地域には風呂の文化が無いらしかったので、代わりにそれっぽいことができそうなスキルで済ませた)をかけると、ドライアドの通信でドラゴンと軽く打ち合わせをする。
明日の集合時間や当日の流れなどを一通り説明すると……俺は夜更かしはせず、すぐ眠りについた。
◇
そして、次の日。
体感で朝十時くらいの時間に……俺は、自分がレンタルした区画の農地に到着した。
ちなみにドラゴンは、あと十分くらいで到着するらしい。
別にこれはドラゴンが遅刻しているわけではなく、俺の方がちょっと早めに着いてしまっただけである。
待っている間、暇なので昨日の出来事でも思い出していると……ふと俺は、一つのことに思い立った。
それは、「もし可能なら、ドラゴンの姿を隠した方がいいんじゃないか」ということだ。
昨日の門番の反応からするに……一日中ドラゴンが畑にいると、ビックリする目撃者が出てきてもおかしくはない。
最悪の場合、誰かが討伐にやってくる、みたいな面倒事も起きないとは言い切れないだろう。
だがそこで、例えば俺がテイムしたドライアドのように、ドラゴンも他人から見えなくできたら……余計な心配をしなくて済むのではないか。
そう思ったので、俺は「人生リスタートパック」のスキル一覧に、それっぽいスキルがないか探してみることにしたのである。
すると……俺は、ちょうどそのためにあるんではと言いたくなるようなスキルを見つけられた。
それは、「隠形」というスキルだ。
昨日ドライアドと色々試して分かったことなのだが……俺の魔法は、どうやらドライアドを通じて発動することも可能らしい。
つまり、俺がこのスキルを、ドラゴンの元にいるドライアド経由で発動してやれば……ドラゴンを、他人からは見えなくすることができるのではないか。
「リモート発動――隠形」
そんな仮設のもと、俺は「隠形」のスキルをドラゴンのもとに転送しておいた。
それから十分くらい経つと……。
「着きました!」
突如として、何もないところからそんな声が聞こえてきた。
声の主はどこにも見えないが……聞き覚えのある声だし、何より原因は間違いなく自分なので誰なのかは分かる。
「これで見えるようになるか……? 視力強化」
声の主を見れるようになるため、俺はあらかじめ探しておいたスキルを一つ発動した。
それにより、俺の目の前に、既視感のある巨大なドラゴンが出現する。
……うん、「隠形」は期待通りの効果の魔法だったみたいだな。
それを確かめるため、「視力強化」はあえてドラゴン到着までしないでおいたのだが、全てが大正解だったというわけだ。
「おはよう。……一旦お前に乗りたいから、高度を下げてホバリングしつつ尻尾を地面につけてくれ」
早速俺は、見えるようになったドラゴンに、そう指示をだした。
ドラゴンは速やかに指示通り動いてくれたので、俺は彼によじ登り、頭頂部まで移動する。
「じゃあ、もう一度高度を上げてくれ」
「はい!」
ドラゴンが高度を上げると……農地全体を上から見下ろせるようになる。
「発光」
そこで俺は「発光」というスキルを発動し、指からレーザーポインターのようなビームを出すと……ドラゴンに説明を始めた。
「見えるか? 今俺が光で囲ったところが、俺の農地だ。だから今日は、この範囲内だけで作業をしてほしい」
そう。俺がドラゴンに乗ったのは、俺がレンタルした区画を視覚的に説明するためだ。
ちなみに昨晩色々試した結果、INTとかSTRとかの値は各ドライアドとのシンクロ率の調整で変えられることが分かっていて、VITとDEX以外は1億くらいに落としているのでドラゴンが失明する恐れはない。
それだけが目的だったので、ドラゴンが範囲を理解すると、俺は地面に飛び降りた。
「最初は土作りからだな。……今指定した範囲内の土を、適当に混ぜっ返してくれないか?」
「お安い御用です!」
次の指示を出すと、ドラゴンはその爪で勢いよく(しかし他の区画に迷惑をかけない程度には丁寧に)土を掘り返し始めた。
そして10分もすると……土は、これでもかというくらいきめ細かくなる。
「ありがとう、もう十分だろう。……例の物は、持ってきてくれてるか?」
「はい、もちろん!」
そろそろ潮時だと思った俺は、ドラゴンに頼んでいたものを取り出してもらうことにした。
ドラゴンは、地面から少し浮き上がると……前脚を天高く掲げる。
すると……上空に、巨大な空間の歪みの渦が出現した。
そう。ドラゴン版の収納魔法だ。
収納空間からは、夥しい量の灰が降り注ぎ……俺の区画の畑に積もる。
これは、昨晩俺がドラゴンに依頼していたもの――酸度調整用の草木灰だ。
ドラゴン、ブレスが使えるからな。
人里から離れた草原を一つ焼き払って、その灰を持ってきてもらうことにしたのである。
「で……これ、混ぜればいいんですよね?」
「ああ」
ドラゴンは積もった灰と畑の土を、手際よく均一に混ぜていく。
その様子を、俺はただボーっと眺めていたのだが……そんな中、ドライアドたちがこんなことを言いだした。
「わー、さいこーのはいだー!」
「まりょく、たっぷりー!」
ドライアドたちの方を見てみると……彼女らは皆、灰を見て目を輝かせている。
「魔力たっぷりって、どういうことだ?」
「ドラゴンがやいた灰はね、まりょくがたっぷりこもってて、さくもつがそだちやすいんだよー!」
質問してみると、ドラゴンについていったドライアドがそう答えた。
ドラゴンブレス製の灰……そんな効果もあるのか。
そこまで見越して頼んだわけではなかったが、ちょっと得したな。
などと思っていると、5分くらいで、土と草木灰は完全に均一に混ざった。
近くに立っていた看板曰く、ここの土地は去年レンタルした人が堆肥を入れすぎたらしいので、土壌調整の作業はこれで終わりだ。
あとは、畝を作って種を撒くのみ。
「じゃあ、畝を作ってくぞー」
「畝って、あのニンゲンのハタケの波みたいになってるやつですよね? アレなら任せてください!」
そろそろ俺の出番かと思ったが……気合を入れようと背伸びをしながら呟くと、ドラゴンはそう口にした。
……ドラゴンに、畝が作れるのか?
あのどう見ても畝の幅とは比べ物にならないくらい巨大な爪で?
一瞬、半信半疑になった俺だったが……実際にドラゴンが作業を始めると、ドラゴンが言っている意味が分かった。
ドラゴン……爪を斜めにしたりと工夫をこらし、微調整を繰り返しながら、真っ直ぐで綺麗な畝を形成しだしたのだ。
それもただ繊細で丁寧なだけではなく、スピードも全体を3分で済ましてしまうほどの手際の良さだ。
「これでどうですか?」
「……完璧だ」
ドラゴンの爪でこの作業をするのは……人間が精密機械の回路を作ったり、裁縫をしたりするより遥かに難易度が高いだろう。
それをこうも軽々とこなすなんて……もし俺にこのドラゴンのステータスを見ることができたとしたら、そのステータスはDEX極振りになっているに違いない。
たとえ中二病だろうと、ただ戦闘能力が高いだけのドラゴンよりは、コイツの方がよっぽど役に立つな。
この世界に来て最初に知り合ったドラゴンがコイツだったのは、間違いなく感謝すべきことだろう。
「ちょっと早いけど……キリがいいし、昼飯にするか」
まだ11時台とかだろうが……俺は農作業を一旦中断し、収納してきた昼食を食べることにした。
食べ終わったら、いよいよ種まきだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます