第24話 環境調節が整った

 ヒマリは畑の真上で静止すると、人間の姿に変身しだす。

 その間に、俺はアイテムボックスからアルティメットビニルハウスを取り出すことにした。


「アイテムボックス」


 ビニルハウスのアイコンを押し、「取り出し」を選択すると……目の前にそれが出現する。

 それとほぼ同時に、人間の姿への変身が完了したヒマリが、地上に降りてきた。


「それが例の『なんでも育つビニルハウス』ですね」


「ああ」


「さっそく組み立てましょう!」


 張り切ってそう言うヒマリだったが……いざ組み立てようと思ったその時、思いがけない現象は起きた。

 ——ビニルハウスが自動展開し、あっという間に組みあがったのだ。


「……思った以上に便利なようだな。早速、アルヒルダケの植え付けを始めるか」


「はい!」


 というわけで俺たちは、次の段階に入ることにした。



「ところで……アルヒルダケの芽胞は用意できてるんだろうな?」


 まず俺は、ヒマリにそう質問をした。


 いくらアルヒルダケを育てたくても、種駒が無いとどうしようもないからな。

 芽胞はそこら中にあるって話だったし、当然用意してきてくれていることだろう。


「アルヒルダケの芽胞ですか? でしたら、そこらじゅうに落ちていると思いますが……ほら、これとか」


 しかしヒマリはその質問に対し、キョトンとしながら小石を一つ拾い上げ、そう言った。


 ……どうやら、「そこらじゅう」の規模が俺の想定とは違っていたようだ。

 そんな、子供がよく遊ぶ公園のBB弾みたいなノリで、サクッと見つかるもんだとはな。


「……その小石に付着しているのか?」


「はい! 二個ほど」


 とはいえ……ドラゴンであるヒマリはともかく、俺には肉眼でアルヒルダケの芽胞を見ることはできない。

 そこで俺は、あるスキルを発動することにした。


「顕微」


 黒豆を鑑定した時、ついでに俺は「望遠」スキルを持っていないか探したのだが……探した結果、「望遠」は人生リスタートパックに入っていることが分かった。

 であれば、おなじレンズ系統のスキルとして、微小なものを見るためのスキルもあるのではと思ったのだ。

 そう思って探してみると、確かにスキル一覧のカ行に「顕微」というスキルがあった。


 これが思ったとおりのスキルなら、アルヒルダケの芽胞が見えるようになるはずだ。


 すると……確かに俺の目には、小石の表面がまるで顕微鏡で観察したかのように拡大されて見えた。


「鑑定」


 そしてその表面に付着している菌のうち、表面を固く閉ざしているように見えるものを鑑定すると……こんな説明文が表示された。


 ———————————————————————————————————————————

 ●アルヒルダケ菌(芽胞)

 生育に適さない環境に耐久するため、芽胞の状態をとっているアルヒルダケ菌。

 適切な環境下においてやると発芽し、子実体(いわゆるキノコ)を形成する。

 ———————————————————————————————————————————


 適当に見当をつけたのが、どうやら正解だったみたいだ。


「確かにアルヒルダケ菌が見つかったぞ。これを培養すればいいんだな?」


「はい、お願いします!」


 ということで早速、俺はこの芽胞をビニルハウス内に入れ、育成することにした。



 鑑定画面を開いたままビニルハウス内に入ると……こんな脳内アナウンスが流れた。


<その菌を目標栽培植物に指定しますか?>


 どうやらここで「はい」と答えれば、アルヒルダケの栽培環境を調節してもらえるみたいだな。


「はい」


 そう思い、俺はビニルハウスに対してそう言ってみた。


<承知しました。環境を調節するので、外に出てしばらくお待ちください……>


 すると今度は、続いてそんなアナウンスが流れる。


 言われた通り、俺は小石を置いて外に出た。

 俺が外に出るや否や……一瞬にしてビニルハウス内はカオスになり、中で何が起こっているのか視認できないようになってしまった。


 アルヒルダケが育つ環境を構築するために、一旦中を初期化している、といったところだろうか。

 かなり特殊な環境にしないといけないみたいなので、しばらく時間がかかるかもしれないな。


「……そうだ。ちょっと買い物行っていいか?」


 そこで俺は、今のうちにできることを一つ思いついたので、ヒマリにそう言ってみた。


「何を買うんですか?」


「スポイトだ」


 アルヒルダケも、成長促進剤をかけて一気に育てたいところだが……今回は菌一個にピンポイントにかける必要があるからな。

 スポイトでもあると便利かと思ったのだ。


「じゃあ、ワタシも行きます!」


 というわけで、俺とヒマリは二人で園芸用品店に行き、スポイトを買ってきた。



 買って戻ってくると……ビニルハウス内の環境調整は終わっていたようだった。

 今のビニルハウス内は、紫色のガスが充満していて……ビニルハウス自体もパンパンに膨らんでいて、その周囲は少し熱くなっている。


 高温高圧、中は(人間からすれば)毒ガスで満たされているって感じか。

 なるほど、こんなところでしか育たないんだとしたら、この世で自生しているのを見つけるなんて不可能なわけだな。

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