第25話 順調に育つアルヒルダケ

「さーて、成長促進剤をかけていくか」


 そう言いつつ、アイテムボックスから成長促進剤を取り出していると……ヒマリが目を丸くしてこう言ってきた。


「え、この中に入るんですか!?」


「ああ。そうしないと成長促進剤をかけられないだろう?」


 アルヒルダケがどれくらいで育つものなのかは知らないが……まさか本来の成長時間を、律義に待つつもりなんて言わないよな。

 などと思いつつ、俺はそう聞き返した。


「それはそうですが、この中の環境はとても人間が生きられる環境じゃ……」


 するとヒマリはそこまで反論しかけたが、そこで一旦言葉を止め、こう続けた。


「……やっぱり今の発言は撤回します。マサトさんが耐えられない環境なんて無い気がしてきました」


 ……本人でもないのに何なんだその根拠の無い自信は。

 まあ俺自身、スキルで対策すれば環境への適応は可能だと思っているので、別に今回はいいのだが。


 とはいえ、一瞬でも心配されたとなると、俺の想定以上にビニルハウス内が過酷なんじゃないかって気にもなってくるな。

 一応ヒマリにも、できそうな対策を聞いてみるとするか。


「具体的にどんな対策をすればいいと思う?」


「そうですね……とりあえず、自動回復スキルの使用は必須だと思います。あとアルヒルダケの生育環境には酸素が一切無いので、呼吸をする意味はありません。息を止めておいてください」


 聞いてみると、そんな答えが返ってきた。

 自動回復スキルか……。

 人生リスタートパックのスキル一覧を、適当に探してみる。


 すると「オートキュア」という、それらしいスキルを発見できた。

 他にも「オートヒール」というものも存在するのだが、常識的に考えて毒状態からの回復はキュアの方だろうし、そちらを使うとしよう。

 あとそれとは別に、「HP強制ミリ残し」という生き残り系っぽいスキルも存在したので、保険でそれもかけておくことにした。


「オートキュア、HP強制ミリ残し」


 そう唱え、スポイトに成長促進剤を充填すると、大きく息を吸って止める。


「くれぐれも、ヤバいと思ったらすぐ引き返してくださいねー」


 ヒマリにそう言われながら、俺はビニルハウス内に入っていった。



 結論から言うと……ビニルハウス内の環境は、今の俺にはどうということはなかった。

 VITが高いからか、高温も日本の猛暑日ほどキツくはないし、高圧もプールでの潜水中程度に感じられるのだ。

 オートキュアに至っては、発動している感じもしない。

 唯一大変なのは紫色のガスで視界が確保しにくいことくらいだが、これも地面近くまで目線を落とせばどうにかなった。


「顕微」


 まずはアルヒルダケ菌を見つけるために、スキルで視力を強化する。

 しばらく地面を見回していると、俺はアルヒルダケ菌がついた小石を発見できた。


 その小石を少しだけ地面に押し込みつつ、スポイトに入った成長促進剤を、一滴また一滴とかけていく。

 すると……そのアルヒルダケ菌は、たちまち成長・肥大化しだした。


 そういえば……このかけ方だと、どのくらいの散布量でMAX三か月分成長が促進したか判別しづらいな。


「鑑定」


 試しに俺は、鑑定に状態とか表示されてくれないかと期待し、そう唱えてみた。

 鑑定スキルにそこまでの機能があるのかは知らないが……。


 ———————————————————————————————————————————

 ●アルヒルダケ菌

 生育に適した環境を得て、成長を続けるアルヒルダケ菌。

 いずれ子実体が完成すれば、特定の病気への特効薬となる。

 ※成長促進剤使用中。累計成長促進:2か月

 ———————————————————————————————————————————


 ……鑑定は、俺の願ったとおりの働きをしてくれたみたいだった。

 このアルヒルダケ菌は、あと一か月はクールタイム無しで成長させられるようだ。


 というわけで俺は、鑑定表示上の「累計成長促進」が3か月になるまで、成長促進剤をかけ続けた。

 そして俺はビニルハウスを出ようとしたのだが……その時俺は、思いがけないものを発見した。


 どうやら俺は、スキル「顕微」の効果が続いてしまっていたようなのだが……さっきのとは別のアルヒルダケ菌が見つかったのだ。

 それも一個や二個ではなく、計20個くらいだ。

 おそらく、ビニルハウスが立ったところの地面に、最初から存在していたアルヒルダケ芽胞があったということなのだろう。


 この使い方なら、いくらも成長促進剤減らないしな。

 せっかくだし、この20個も育てることにするか。



 ビニルハウスを出ると……俺はヒマリにこう質問した。


「ところでアルヒルダケって……どれくらいで子実体になるんだ?」


 一回の成長促進剤散布では、収穫できるには至らなかったからな。

 あと何回「クールタイム→散布」のループを繰り返す必要があるか知りたいと思い、そう聞いたのだ。


 するとこんな答えが返ってきた。


「一年と三か月くらいです」


 てことはあと4ループ……16日か。


「それならまた16日後に来てくれ。その時には収穫できるはずだ」


「そんなにすぐできるんですね! じゃあ調薬の準備をして待ってます!」


 収穫のめどを伝えると、ヒマリはこれまでにないくらいの笑顔でそう答えた。



 これで、アルヒルダケ関係は今日のところは全て終わり。

 あとは、後回しにしていた小麦の植え付けのみだな。


「今日はもうやる事ないから帰っていいぞ」


「……この後、ビニルハウスの無いところに別の作物植えるんですよね? どうせ暇なので、それだけ見て帰ります」


 しかしヒマリはそれも見ていくとのことだったので、俺はヒマリの見学のもと、畑に麦の種籾を撒くこととなった。


 例のDEX任せ法で種をまき終えると、ドライアドたちに恵みの雨を降らせてもらいつつ、最初の成長促進剤散布を終える(ダビングカードで新品が作れたのでそれを散布した)。

 それが終わると、今日の作業は終わりということで、俺はヒマリと別れてアパートに帰宅した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る