第50話 世界樹の成長

 家に着くまでは一瞬だった。

 初めてダンジョンを攻略した後家に帰るときは、もう少し長い間飛んでた気がするが……なぜだろう。


 あ、そっか。素のINTが上がったからか。

 ドライアドのシンクロ率をゼロに下げたとしても、自分自身のステータス以下にはどうやってもならないからな。

 素で5万近くもINTがある今となっては、こんな速度が出てしまったのだろう。

 これ以上ダンジョンを攻略したら、いずれ目的地で止まるのが難しいくらい速度が出てしまうようになりそうだが……。

 ま、その時は「時空調律」で調整すればいいか。


「みんな、INTが一億になるようにシンクロ率を調整し直してくれ」


「「「はーい!」」」


 そんな指示を出しつつ、浮遊大陸へ移動する。

 まずやるのは、成長促進剤のダビングだ。


 とりあえず、十枚ほど成長促進剤1A10YNCをダビングする。

 一枚で十年成長を促進できるので、これで計百年、実がなるところまで成長させることができるな。

 と、一瞬は思ったが……そこで俺はふと、ある懸念が頭に浮かんだ。


 世界樹――成長しても1アールの土地に収まるサイズなのか?


 世界樹なんて呼ばれるような木だ。

 百年もかけて成長すれば、半径5メートルを超える可能性は十分にあるだろう。

 下手をしたら、半径数十メートルとかいう巨木にだってなるかもしれない。


 そうでなくとも、根は幹の径以上に広く張るはずだから、数十年目以降とかになってくると一缶で十年成長させられない可能性は多いにある。

 まあ成長促進剤に関して言えば、1A10YNCを更にたくさんダビングすれば済む話ではあるのだが。

 昨日種まきする時はそこまで考えてなくて、世界樹の周辺を半径5メートルだけ開けるようにして種を撒いてるので、世界樹が畑に食い込む前に昨日植えた野菜の方を収穫した方がいいかもしれないな。

 とりあえず、世界樹が成長するとどんなサイズになるのか、ヒマリのお母さんに聞いてみるか。


『もしもーし。また一つちょっと聞きたいんだが、いいか?』


『ああ、大丈夫だぞ。今日はどうした?』


 通信を繋げてみると、ヒマリのお母さんはすぐに出てくれた。


『世界樹って……成長するとどんなサイズになる?』


『根が張る面積で言えば、半径15〜18メートルは見ておいた方がいいな』


 聞いてみると、帰ってきたのはそんな返答。

 半径18メートル……となると何十年目か以降は、16缶くらい使って十年成長を促進させる、とかいう感じになってきそうだな。

 そして案の定畑と一部かぶるので、やはり収穫の方を先にする必要がありそうだ。


『しかしなぜ今それを? そんなサイズになるのはまだまだ先のはずだが……』


『クールタイムが無い成長促進剤を見つけてな。今日のうちに、実がなるところまで成長させるつもりだ』


『……な!? どこまでも規格外だなお主は……』


 今日中に世界樹を育てきる予定なのを伝えると、ヒマリのお母さんは通信越しでも伝わるくらい驚いた様子を見せた。


『お主が育てれば百年はかからんとは思っておったが、まさか一週間以内にまで短縮するとはな……』


 まあ確かに、俺もこうなるとは思っていなかった。

 今まで潜ったことの無い階層に行けば、1HA3Mを超える成長促進剤が見つかるだろうとは思っていたが……まさか「クールタイム無しで一缶十年」とかいう、世界樹のためだけに存在するかのような代物に出くわすなんてな。

 それはいいとして、やることの順番も決まったことだし、早速雨を降らせてもらおう。


「みんな、まずは恵みの雨雲の方を大陸全体に展開してくれ。あ、今回は世界樹だけピンポイントに避ける形状の雲にしてくれると助かる」


「「「おっけーい!」」」


 最初に出したのは、そんな指示だ。

 もしかしたら、別種の成長促進剤のクールタイムは無視できるのかもしれないが……万が一、400HA1Yのクールタイムのせいで1A10YNCが無効化され、一週間待つ羽目になったら嫌だからな。

 ドライアドたちが祈りを捧げると、ちょうど真ん中だけがポカンと開いた形状の雲が出現し、雨が降り始めた。


 俺は「飛行」スキルで注入口まで移動し、成長促進剤400HA1Yを一缶入れる。


「『ストップ』と言ったら、即座に降雨を止めてもらうことってできるか?」


 紫がかった雨が降り始めたところで、俺はドライアドたちにそう聞いた。


「もちろんだよー!」


「らくしょーだよー!」


 どうやら問題ないようだ。

 今植えている作物には、まるまる一年もの成長促進は過剰だからな。

 いい感じのタイミングで、成長促進剤の供給を止められればと思ったのだ。


 即座に雨を止めるというのが無理なようだったら、結界で受け皿でも作ろうかと思ったが、その必要は無いようだ。

 けっこう目まぐるしいスピードで各植物が成長するので、「時空調律」でのスロー再生とかも駆使しながらちょうどいいタイミングを見極めていく。


「……ストップ。こっちから向こう側はもう良いから、残りの土地にだけ続きの雨を降らせてくれ」


「「「りょーかーい!」」」


 作物ごとに必要な成長促進期間が違うので、育ちきった作物の区画から順に降雨対象から外すようにして、全区画に必要十分な量の雨を降らせた。


「よし、じゃあみんな、収穫していこう」


「「「わーい!」」」


 本来支柱が必要な作物の区画に俺が「重力操作」をかけている間に、ドライアドたちがものすごい勢いで作物を収穫していく。

 最終的にアイテムボックスを確認すると、収穫量は麦が52.5トン、大豆が10.8トン、人参が322トン、じゃがいもが336トン、玉ねぎが456トン、ごぼうが176トン、里芋が704トンとなった。


 流石に畑の面積が50倍にもなると、収穫量の桁が変わってくるな……。

 じゃ、後は世界樹が育つスペースを作ってやらないとな。

 方法は、いつもの還しの雨でいいとは思うが……間違って世界樹を枯らさないようにしないとな。


「みんな、還しの雨を頼む。またさっきみたいに、世界樹だけは避ける形で」


 俺はそう指示を出した。

 が――帰ってきたのは、予想外の答えだった。


「あのあめ、せかいじゅにはかけてもだいじょーぶだよー」


「わるいえいきょう、ないよー」


 ……どういうことだ!?

 世界樹には、還しの雨をかけても大丈夫……?

 いやいやいや、鑑定には「あらゆる植物を分解して肥料にする」などと書かれていたはずだが。

 でもドライアドがそこまで言うってことは、鑑定の方が間違ってて、本当に世界樹は例外なのか……?


 てかもうドライアドたち、雨を降らせ始めてるし。

 本当に大丈夫なんだよな……。

 見る限りだと、確かに他の植物と違って、世界樹の芽が溶けている様子は無いが。


 ……あ、そうだ。偶然ながら、こんな時もしかしたら頼りになるかもしれないものが一個手持ちにあるな。


 超魔導計算機だ。


 確か鑑定文に「多種多様なアプリがプリインストールされている」とか書いてたし、百科事典でも入ってないかちょっと見てみるか。


 アイテムボックスから超魔導計算機を取り出し、開いてみると……電源ボタンを押す間もなく画面が点いた。

 画面に書いてある文字は問題なく読めるし、キーボードも前世のノートパソコンとほぼ同じ仕様のようだ。


 スタートボタンを押し、プリインストールされているアプリの一覧を開く。

 は行までスクロールすると、「百科事典」というアプリが存在した。

 アプリを開くと、検索エンジンのような画面が出てきた。


 試しに、検索窓に「世界樹」と入れてみる。

 エンターキーを押すと、世界樹について書かれているページに飛んだ。

 どうやらウィキみたいな仕様のようだな。

 そして肝心の、ドライアドの還しの雨雲との関係性だが……CTRL+Fでページ内検索を開けるか?

 お、いけた。じゃあここに「ドライアドの還しの雨雲」、と。


 ……へえ。「少量の還しの雨であれば、表面の分解で得られた栄養を即取り込みし超回復するのでむしろこの木の成長を促す」、か。

 まるで筋トレだな。


 しかし確かにこれなら、鑑定文にあった「あらゆる植物を分解して肥料にする」というのとも、ドライアドの言う「世界樹にはかけても大丈夫」というのとも矛盾はしないな。

 そういうカラクリだったか。


 思わぬトリビアを知れたことに満足しつつ、俺は超魔導計算機をシャットダウンした。

 その頃には、世界樹以外の植物は全て溶け、土に還っていた。


「みんなおつかれ」


 そういえば……さっきからドライアドたちに大量の雨を降らせてもらっているが、こんなにたくさんの降雨を一気にさせて疲れてないだろうか。


「まだ雨を降らせる元気があるなら、いよいよ本命の世界樹にこの成長促進剤を撒こうと思うのだが……このままいけるか?」


 世界樹の成長した姿を早く見てみたいのはやまやまだが、それ以上に元ブラック企業の社畜として、無理をさせるようなことだけは絶対にしたくない。

 必要なら、十分な休息を入れよう。

 その間は、収穫物で新たな調味料でも作って時間を潰すとして。

 と、思ったが……。


「「「よゆーよゆー!」」」


 完全に杞憂だったようだ。

 それなら早速取り掛かろう。


「世界樹全体に雨がかかるよう、随時雨雲の大きさを調整してくれ。俺は随時成長促進剤を注ぎ足していくから」


「「「はーい!」」」


 最初にドライアドたちが展開したのは、半径1メートルほどの小さな雨雲。

 その注入口に、成長促進剤1A10YNCを一缶入れる。

 すると……まるでタイムラプスかのような勢いで、世界樹がぐんぐんと背を伸ばした。

 幹も、あっという間に両手で抱えられないくらいの太さとなった。

 雨が薄紫から無色透明に戻ると、俺は追加の成長促進剤を注入する。

 その作業を幾度となく繰り返すと、ほどなくして成長促進剤1A10YNCの残りがオリジナルの1缶のみとなってしまった。

 これを使ってしまうとまたダンジョンに取りにいかなければならなくなってしまうので、最後の一つを開封する前にダビング開始。


 しばらく俺は、ダビング→注入の作業を何十往復も繰り返した。

 その作業を繰り返す度に、世界樹の幹は一回りも二回りも大きくなり、背丈はタワーマンションかというくらいにまででかくなる。


 ここまででかくなってしまうと他の植物に太陽光が届かなさそうにも思えるが、どうやらその心配は無いようだ。

 というのも、世界樹の下の方の葉っぱが絶えず赤く発光しているのだ。

 確か赤色の光は、緑の葉っぱが一番吸収しやすい周波数帯の光だったはず。

 まるで「他の植物の光合成は阻害せず、共存できるようにする」という意思でも宿ってるみたいだな。

 などと考えながら、成長促進剤の缶をダビングしていると……ドライアドのうち何匹かがこう口にした。


「できたー!」


「みがなったー!」


「かんせーい!」


 ようやく百年分成長させることができたようだ。

 タイミング悪く一個余分に成長促進剤1A10YNCをダビングさせてしまったが……まあこれについては、ピュアカーボンツリーにでも散布するとしよう。

 世界樹ほどではないにしろ、あれもあれで木なので十年単位の育成が必要だろうからな。

 そんなことより……世界樹の実、ヒマリのお母さんが言うには「ドライアドを更なる精霊の高みへと到達させる」んだよな。

 一体何が起こるんだろうか?

 しばらく俺はドライアドたちの様子を見守ることに決めた。

 ドライアドたちはみんな木の上部に移動したようなので、俺も「飛行」で同じ高度まで移動する。


「みんな、たべようー!」


「やったー!」


「まずは、ひとりいっこねー!」


「おっけーい!」


 ドライアドたちの間では、そんな議論が行われていた。

 世界樹の実、ドライアドにとっては食用なのか。

 軽く見渡す限りでも、112個以上はありそうなので、一人一個という点は問題なさそうだが……かといって、何千個も生っているわけではなさそうなので、とりあえず全員に行き渡らせるために一人一個としたのだろうか。


「それじゃあー?」


「「「いただきま〜す!」」」


 考察をしている間にも、ドライアドたちは号令をかけて実を食べ始めた。


「これ、どーぞ!」


 うち一体が、俺のところに種を運んでくる。


「いいのか? 俺が食べても」


「もちろん! そだててくれたおれいだよー!」


 貴重な実なんだろうし、自分たちだけで食べてもらえばと思った(人間にとって食用かどうかも不明だし)が……ドライアド側からそう言ってもらったなら、食べてみるか。

 一口かじってみると……大トロを彷彿とさせるような、なめらかな食感が口に広がった。

 いや、植物の実なんだから、どっちかと言えばアボカドで例える方が正解か。

 クリーミーな舌触りが最高ではあるのだが、アボガドと同じく味は特に無いので、醤油でもかけながら食べていくとしよう。

 アイテムボックスから醤油を取り出すと、世界樹の実にちょろっとかけた。

 そして次の一口を口に運ぶと……。


「……これだ、これこれ」


 口に入れた瞬間、トロリと溶けて流れるような感触と、醤油の塩味が合わさってまるで天国だ。

 気づいたら、俺は実をまるまる一つ完食してしまっていた。

 と、その時。不思議なアナウンスが脳内に鳴り響いた。


<ドライアド112体がシルフに進化しました。ドライアドの元の固有能力が強化された他、作物の自由品種改良が可能となります>


<ドライアドのうち14体が変則進化により畜産関連の特殊能力を得ました>


<シルフたちの意向により、新堂 将人はシルフの国の国家元首となりました。アイテムボックスにインペリアルエリクサーがあるので、飲むことを推奨します>

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