第28話 海鮮市にて

 ヒマリと一緒に街に帰るともう夜遅くなっていたので、手に入れた魚介の処理はまた後日ということで、今日のところはアパートに戻って寝ることにした。

 次の日は夜更かしの影響で昼まで寝過ごしてしまったので、そこから動き出すのも面倒くさくなり、特に何もせず一日ぐうたら過ごした。


 更にその翌日は前回の成長促進剤散布から四日目ということで、成長促進剤の二回目の散布だけをして一日を終えた。

 というわけで、ヒマリと海に行った日から数えて三日後。

 遅れに遅れ、ようやく手に入れた海産物の処理をする日がやってきた。


 まず俺は、ヒマリに乗せてもらって海沿いの隣街に移動した。

 俺が住んでいる街は内陸部に存在するので、血抜きや捌きといった海産物の処理ができる店が存在しなかったからだ。


 隣街には活気のいい市場があり、市場の中央部には、大きな魚も捌ける大規模な屋台が一つ見つかった。

 あの屋台でなら、マグロのみならずクラーケンも捌いてもらえそうだな。


「降りるぞ。隠形を解除するから、ヒマリも人間の姿になってついてきてくれ」


 俺はそういって市場に降り立ち、ヒマリの変身が終わるのを待って、大規模屋台の店員との交渉に向かった。



「へいらっしゃい! いったい何をお望みで?」


「この魚を捌いてもらうことってできるか?」


 まず俺はそう言って、アイテムボックスからマグロのみを取り出した。

 そもそもまだ、この屋台が個人の海産物の持ち込みに対応してくれてるかも不明だからな。

 クラーケンがどうこう言う前に、そういうサービスをやってるかを確かめようというわけだ。


「……ああ、すまん。うちではそういうのはやってねえんだ。仕入れ先はザシスさんの漁船からのみと決まっててなあ……」


 すると店員は、申し訳なさそうな表情でそう答えた。


 ……客側からのオーダーメイドには応じてなかったか。

 ま、なら仕方ない。

 他の対応してくれそうなところをあたるとしよう。

 設備的にクラーケンサイズのものを処理できそうなのはここだけだったので、できればここで対応してほしかったが……ないものねだりはしてもしょうがないし。


 そう思い、俺はマグロをアイテムボックスに戻そうとした。

 だがその時、不意に俺に声がかかる。


「おいあんた、ちょっと待ってくれ。……その魚を見せてみろ」


 声をかけてきたのは、さっきの店員とは別の——おそらくさっきの店員より権限を持ってそうな店員だった。

 もしかしたら、店長かもしれない。


「これか? ……どうぞ」


「うむ」


 店長と思しき人の目の前の台に、マグロを置く。


「……これは!」


 その人は軽くマグロに触れた後、目の色を変えた。


「一体どこで手に入れたのかは知らんが……かつて見たことない脂の乗りっぷりだ。しかも、鮮度も抜群と来た」


 そう言いながら、彼は恍惚とした表情に変わっていく。

 一息つくと、彼はこう続けた。


「さっきも聞いただろうが、ウチは基本的にザシスさんの漁船からしか仕入れねえ主義なんだ。だが……この質となると例外だ。条件次第だが、それを呑むならここで捌いてやろう」


 なんと、魚の質を理由に特例でやってもらえることになったのだ。


 こんなこともあるんだな。

 わざわざ極寒の海に獲りに行った甲斐があったというものだ。


「……条件とは?」


 期待を膨らませつつ、そう聞き返す。


「できたマグロの切り身の一部を、この店で販売させてほしい。譲ってくれる切り身の量によっちゃ、処理の手数料はまけてやろう」


 すると男から返ってきた答えは、願ったり叶ったりなものだった。


 というのも……今の俺、手持ちの現金が非常に寂しいからな。

 できれば物々交換的な形で処理の代金を支払うことにできないか、交渉しようと思っていたところだったのだ。


 そして先方からの提案は、まさに交渉しようと思っていた内容そのものだ。


「むしろありがたいくらいだが……いいのか?」


「おうよ! このレベルのマグロを販売できれば、店の評判も上がって新たなリピーターも獲得できるだろうからな。……目に見える売り上げ以上に得るもんがあるってことよ」


「じゃあ、その条件で頼む」


 かくして、マグロはこの店で捌いてもらえることが決定した。



 ……となると、ここまできたんだし。

 ついでで他の海産物もやってもらえないか、聞くとするか。


「そういえば、もしよければ他にもやってほしい魚があるんだが……」


 そう言いつつ、俺はアイテムボックスからクラーケンなどを取り出した。


 ……すると。

 さっきまでニコニコだった店員二人が、一斉に目が点になった。

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