第41話 お礼の品

 それから数十秒ほど、静寂が続いたが……ふとヒマリのお母さんは、こんなことを聞いてきた。


「……そうだ。そういえばお主、普段は何をやっておるのだ?」


「今は農業だな」


「そうか。だとすれば……」


 答えると、ヒマリのお母さんは何やら考え事を始める。


「……そうだな。だとすれば、アレがいいだろう。ちょっと待っておれ」


 かと思うと、ヒマリのお母さんはそう言い残し、洞窟から出て竜の姿に戻りどこかへ飛び立ってしまった。


 おいおい、病み上がりでそんな飛ばして大丈夫か。

 言ってくれれば、回復魔法くらいかけたのに。


「何をしに言ったんだ?」


「さあ……」


 お母さんの行動目的は、ヒマリにも見当もつかないようだ。

 彼女は数分で戻ってきて、洞窟の前でまた人の姿に戻ってこちらへやってきた。

 その後ろには、広さ1アールほどの地面がフワフワと浮かびながらついてきている。


「……何だ、それは?」


「浮遊大陸だ。アルヒルダケを育ててくれたお礼に、お主にこれを授けよう」


 ヒマリのお母さんが持ってきたのは、俺への謝礼品だったようだ。


「浮遊……大陸……?」


 まあ確かに、見たまんま地面が浮かんではいるが。

 いったいこれ、何に使うんだ。


「試しにこの大陸に乗ってみるのだ」


 言われるがまま、浮かんでいる地面に飛び乗ってみる。


「そして、大陸に魔力を注いでみておくれ」


「お、おう。ステータスオープン」


 ステータスを見てみると、現在のMPは10500ほどとなっていたので、とりあえず半分弱と思い5000ほど注ぎ込んでみた。

 すると……俺が乗っている地面が、地平線がはるか遠くに見えるほどまでに急激に面積を広げた。

 マジか、そういう性質の土地だったのかよ。

 これもしかして、注ぎ込み過ぎでマズい状況になってやしないか?


「お、おい大丈夫か? 魔力を注ぎ込み過ぎて、洞窟が埋まってしまったとか……」


「いやいや大丈夫だぞ。大陸から降りてみれば分かる」


 言われるがまま、俺は土地の端まで移動して降りてみた。

 すると……不思議なことに、浮かんでいる地面の外観は、魔力を注ぎ込む前のサイズと全く変わっていなかった。


「もう一度乗ってみるがいい」


 乗ってみると……再び周囲の景色は、地平線が分からないほどの広々とした空間になった。

 更に再度降りると、やはり浮かんでいる地面の面積は約1アールのままだ。


「これは……?」


「この浮遊大陸はな、魔力を注ぐと内部が異次元空間として面積が拡張されるのだ。ゆえに浮遊大陸の上に立っている時には広大な土地に見えるが、外からは元の面積のままに見えることとなる」


 ……なるほど、そういう仕掛けなのか。

 なら確かに、拡張しすぎたせいで洞窟が埋まってしまうとかは杞憂だったわけだな。


「浮遊大陸の土地は普通に農業に使えるからな。お主が魔力を注げば注ぐほど、自由に作付面積を拡大することができる。目安はだいたいMP1あたり1アールだ。これがあれば、広大な土地が使い放題。より一層お主の農業も捗るだろう」


 ヒマリのお母さんはそう説明し、親指を立てた。

 要は自由に際限なく拡張できる、俺だけの農場をプレゼントしてくれたってわけか。

 魔力はだいたい一日で全回復するので、MP1あたり1アールってことは、今の俺でも毎日100ヘクタールくらいは土地を拡張できるって計算になるな。

 やべぇ。高い土地代を払わずとも、これさえあればあっという間に大農場の持ち主じゃないか。

 最初は大陸っていう割には小さい土地だと思っていたが、確かにこれならいつかは大陸と呼んで差し支えないサイズにまで成長させられるかもしれない。

 しかも傍から見ればコンパクトで、携帯すら可能ときた。

 こんな反則級に便利な代物、受け取っちゃっていいのだろうか。


「こんなもの、本当にもらってしまっていいのか?」


「アルヒルダケの生育環境を作るための実験の副産物に過ぎんからな。白魔病が治った今、もうこんなものに用はない。お主に渡さなければ、むしろただ手持ちぶさたになってしまうくらいだ。遠慮せず受け取っておくれ」


 ……って、これもそういう経緯で作られたものかよ。

 俺からすると、むしろこっちの方がアルヒルダケより遥かに凄いものに感じられてしまうぞ……。

 まあそういうことなら、遠慮なく受け取れはするのだが。


「ありがとう。有効活用させてもらうぞ」


「いやいや、礼を言うのはこちらの方だ。それに……お主に渡したいものは、まだあともう一つある」


 かと思ったら……謝礼品は浮遊大陸だけに留まらないようだ。

 これだけでも十分すぎるくらいだというのに。

 ヒマリのお母さんが次に渡してくれたのは、アーモンドを手のひらサイズくらいに相似拡大したような形の植物の種だった。

 それを見て……真っ先に反応したのは、なんとドライアドたち。


「わー! せかいじゅのたねだぁー!」


「そだててー! そだててー!」


 世界……樹……?


「それは世界樹の種だ。世界樹は、ドライアドにとって一番落ち着く場所となる木でな。それだけでなく、この木になる実はドライアドを更なる精霊の高みへと到達させる効果があるのだ。お主がドライアドをテイムしておるのを見て、この種を託すならお主しかいないと確信した」


 俺の疑問を読み取ったかのように、ヒマリのお母さんはそう説明した。

 なるほどな、それはありがたい貰い物だ。

「更なる精霊の高み」が何なのかはちょっとよく分からないが、それを抜きにしても、ドライアドにとって一番落ち着く場所というだけでも十分育てる価値はある。


「ちなみに世界樹の実ってどれくらいで実るんだ?」


「普通に育てれば100年はかかるな」


 ……成長促進剤1HA3Mを最短スパンで撒いても、5年ほどかかる計算か。

 ダンジョンのもっと奥まで探索して更に効果の高い成長促進剤を手に入れたりするならともかく、現状の想定では「更なる精霊の高み」の正体が分かるのはまだまだ先になりそうだ。

 ま、そんな凄い木ならそれも妥当、か。


「浮遊大陸って、作物を植えた状態のまま魔力で拡張したりしても大丈夫なもんなのか?」


「ああ、大丈夫だぞ。その世界樹の種も、安心して植えておくれ」


 一応気になった点だけ確認すると、俺は浮遊大陸の上に移動した。

 そしてだいたい中心部あたりに来ると、そこに世界樹の種を植えた。

 鑑定で「累計成長促進:三ヶ月」と表示されるまで種に成長促進剤をやると、芽がでてくるところまで成長した。


 ……三ヶ月で芽までって。

 さすがは実がなるまでに100年かかる木だな。

 他にできることもないので、浮遊大陸から降りる。


「本当にいろいろありがとうな。ドライアドのためにも、しっかり育てさせてもらうよ」


「なんの全然このくらい。命の恩人のためなら、まだまだ足りないくらいだ」



 しかしまあ……ちょっとしたピクニック感覚くらいのつもりが、本当にどえらいものを手に入れてしまったものだ。

 帰ってから「ひょんなことから何百ヘクタールもの畑を手に入れた」って言って大量の種を仕入れようとしたら、キャロルさんどんな顔するだろうか。


 育ててみたい作物はいろいろあったが、こんな広大な農地を手に入れてしまっては、もはやそれらを全部同時に育てることすら可能。

 今後が楽しみでしょうがないな。

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