第59話 ヒマリの母の来訪
稲作を終えた後は、同じ工程を何度も繰り返してちょっと疲れていたので長めの昼寝をした。
昼寝を終えて目が覚めると、いきなりヒマリが話しかけてきた。
「あっ、マサトさん目が覚めたんですね!」
「ん……どうした?」
「実は……ワタシの母がここに来たいって言ってるんです」
何かと思えば、ヒマリはそんな用件を伝えたかったようだ。
ヒマリのお母さんが……ここに来たい?
「もちろん構わないが……どうしてだ?」
「久しぶりにマサトさんのご飯を食べたいそうです。バーベキューの時の味が忘れられないようで!」
理由を聞いてみると、ヒマリはそう答えた。
良かった。とりあえず、白魔病再発とかそういう深刻な話ではなくて何よりだ。
それに、タイミングとしてもちょうどいい。
俺もここまで日本食コンプリートに向けて進めたお礼として、いつか近いうちにヒマリのお母さんを訪ねようと思っていたところだったからな。
そういう意味では、こちらから伺っても良いのだが……よく考えたらそれにしたってヒマリに乗せていってもらうことになるんだし、親子間で「お母さんの方がこっちに来る」と決めたなら、その決定に口を出す必要はないか。
それよりは、常駐してもらってるシルフを介してバフでも送った方がいいだろう。
『あー、聞こえるか?』
『おお、もちろん聞こえておるぞ。どうした?』
『さっきヒマリから、こっちに来てくれるって聞いたんだが……バフでも転送した方がいいかと思ってな。普通に飛ぶと四時間くらいかかるだろ?』
『そ、そんなことまで気にかけてくれるのか。なんだか申し訳無いな。……負担にならないなら頼んでも良いか?』
『もちろんだ』
連絡も取れたので、「定時全能強化」を転送する。
これで多分三十分もすればヒマリのお母さんが到着するはずなので、その間にご飯の準備を進めておこう。
今日作るメニューは……今あるものでって考えたら、松茸ご飯と豚肉と玉ねぎの味噌マヨ炒めとかにするのがいいか。
まずは松茸ご飯から作ろう。
米を5合研いで「時空調律」で一時間浸水し、水を切って鍋に入れる。
松茸は昨日炭火焼きにした時と同じ要領で、今回は20本ほど下ごしらえした。
鍋に水適量、醤油大さじ三杯ちょい、焼酎少々、旨味調味料を入れ、全体を混ぜ合わせる。
それから切った松茸を上に乗せ、鍋の蓋を閉じた。
どうせ炊くのも蒸らすのも「時空調律」があれば一瞬なので、ここから先はヒマリのお母さんが到着してからやろう。
次は豚肉と玉ねぎの味噌マヨ炒めの準備だ。
卵と植物油を街で買ってくると、それらと酢を用いてマヨネーズを作る。
それから、アイテムボックスでずっと取ってあった猪を取り出し、肩ロースの部位を少し切り出した。
一応言っておくと、アイテムボックスの中は時間停止になっているのでもちろん鮮度は狩りたての時と同じだ。
豚肉を食べやすいサイズにカットし、塩を少々振る。
玉ねぎは皮を剥いて薄切りにして、マヨネーズ・味噌・醤油はそれぞれ適量ボウルに取って混ぜ合わせた。
フライパンを熱して玉ねぎを中火で炒り、色が透き通ってきたら豚肉を投入。
表面の色が変わるくらいまで炒めた。
余分な油を取りたいが、キッチンペーパーが無いので代わりに「超級錬金術」で油を除去。
最後に、火を弱めたらマヨネーズ・味噌・醤油を混ぜたものをフライパンに投入し、全体に味が行き渡るように炒め合わせた。
これでこちらも完成だ。
そうこうしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
開けてみると、そこには既に人間の姿に変身したヒマリのお母さんが。
「本当にこの距離を三十分で移動できるとはな……。お主、相当強力なバフをかけてくれたのだな」
「いやいや、それほどのことでは」
「……まあお主基準ではそうか」
そんなことを話しながら、俺はヒマリのお母さんを部屋の中に案内した。
「お母さんおひさ~」
「そんなに前から期間は空いておらぬがな」
「まあそうだねー」
二人も談笑し始めたところだし、こちらはご飯のほうを仕上げよう。
火加減にだけ慎重になりながら、「時空調律」で炊飯と蒸らしを済ませる。
ご飯はとりあえずお椀に山盛り入るだけ入れ、豚肉と玉ねぎの味噌マヨ炒めは皿に三等分した。
それらをテーブルに持っていくと……二人の「おぉー」という声が重なった。
「また新しいメニューですねー。これも美味しそうです!」
「見たことのない味付けのようだな。これは期待が高まるのう」
二人とも目をキラキラと輝かせ、その視線は運んだ料理に釘付けになる。
「「「いただきまーす!」」」
前回のバーベキューの時を覚えていてくれたのか、今回はヒマリのお母さんも含め全員の挨拶の声がハモった。
早速一口目を、まずは豚肉と玉ねぎの味噌マヨ炒めのほうから食べてみた。
「……美味い」
味噌マヨが肉の甘さを絶妙に引き立てていて、抜群にマッチした味わい。
その素晴らしさに、思わず俺は口からそんな言葉が漏れてしまった。
「うん~~~~~! 初めて食べるタイプの味ですけど、やみつきになりますねー!」
「本当に、お主の味付けセンスには脱帽だな」
二人とも味噌マヨ炒めを気に入ってくれたようだ。
では次は、松茸ご飯に行ってみよう。
「……ばっちりだな」
こちらもまた、キノコの風味や醤油と旨味調味料の味がご飯によく染み込んでいて、絶妙な味付けとなっていた。
「何なのだこの味は……。稲ってこんな素晴らしい味の実がなる植物だったか?」
「お母さん、それマサトさんが品種改良したんだよ」
「そ、そうなのか。それなら確かに納得だ」
「なんか見てて頭が痛くなりそうな試行錯誤をしてたけど、そこまでこだわる理由が分かる味だよね~」
「アミロ17」の米の味もまた、ドラゴンの二人にも好評のようだ。
やっぱり、これが一番おいしいよな。
……他のアミロース含有率の米も出して食べ比べさせたら、もしかしたら違う意見も出てくるかもしれないが。
どちらも抜群に美味しいため、味に集中するためつい口数が少なくなって、みんなあっという間に食べてしまった。
松茸ご飯のおかわりも、もちろん完売した。
「しかしマサトさん凄いですよねー。唯一無二の見たことも聞いたこともないような料理ばかり作るのに、それでいて変だったりただ特殊なわけではなく、ちゃんと美味しいんですから」
「確か人間の世界には、宮廷料理人みたいな偉い地位もあると聞いたことがあるが……お主はそういうのには興味ないのか?」
食べ終わると、ヒマリは感想を口にし、ヒマリのお母さんは俺にそんな疑問を投げかけた。
「それは遠慮しておきたいな」
そもそも俺、貴族とかに目をつけられるのがめんどくさくて冒険者ギルド登録だってしてないんだし。
「そうか。しかし……こんな美味しい料理、私たちだけしかしらないというのももったいないと思うな」
「まあ、一般に広めるのはできるならやっていきたいかな」
日本食が広まって、外食とかできるようになったらもちろんそれはそれで嬉しいしな。
まあ、特に今具体的なプランがあるわけではないが。
「では、お邪魔したな」
「いやいや、ここまでできたのも浮遊大陸と世界樹の種をもらったおかげなんだ。また何か食べたい物があればいつでも来てくれ」
「それはありがたい。正直、こんなに距離があろうと何度でも足を運びたい味だったからな」
ご飯を食べ終わって満足したヒマリのお母さんは、そう言ってアパートを後にした。
「じゃあ帰りもこれを――定時全能強化」
バフをかけつつ、俺はヒマリのお母さんを見送った。
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