第66話 雇うことになった

「えっ……え……?」


「そんな性根の腐った屑の思い通りになっていいわけがないだろう。これからも美味しい料理を作ってくれ」


「う、腕が治って……こ、これはいったい!?」


 少女はといえば……信じられないとばかりに、目が点になって固まってしまう。


「四肢欠損なんて、貴族が全財産はたいてようやく治療や薬にありつけるようなもののはずじゃ……」


 ……そうなのか?

 治してもらえてなかったあたり、一般家庭には手が届かないくらいではあるかと思ったが、流石に貴族が全財産はたくは大袈裟すぎるような。


「普通に『全治全能の神癒』で治しただけだが」


「マサトさん、それは全然普通じゃないですよ。この世に数人しかいないとされてる『聖女』と呼ばれる存在が、特殊な方法で限界以上に魔力を溜めてようやく発動できるような魔法です。マサトさんにとっては、ナノファイアと変わらない魔法かもしれませんが」


 治療方法を少女に説明していると、横からヒマリにそうツッコまれてしまった。

 なんかそう聞くと、大変そうな魔法だな。

 終わったことだからどうでもいいけど。


「ぜ、全治全能の……神癒……。そんな魔法が使えるなんて、貴方は一体何者なんですか……」


「農家だな。最近は品種改良にハマっている」


「の、農家!? 農家ってその、畑を耕したりする? それとも私が知らないだけで、「ノウカ」っていう上位の聖職者の称号でもあったりとか……」


 何を馬鹿なことを言っているんだ。

 そもそも俺、「品種改良にハマっている」って言っただろ。

 その時点で畑を耕す方の農家で確定のはずだが。


「農業にハマっているって意味でなら確かに農家ですけど、マサトさんそのものはニンゲンを逸脱した何かって捉えたほうがいいでしょうねー。正直ワタシ、もし神が実在するならそれはマサトさんなんじゃないかって密かに思ってます」


 ……ヒマリは変なことを吹き込もうとするな。


「そ、そうなんですね。その……私の腕、治療してくださってありがとうございます! このお礼、いったいどうしたらいいやら……」


 少女はそう言うと、畏まった表情でウンウンと悩み始めた。


 お礼……別に俺がやりたいからやっただけなので、特にしてもらう必要はないんだが。

 強いて言うなら、何がいいだろうか。


 ――そうだ。よく考えたら、一個名案があるじゃないか。

 別に強制するつもりは一切ないが、一応提案だけしてみるか。


「良かったら……俺が開こうと思っている料理店でシェフをやってもらえないか? さっきも言ったように、俺は品種改良にハマっている農家だ。その一環で、俺は改良した作物を使った料理を世に広めたいと思っていてな。料理のジャンルは限定されるし、お父さんのお店で働きたい気持ちもあるだろうから絶対に来てくれとは言わないが、興味があったらお願いしたい」


 俺はそんなふうに自分のビジョンを語ってみた。

 12歳でプロレベルの腕前を持つ天才料理人と組めば、この世界に加速度的に日本食の良さを広めることができる。

 世界各地で日本食ブームを起こすことだって、夢じゃないだろう。

 それに俺自身だって、レシピさえ教えれば俺自身で作るより遥かに美味い料理を作ってもらって食べることができる。


 まだ承諾してもらったわけじゃないのに、もう夢が広がってきたぞ。


「え……私こそ良いんですか!? 腕を治してもらった上に、夢まで叶えてくださるなんて……」


「俺のほうは是非お願いしたいくらいだ。もちろん、君の都合さえ良ければだがな。お父さんのお店もあるんだろうし」


「あ、父は確かに著名な料理店に勤めておりますが、別に経営者ではないので特に私が継ぐものは無いです! なのでそこは気にしないでください!」


 ありがたいことに、少女も乗り気なようだ。


「一応、何も言わずにいなくなると父も心配するでしょうから、腕が治ったことと恩人についていくと決めたことだけは報告させてください。それを終えたらすぐについて行きます!」


「そうか、ありがとう」


 まあもちろん、それは大事だよな。


 しかし……その報告が済むまでの間、俺はどうすればいいだろうか。

 ここで待っとくといっても、何時間かかるか分からないし……この子の家に俺がついて行くのも、それはそれでリスキーだ。

 それなりに格式高い料理店に勤めているのだとしたら、この子のお父さん、知り合いに貴族とかがいる可能性もあるもんな。

 万が一その繋がりで貴族社会で俺の存在が割れたら、それはそれは面倒なことになる。


 何か良い方法は無いものか。

 少し考えたところで……俺は名案を思いついた。

 ワイバーン周遊カード、「あらかじめ目的地をセットしてから人に渡す」みたいなことができたりしないだろうか?

 それが可能なら、少女に目的地セットを施したワイバーン周遊カードを渡して、本人のタイミングでこちらに来てもらえればいい。

 百科事典で調べてみると、そのようなことは確かに可能なようだ。

 ワイバーン周遊カードを一枚取り出すと、俺は記載の方法通り旧工場の場所を目的地にセットした。


「お父さんと話がついて、こちらに来れるようになったら、このカードで俺のところまで来てくれ。摩天楼っぽい建物を立てとくから、そこに入ってくれたらすぐ迎えに行く」


 俺はそう説明して、少女にワイバーン周遊カードを渡した。

 説明と違う建物があると困惑するだろうから、旧工場は代々木にある某通信事業者のビルみたいな形状の建物に建て替えておこう。

 人が入ったらてっぺんが赤く光る、みたいな仕様にしておけば、シルフのうち一体にでもてっぺんの様子を見てもらっておいて、少女が来た瞬間に連絡を入れてもらって迎えに行けるな。


「こ、このカードは……?」


「ワイバーン周遊カードだ」


「ワイバー……えええ!? それ、世界に数枚しか現存しない国宝のカードだったんじゃ……」


「俺は何十枚か持ってるぞ。ちょっと前までは百枚持ってた」


「ひゃ、ひゃくまい……」


 少女は口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。


「ま、そういうことだから気軽に使ってくれ。別にその気になれば、数百枚くらいいつでも手に入るからな」


「マサトさんのもとで働くなら、常識は消し飛ばしといたほうがいいですよー。この程度でいちいち驚いてたら、心臓がいくつあっても足りないんで」


 ヒマリ、だからそれはフォローになっているようでなってないと思うんだが。


「よく分からないですけど……とりあえず、早々に父を説得してこのカードで貴方のところに伺えばいいことだけは分かりました。すぐ行きますね!」


 少女は大事そうにカードをポケットにしまい込むと、笑顔で走って去っていった。

 さて、あんなことを言っちゃった以上、俺は早く帰って旧工場の再建築をしないとな。





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