第11話 園芸用品店に行ってみた

 畑を耕し、トマトと大豆の種を植えてから三日が経った日の昼。

 俺は、園芸用品店に行ってみようと思い立った。



 この三日、俺はドライアドたちと畑に水やりに行く以外何もすることがなく、ただただ暇を持て余していた。

 それでも昨日くらいまでは、この世界に来る前の激務の反動もあって、暇を満喫していたのだが……流石に他にすることが無さすぎて、何でもいいから身体を動かしたいと思い始めたのだ。


 そんな時、脳裏によぎったのが、農業ギルドの向かいに建っている園芸用品店の存在だ。

 今後必要になりそうな用具を買ったり……いや買うまでは行かずともウィンドウショッピングするだけでも、少しは暇つぶしになるのではないか。

 そう思い、俺は店に寄ることに決めたのである。



 まあせっかく行くからには、せめて今後絶対必要になるものくらいは買っておこうと思っているが。

 例えば支柱なんかは、トマトや大豆の苗がある程度育ってきたら、必要になるのは確実だ。


 そんなことを考えつつ街中を歩いていると、俺は目的の店に到着した。

 まず俺は支柱を買うべく、資材売り場のコーナーに直行する。


 しかし……支柱の値段を見たところで、俺は考えを改めた。

 というのも、ここで売られてる園芸用支柱、一番安いのでも「250本セットで7000イーサ」もするので……畑全体で必要な本数を揃える事を考えると、200万イーサほどかかる計算になってしまうのだ。


 予算はあるものの……ここで手持ち資金のほとんどを使いきってしまうというのは、若干不安だ。


 確かスキル一覧には「超級錬金術」なんてのもあったし、自作で出費を抑えることも可能かもしれないからな。

 その辺もいろいろ試行錯誤してみるとして、買うのは最終手段ということにしよう。



 支柱についてはそう考えがまとまったので、次に俺は店の本館に向かった。

 本館には、入り口あたりにシャベルや剪定ばさみなどが置いてあって、俺はなんとなくそれらを眺めていたのだが……そんな時、近くから俺に話しかける声が聞こえてきた。


「あ、マサトさんじゃないですか。こんにちは」


 振り向くと……そこには、見覚えのある顔の女性が立っていた。


「えっと……」


「キャロルです。って、名前言っても分からないですよね。私の方からすれば、マサトさんはここ最近の農業ギルドで一番印象的なお客さんなのでよく覚えておりますが」


 その女性は、農業ギルドの受付の人だった。


「ああ、あの時は色々とお世話になった。……ところで今日は、なぜここに?」


 しかしギルドの職員が、一体何の用事で園芸用品店に来ているのだろうか。

 疑問に思った俺は、そう質問してみた。


「私、ギルドでの仕事とは別に、家で家庭菜園をしておりまして。今日は農業ギルドの定休日なので、必要な品を買おうと思って来たんですよ」


「なるほど」


 ……要は、ついこの間までの俺みたいなことをやっているってわけか。

 まあ、農業ギルドがあの会社ほどまでにブラックかは知らないが。


「マサトさんは、買うもの決めてるんですか?」


「いや。どちらかというと、どんな物が売られてるのかを見に来ただけってとこだ」


「なるほど。……良かったら、店の中の案内でもしましょうか?」


「……いいのか? 折角の休日だろうに……」


「問題ないですよ! 休日とはいえ、やはりギルドの職員としては、できるだけお客さんに成果を出して欲しいものですし」


 ……それはありがたいな。

 この世界には、俺には使い方の想像もつかないようなアイテムがあってもおかしくないし。


 というわけで、俺はキャロルさんの買い物についていってみることに決めた。



 それから最初にキャロルさんが手に取ったものは……やはり、俺には何なのか皆目見当のつかない用具だった。

 台座に幾何学模様が描かれていて、その上に宝石にような石が載っている物なのだが……一体それがどう家庭菜園に使えるというのか。


「……それは?」


「種子侵入阻害結界という、植物の種子のみを弾く対物理結界を展開する魔道具です。対物理結界とはいえ空気や水の出入りは阻害しないですし、農薬要らずになるので便利ですよ!」


 聞いてみると……その物体は、魔道具とのことだった。

 なるほど、魔法があれば魔道具もあるということか。


「まあ私が買う家庭用のものならともかく、広範囲に効く業務用は高いですし、そもそも現在は入荷待ちっぽいですけどね。……でもマサトさんなら鱗の資金もあることですし、購入を検討されてみては?」


「なるほどな」


 説明を聞き、俺はそう答えたが……実際のところは、俺はこの魔道具に関しては買う必要は無いなと感じていた。

 雑草対策なら、ドライアドの恵みの雨で十分だからな。

 次に紹介してくれる商品に、期待するとしよう。


「あとは……あっ、これも買わなきゃ」


 などと思案していると、キャロルさんは今度はデカい宝石——さっきの魔道具の上部に乗っていたような石も買い物かごに入れた。


「それは?」


「これは替え用の魔石ですね。家にスプリンクラーの魔道具があるのですが……動力源の魔石が、魔力切れになっていて」


 どうやら魔石とは、日本にいた頃でいうところの電池みたいなもののようだった。


「そういえばマサトさんこそ、スプリンクラー買った方がいいんじゃないですか? あっちは業務用でもリーズナブルですし、1ヘクタールともなると水やりも大変でしょうから……」


 キャロルさんはそう続けると、俺をスプリンクラーの魔道具が置いてある棚に連れていこうとした。

 だが……正直、俺としてはそれもパスだ。


「色々紹介してくれてるところ申し訳ないが、その魔道具は大丈夫だな。……俺、雨雲を操れるから」


 正確に言うと雨雲を操るのはドライアドなのだが、他人に見えない存在について話しだすとややこしくなりそうなので、俺はそう説明した。

 するとキャロルさんは、一瞬キョトンとした後、全てを悟ったような表情でこう呟く。


「雨雲を……操る!? あー……やっぱりマサトさんって、そういうアレなんですね」


 そういうアレがどういうアレなのかは分からないが、まあ細かいことは気にしない方がいいだろう。

 などと思いつつ、俺たちは次の棚に移動した。


 次の棚にて……俺はようやく、日本にいた頃から馴染みのあるものを目にすることができた。


 液肥だ。


 ようやくよく知っているものに出会えて安心しかけた俺だったが、同時に俺は、この世界にそれが存在することに違和感も覚えた。


「……液肥とか作られてるんだな」


 俺が見てきたこの街の工業力だと……液肥があることは、おかしいように思えるのだ。

 ハーバー・ボッシュ法が使える機械があるとは思えないこの文明で、どうして液肥が存在するのだろうか。


 そんな疑問を浮かべていると、キャロルさんがキョトンとした顔でこう口にした。


「え……何言ってるんですか。液肥は作られるんじゃなくて、ダンジョンでドロップするんですよ?」


 どうやらこれが工業製品だという所から、俺の思い違いだったようだ。

 ……ダンジョンか。

 そういえば、冒険者ギルドの受付の人も、そんなことを言っていた気がするな。


「ダンジョンって、液肥が取れるのか」


「それだけじゃないですよ。果物用の種無し化剤がドロップする階層もありますし、収穫までの期間を短縮する『成長促進剤』なんてのもあったりします!」


 さらに聞いてみると、ダンジョン産の薬剤は、どうやら思った以上に奥深いみたいだった。

 種無し化剤は今の俺には無縁だとして……成長促進剤の方は、興味があるな。

 もしかして、こないだ植えたトマトと大豆、もう収穫できるようになったりするのだろうか?


「成長促進剤は……」


「……あっちですね。見てみます?」


 吊り看板を探そうとすると、キャロルさんが「成長促進剤」と書かれた吊り看板を指差してくれたので、一緒にそっちに向かった。


「これですね。1A5Dってことは……これ一缶を散布すれば、1アールの畑の作物を、5日間分成長を早めれます!」


 キャロルさんは成長促進剤の缶の表記を読み、そう説明する。


 ……って、5日か。

 俺はそれを聞いて、自分が未知の薬剤に期待しすぎていたことを悟った。


「……あの、これは収穫期に一気に作業したりするために使うものですよ。何を期待してたんですか?」


 そして俺のそんな思いは、キャロルさんにも見抜かれてしまったようだった。


「ああ、てっきり即収穫とかできるものかと……。しかしそれだと、この値段は高くないか?」


 ……しかもこれ、一缶5000イーサもするんだよな。

 そういう用途だとしたら……費用対効果に見合う場合って、高麗人参みたいな高単価作物を栽培しているケースしかない気がするのだが。


 などと思いつつ、俺はそう聞いた。


 それを聞いて……キャロルさんはしばらく考え込んだあと、こんな提案を出した。


「確かに、これを買って尚利益を出せるのは、余裕のある農家の方だけですね。でも……マサトさんならこれを買わずとも、ダンジョンで自分で取ってくるって選択肢もあるんじゃないですか? ドラゴンの鱗とか持ってたくらいですし」


 ……なるほど、それはアリかもしれないな。

 原価がかからないなら、この程度の効果でも、十分実用的とは言えるし。


「……そうだな。検討してみよう」


 ヒマリでも呼んで、「ヒマリの実力が通用する範囲内」とか限定して探索すれば安全だろうしな。

 明日にでも、行ってみるとしようか。

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