第11話 ファーストキス(仮)
七月上旬。
今年の梅雨は例年より二週間ほど早く明けた。
と、同時にほぼ毎日最高気温を更新している。
照りつける太陽が、容赦なく肌を焦がす。
この分だと酷暑は免れそうにない。
そんなうだるような暑さの中でやる体育の授業といえば水泳。
というワケで、ウチの学校でも水泳の授業が始まるのだった。
この学校の水泳の授業は少し特殊で、一年生の夏休み前に集中講義として6時間行われ、他の学年では行われない。というのも学校が山の頂上にあるため敷地が狭く、プールを設置するだけの余裕がないのだ。よって、近所の市営プールを使っての授業となる。
六月末。
帰りのホームルームにて来月の計画表が配られると、教室内のテンションがモロに上がった。
―――ん?―――
何事かと思っていると、調子こいたリア充のヤツらが、
「やった!プールあるやん!」
そんな言葉を口にした。
行事の欄に目を移すと、「水泳実習」の文字。しかも三日間も取ってある。
―――うっわ~、マジか。プールげな…―――
過去のトラウマ(溺れて死にかかった)が甦り、ただでさえ低いテンションが劇的に下がってゆく。
泳ぐことのできない自分にとって、水泳の授業は拷問以外の何物でもない。
だからその日が来るまでの間、毎日の如く心の底から災害級の雷雨を願うのだった。
が、しかし。
心がけがよくないことで定評のある自分の祈り(我が儘)なんか神には届くワケがない。
当日は、これでもか!といわんばかりに晴れあがり、真夏の暑さ。
いかにもなプール日和となったのだった。
朝。
目が覚めると雲一つないいい天気。
外ではニイニイゼミやアブラゼミが大合唱。
気温は有り得ないほどのペースで上昇している。
ベッドの中、窓の外を見つめ、
「あー…ゼッテー今日プールあるやん…学校、行きたむねぇ~…休みてぇ~…」
と独り言。
身体が全力で水泳を拒絶している。
いつもはギンギンに勃起しているチ●ポが今日に限ってピクリとも動かない。
このことだけでも如何にイヤかがよくわかる。
心なしか体調も悪く、起き上がれないでいた。
ベッドでゴネている間に朝の貴重な時間は着実に失われてゆく。
そして、ついに起きなくては間に合わない時間がきてしまう。
嫌がる身体にムチ打って、強引にベッドから出る。
パンツを脱いで、海パンを仕込んだ。
着替えやタオルなどを補助バッグに入れ、準備は完了。
家を出た。
学校に着くと、いつになく騒がしい。
どうやら泳げるコトや、勉強しなくていいコトで、テンションが上がり切っていると見えるリア充達。こちらとしては勉強の方が何億倍もマシなのだが…。
ホームルームの中で水泳の授業に関することが伝えられる。
その話によると、三時間目と四時間目があてがわれていて、二時間目が終わると着替えを持って体育教師の引率で、市営プールへ移動するとのこと。
―――今すぐゲリラ豪雨こんかな。んで、帰りまで降り続け!―――
念を送るが雨の気配なんかこれっぽっちもない。
結局雲一つない快晴のまま二時間目まで終わってしまう。
既に憂鬱さしかない。
休み時間が終わると、
「お~い!みんなグラウンドに集合!」
体育教師が呼びに来る。
足取りが重い。
渋々着替えを持ってグラウンドに出ると、出欠を取って出発。
いつも使っている坂道とは逆。裏門から出て住宅街を十分ほど歩くと市営プールのフェンスが見えてくる。
受付前で再度点呼。全員揃っていることが確認できると、受付を済ませ更衣室で着替える。
着替え終わったところで整列し注意事項。
続いて準備体操が始まった。
究極に面白くない。
と、思っているのはどうやら自分だけのようだ。
クラスの人間は全員嬉しさ全開ではしゃぎまわっていて、いつも以上に落ち着きがない。
こんなやつらを心の底から恨めしく思いながら、身体の筋を伸ばす。
そしていよいよプールに入ることになる。
そっと浸かり、底を確認する。
深さ1.2m超。
結構深い。
水は晴天続きのため温められており、さほど冷たくない。
泳げない人間は複数いるらしく、そういった面では孤立することがなかった。
ビート板を持ってそいつらと泳ぐことになる。
泳ぎ始めて約3分。
右足のふくらはぎに異変が!
バタ足の練習をしていると、
グッグッグッ…
筋肉が自分の意思に反しせり上がってきて、激痛とともに動かなくなった。
同時に土踏まずも硬直し、足の指が有り得ない方向に曲がっている。
完全に攣ってしまっていて、右足は膝から下が使い物にならない。
危うく溺れるところだったが、幸いビート板を持っていたし、プールの際にいたため大事には至らなかった。
すぐさま水から出て先生に足が攣ったコトを報告すると、しばらく休憩することに。
時間が経つと、痛みは和らぎ問題なく動かせるようになった。
このままサボっていたいところだが、先ほどから先生が「まだ治らんのか?」と、しつこく催促してくるため諦めて水に入る、ものの…ビート板に身を預け、バタ足を開始した瞬間、またもや、
グッグッグッ!
同じトコロが硬直し、再び泳げなくなった。
先生に報告すると、モーレツに嫌な顔をされたものの、足を見せたら一目瞭然で攣ったことが分かるから、この時間は終わりまで見学となった。
嬉しさのあまり、
「ざまーみろ!」
という言葉が自然と口からこぼれ出た。
次の日もプールに入って10分足らずで足が攣って泳げなくなった。
先生は、完全に疑っているものの、攣った足を見せると納得せざるを得なくなり、嫌な顔をしながらも見学を許す。
結局三日目も同じ展開で見学。
バス釣りでもないのにパターン成立だ。
先生は怒りを通り越し、呆れ果てていた。
でも、そんなことは知ったこっちゃない。
―――おっしゃ!これで堂々とサボれるぞ!水泳の授業は今日で終わりやし、もう、一生泳がんでいーぞ!―――
心の中で両手を上げて大喜び。
こんな心掛けだから、見事なまでに罰が当たる。
最終日、見学の後、満員電車とは別の意味で自分史上最悪な事件が起こるのだった。
「おーい、みんな!これで泳ぐのは終わり!一旦水から出ろ。」
先生からの指示。
全員がプールサイドに集まったところで、
「これから救命訓練するぞ。誰と組んでもいいき、二人一組になれ。」
自分には不可能なことをおっしゃりやがった。
―――二人一組…だと?オレ、友達やらおらんのやが、誰と組めと?―――
素朴な疑問が浮かび上がってくる。
なす術もなく突っ立って、その様子を見ていたら、仲良しグループが奇数だったため、あぶれた一回も喋ったことのないイケメンなリア充野郎と組まされ、実技をやらされることになってしまう。
友達と組めなかったことと、ボッチと組まされたことで、あからさまにイヤさを顔に出すリア充野郎。
そんなことには構うことなく、心臓マッサージの練習が始まった。
話し合いで自分がやってもらう側に決まる。
それにしても。
気持ち悪い。
触られることが純粋に気持ち悪いのだ。
悪寒が走り全身鳥肌。
直後、これまでに感じたコトがないほど強烈な吐き気に見舞われる。
胸に手を置かれるとハンパなくくすぐったい。触られる度身体が結構な勢いで弾け、練習にならない。
「お前、もうちょっと我慢せーや!できんめぇが!」 訳:できないじゃないか
機嫌悪さを隠しもせず、敵意剥きだしで怒鳴ってくるクラスメイト。
イラッときたため、
「しょーがねーやんか。オレはオトコに触られるのがでったん好かんったい。」
心底バカにし切った口調で答えてやると、
「え~くそ!コイツだきゃ…マジ殺してー。」
吐き捨て、これより先、一切の会話がなくなった。
さらに機嫌が悪くなる相方。
空気がこの上なく悪い。
が、知ったこっちゃない。
どうしても体が跳ねて練習にならないため、ついには交代。
やる側になっても悪寒と吐き気は治まらない。それどころかどんどん酷くなってゆく。
険悪な雰囲気のまま時間が過ぎてゆく。
結局自分はやられる側になることなく心臓マッサージの部は終了。
訓練は進み、最後のメニュー。
ここにきて最悪の展開が待っていた。
体育教師が、
「はい、やめ。そしたら最後はマウスツーマウス!」
とんでもねぇことをコキやがったのだ。
にやける顔が、この世のものとは思えないくらい憎たらしい。
当然の如く、
「え―――っ!マジで――――?」
大ブーイング。
先生はというと…完全に面白がっている。
その顔を見てこの場でめった刺しにしてやろうかと思うくらい激しい殺意を抱いた。
説明の後、
「ちゃんと口と口つけて、実際に息を吹き込めよ?」
さらにとんでもねーことをコキやがる。
―――感染症対策の道具用意してないとか…―――
猛烈な殺意が湧きあがると共に、酷い眩暈。
「イヤばい!オトコにチューとかゼッテーせんきね?」
といった類の抗議の言葉が至る所で聞こえる。
実行に移そうとする人間が誰一人としていない。
諦めた体育教師は、
「なら、しょーがないの。大負けに負けてタオル一枚挟むコトを許しちゃー。有難く思いやがれ!実際に息吹き込めよ?せんやったらいつまでも終わらんきの。」
そういうと、タオルを用意させる。
ついに実技が始まった。
至る所で
「おぇ~!」
とか、
「あ゛~っ!」
とか悲鳴が上がっているものの、割と楽しんでいる様子。
大爆笑しているヤツが思ったより多い。
中には、
「お前!ちょ!ベロ入れんなっちゃ!」
しょーもないことをしている組もあるようだ。
自分のトコはというと。
さっきから一言も話すことがない超絶イヤそうな顔をした相方。
オトコからも拒絶されるほどのブサイクで、性格もだいぶ良くないから仕方ない。
のは、置いといて。
入学前、幼馴染から言われた「なら、オトコに走ればいーっちゃない?ケツ貸せ星人!」という言葉が鮮烈に甦る。実際、ちょい前あまりにも女に縁がないため、「オトコに走るのもありかもね」とか考えたりしたのだが、今、改めて、
無理!
強くそう思った。
自分は本気で女が好きなんだ!そしてオトコが大嫌いなんだ!ということを思い知る。
相変わらず至る所で悲鳴にも似た奇声が上がっている。
地獄とはこんなことを言うのだろう、と思った。
そんな中、自分たちの組はというと。
ジャンケンで順番を決める。
負けたため、最初はやられる側になった。
イケメンのクチビルが徐々に迫る。
身体が究極に強張った。
激しい鳥肌。
あまりの気持ち悪さに全身が震え出す。
時間にして数秒といったトコロだろうが、永遠を感じた。
そして…
タオル越しに温もりを感じた。
ファーストキス(仮)。
自分の初めては、名前しか知らないクラスメイトに捧げ、一生のトラウマ&汚点となり、心に深く刻まれることとなった。
只今絶賛クチビル接触中。
タオル越しに伝わり続けるオトコの体温。
あまりの気色悪さにとうとう我慢の限界を迎えてしまう。
息を入れられた瞬間、
…ケロッ…
しょっぱい液が上がってきて、自分の意思に関係なく、
ゴポ…ゲボ…
胃が収縮し、すっぱいものが逆流してくる。
次の瞬間、
おぇ~~~…。
声とも音とも判断のつかない何かが口から発せられ、スラリー状の物体が口と鼻の穴から盛大に噴射した。
ブツは、瞬時にタオルを通過して相方の口へと流れ込む。
反射的に飛び退きゲロを吐きだす相方。
同時に胃酸が気管を刺激して激しくむせ、
ゴホッ!ウェホ!ゴホゴホッ!オェッ!
咳き込みまくったため、口の中に溜まったゲロが相方の顔面を直撃する。
「うわっ!コイツ、吐きやがった!有り得んき!」
顔面から上半身にかけてゲロまみれになった相方は、
「お前、きさん!たいがいせぇよ?」
大激怒。殴りかかってきそうな勢いだったけど、ホントに殴ったら退学だ。先生がいるのでぐっとこらえている。
久しぶりに吐いてアバラの間が痛むが、むかつくヤツにゲロをぶっかけてやったことに関しては少し楽しいと思えた。
この様子を目の当たりにしてしまった体育教師。
「おい!大丈夫か?気分悪いんか?」
心配して駆け寄ってくる。
周りでは大爆笑しているけど、コチラとしてはそれどころじゃない。
両掌で口を覆って便所へと駆け込み、口に溜まっていたゲロを全部吐き出した。口に残った米粒のツブツブ感がなんとも気色悪い。
付き添う者がいなかったため、便所で吐いているフリをして残り時間はサボることにした。
そしてふと、
―――仮病で休みゃよかったっちゃないと?―――
ド定番の方法を思い出したが…今更である。
―――もっと早く気付けばよかった…―――
後悔しながらそのまま便器に腰掛け、ダラダラと時間稼ぎしていたら、
「はい!みんな集まれー!帰るぞー!」
体育教師の声が聞こえてきた。
どうやら授業が終わったようだ。
わざとらしくならないよう、少しの間を開け便所を後にする。
帰り道。
これっぽっちも悪いとは思っちゃいないが、ゲロまみれにしてやった相方には、
「すまん。悪かった。」
一方的に謝り、返事も聞かずにその場から立ち去った。
こうして自分のファーストキス(仮)はトラウマ級の黒歴史となって幕を閉じたのだった。
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