第15話 絶交

 幼馴染が修学旅行に行ってきたらしい。


 二年生の三学期。

 期末考査が終わったタイミング。

 寝る前、ボケーッとしていると着信音。スマホの画面には幼馴染の名前。

 超絶久しぶりでテンションが上がる。

 メッセージの内容は、


『修学旅行に行ってきた。お土産やる。』


 といったものだった。

 すぐに、


『マジで?ありがと!』


 と、返信すると、


『今度の土曜日、模試の後持っていくき、駅のバス乗り場で待ち合わせね。』 ←幼馴染はスーパー特進だから、強制的に模試を受けさせられる。


 ということになった。




 当日。

 一旦帰って服を着替え、待ち合わせ場所に向かう。

 到着し、ベンチに座り、待つことしばし。


「よ!お待たせ!」


 声をかけられたので振り向くと、幼馴染が立っていた。

 のだが…


 隣には見たことのない女の子!

 いや、見たことはある。

 以前、写メで見せてもらった彼女だ!


 初めて見る実物の彼女は写真よりもはるかにカワイイ。

 いきなし初っ端からモーレツな精神的ダメージを食らった。

 立ち直れない。

 今にも吐血し、ダウンしそうな勢いだ。


 性格の悪い自分は


 ―――何なん、コイツ?女の自慢するために連れてきたんかい!―――


 そんな僻んだ言葉しか思い付けずにいた。

 完全にフリーズしてしまっていると、


「こんにちわ。初めまして。」


 ニコッと笑い、明るい声で挨拶。

 声もでったんカワイイ!

 ここは「こんにちわ。」と返す場面。

 でも自分はというと、いまだ先ほどのショックから立ち直れていない。

 なんとか意識をコチラに呼び戻したものの、完全にテンパってしまっていて、


「あ…え…う…ん?」


 口からは声とも音ともつかない「何か」しか出てこない。

 オロオロしていると幼馴染からは、


「オイサン、今日は一段と挙動不審やな。」


 呆れられ、苦笑された。

 そして、続けざまに、


「それにしてもオイサン…そのカッコでバスに乗ったとな?もーちょいどげんかしないよ。一緒おる方が恥ずかしいばい?それなら制服のまんまの方が百億倍マシやん。」


 カッコについてダメ出し。


 ちなみに、どういったカッコだったからダメ出しされたのかというと。

 寝間着でもあるヨレヨレ&食いこぼしの染みが多数あるスウェットの上下に、縫い目の糸が切れ、ところどころ綿が出てしまっている「どてら」。靴下は灰色だけど、よく見てみるとビミョーに色が違うし、長さも模様も違う。靴は旅館とかの便所にある茶色いビニール製のサンダル。

 とても今時の高校生とは思えない。どちらかというと…いや、いわなくてもアブナイ人そのものである。


 自分はというと、いつもこのカッコで外出し、友達とも会っているためマヒしてしまっているのだ。だから、なぜそんなことを言われるのかが分からないでいた。

 だから、


「え?マジで?そんなに?でもオレいっつもこのカッコで休みの日は街に出よぉやん?」


 本気で問いかける。

 あまりにもあまりな質問に、


「まぁ、知っちょーけどくさ。それがおかしいっちそろそろ気付こうや。そげなカッコするき、警察に職質されるんばい?オレらもう高校生ばい?もぉちょい洒落っ気出してみらんな?」


 呆れかえっていた。

 でも、考え方そのものがおかしいため、当たり前のことを言われているのにその意味が理解できない。

 よって、


「そっかぁ~。なら、今度買い行くき、ついて来ちゃってんない(訳:ついて来てよ)。」


 気のない返事しかできない。

 声の調子から、買う気なんか一切ないコトがソッコー見破られる。

 だから、


「うん。そのうちな。」


 やんわりとはぐらかされ、この話は〆られた。



 このやり取りの様子を幼馴染の隣で見ていた彼女は、あまりの小汚さに苦笑いするしかない。そして、以前悪く言われていた意味を理解した。




 ここにいてもバスの利用客の邪魔になるから、ゆっくりできそうな場所を考える。

 思いついたのは、駅のすぐ近くの高台にある大きな神社。

 そこはかなりの規模の公園でもあり、散歩したりくつろいだりすることができる。


 三人で歩く。

 並んで歩く幼馴染と彼女を後ろから追う形で。

 仲良くしゃべっている幼馴染と彼女。

 お似合いでとても羨ましいと思った。その光景を見ていると酷く哀しい気分になってくる。トボトボと後ろからついて行く自分。そんな自分を孤立させないよう、たま~に振り向いて話をフッてくれる。それがまた哀しい。今日の主役のはずなのに、いなくていい感がハンパない。話しかけられる度、テンションが劇的に下がっていく。


 これほどまでに優しさが痛いと思ったことはない。なんか…今にも泣きそうだ。




 ゆっくり歩くこと約20分。

 目的地の神社に着いた。

 週末だから割と人が多い。どうやら散歩している人みたい。小さな子供を連れた若い夫婦も複数いる。滑り台やブランコで遊ぶ姿が目につく。


 神社は高台にあるため、いたるところに階段がある。人通りの少ない階段を見つけ、そこに腰を下ろすことにした。

 少しうろうろしてみると、ちょうどいい階段が目に入る。

 飲み物を買って、そこに三人並んで腰を下ろすと、


「はい、オイサンにお土産。」


 学校バッグから取り出しわたす。

 行った先の名物である箱入りのお菓子。若い人間でも躊躇なく食えるよう、あんことかじゃなくチョコとかカスタードのクリームが入ったヤツ。気の利いたチョイスである。


「あ…ありがと!」


 受け取って礼を言う。

 お土産を手にしながら、


 ―――しかし困ったぞ。ウチら、修学旅行無いき何もお返しできんやんか。―――


 致命的なことを思い出す。

 貰いっぱなしなのは申し訳ないから。


「でもオレ、お土産やら貰っても修学旅行やらねぇき、お返しやらできんばい?」


 学校事情を説明すると、


「へ?マジか?お返し云々は別にいいっちゃけど、オイサンたち学校、修学旅行無ぇとな?この世にそげな学校あるんばいねー。知らんやったやー。」


 モーレツに驚かれた。

 予想していたとおりの模範的リアクションだったけど、改めて驚かれるとダメージがデカい。

 大量のオトコだけで泊りの旅行なんか、金を倍払ってでも行きたくない。でも、それとは別に、当たり前にある行事が無い学校とは一体…と、深く考えてしまい、負けたような気分にさせられる。



 お土産を受け取ると、今度は自分がモーレツに驚く番。

 幼馴染に続いて彼女が前に立ち、


「はい!これ、どーぞ。」


 ニコッと笑って小さな紙袋を差し出してきたのである。

 幼馴染は彼女を自慢するために連れてきたのではなかったのだ。変な勘繰りをしてしまったことに罪悪感。

 それにしても笑顔がまぶし過ぎる!青春臭がハンパない。


 ―――なんかそれ!でったん良い子やんか!しかもカワイイし!―――


 正直、好きになってしまうレベルの衝撃だった。

 心拍数が一気にレッドゾーンへと飛び込む。

 考えもしなかった展開に、


「へ?…は?…え?」


 完全にテンパってしまい、口からは本日二度目の「何か」が出た。

 明らかに手渡そうとしているのに何のことか理解できない哀れな自分はオロオロしまくり、出会った時よりもいっそう挙動不審さが増す。

 彼女の顔と両掌に載せられたお土産との間を行き来し続ける視線。

 既にキャパがオーバーしており、脳が「手を出して受け取る」という信号を出せないでいた。

 幼馴染はついに見かねて、


「オイサン、あんたにお土産たい。彼女が買ってきてやっちょーっちゃろーが。はよ受け取らんな。」


 苦笑しながら助け舟を出す。

 言われてようやく理解が追い付いて、


「あ…う…う…ん?」


 意味不明な声みたいなのを発しながら、恐る恐る手を出し、掌に触れないよう(幼馴染に悪いと思った)受け取った。

 早速中を見てみると、ご当地キティのキーホルダー。

 中身を出した途端、恥ずかしくなって、


「お約束でごめんね?」


 口に手を当て照れ笑い。

 自分にはとても似合わないお土産だけど、その気持ちが嬉し過ぎる。


 ―――なんこれ!この子、いい人過ぎるやろ!こげなんサイコー以外の何物でもないやん!コイツ、でったん羨ましい!っつーかカワイイ!―――


 心の中で吠えた。

 そして、彼女の優しさが異常なまでに痛い。



 それにしても情けない。

 さっき挨拶されたときもそうだったけど、女子との会話が全く成り立たないのだ。

 中学の頃はここまで酷くなかったはずだ。


 ―――自分の中で何が起こった?―――


 考えてみる。

 ま、原因は男子高に行ったことしかないのだが。

 周りにはオトコしかいないため、女子に対する免疫が完全に消失。その結果、テンパり過ぎて声が全く出てこない、といった症状が現れる。

 結局、「ありがとう」という短い言葉さえ言えていないという現実。

 最悪だ。




 お土産も無事わたしおわり、雑談タイムが始まるワケだが、ここで自分はこれまでになく盛大にやらかす。

 男子校で培ってきた汚すぎる下品ネタや直接的でエグイ下ネタを、ウケていると思い込み、ここぞとばかりに披露し続けてしまったのだ。


 まずはいつもの如く学校の愚痴。

 幼馴染にこれでもかと言わんばかりにぶちまける。

 その内容はというと。

 自分のことは棚に上げ、何もかも他人のせい。すべて自業自得なので同情の余地はこれっぽっちもないネタばかり。

 そんな愚痴を彼氏の隣で聞いた彼女は当然どん引き。もはや苦笑しかでてこない。

 その様子を横目で見て、ウケていると勘違いした自分は、ますます調子こいて喋りまくる。

 何とも痛々しい構図の完成だ。

 幼馴染は気にもせず、いつもの調子で「うんうん」と頷いてくれて、普段通りの対応だ。


 と、ここまではよかった(?)のだが、ここからが…。

 痛々しさが劇的に加速する!


 愚痴をぶちまけ終わると今度は下品ネタの披露。調子に乗ってくると、ところ構わず音を出して屁をこきだす。飲み物を口にする度、特大のゲップ。

 それがさらにエスカレートしてくると、エロいネタへシフトする。

「しょーがねーな」と思いつつも、苦笑いで相手をしてやる幼馴染。

 隣でドン引いている彼女。

 二人にウケていると勘違いし続け、下ネタを量産する自分。

 端から見ると、とんでもなく情けない光景なのに、自分では全然気付けない。


 それにしてもなんかもう…友達が一人もいないくせに、男子校のダメなトコロはキッチリ取り込んで自分のモノにし、応用できるまでに成長している。エロい話はもはや取り返しがつかないレベルにまで達していた。そしてさらに情けないことに、空気が全く読めていない。言っていいことと悪いことの区別がつかなくなってしまっていた。よって、会話の中にチン●とかマ●コとか、モロな単語が混じりまくる。

 我慢の限界が近い彼女は露骨に嫌な顔をしだす。

 でも、それには全く気付けず、尚も連発。

 ついに見かねた幼馴染から、


「オイサン、たいがいで下ネタ止めない!彼女、嫌がっちょーやないな!この顔見てわからんとな?」


 怒られた。

 初めてのことだったため、流石に堪えた。


 でも。


 言われてしばらくは控えるのだけど、またすぐ調子に乗って連発してしまう。

 幼馴染からは呆れられ、


「は~~~~~…。」


 大きな溜息を一つ。

 続けて、


「オイサン…変わったな、悪い方に。」


 しみじみと言われてしまう。

 酷くショックだった。

 一気にテンションが下がり、大人しくなってしまう。


 そしてまたしばらくは普通の話題に戻るのだけど、でもやっぱりこれは一時的なもので。

 テンションが戻ってくると調子に乗り、暴走。


「ねぇっちゃ。オイサン達は付き合いだして長いが、もうセックスしたとな?ズボズボッとマン●にチン●入れたとな?」


 グーにした手の親指を人差し指と中指の間から出し、ヒクヒクと動かし、ニヤケながら幼馴染に質問。


 その時の変態的な顔と言ったらもう!


 それを見た彼女の顔からは、一瞬にして表情が消えた。

 それでも彼氏の大切な幼馴染である。何とか立ち直り(実際には立ち直っちゃいないが)、必死に愛想笑いを浮かべる。

 嫌がられていることに全く気付けない自分は、その顔を見てやっぱしウケたモノと勘違い。

 さらに調子に乗り、幼馴染に、


「うっは~!やったとな?やったとな?どげんやった?気持ちよかった?汁はいっぱい出た?ねえっちゃ!おしえちゃってん!」


 変なテンションでサイテーな質問を浴びせまくる。

 無言で下を向いてしまった彼女。

 すると幼馴染からゴミを見るような目で見下ろされながら、


「バカか。そげなん、女がおる前でするげなハナシやなかろうがっちゃ。それもわからんのか?ホントお前、男子高行ってアタマ、木端微塵におかしくなったの。」


 酷く冷たい口調で言い放たれた。

 驚いて顔を見ると、これまでに見たことのないほど冷めていた。

 激しい怒りを感じる。

 思わず、


「ごめん。」


 謝った。



 それからしばらくは下ネタ抜きで話していたものの、時間が経つとどうしても調子に乗ってしまう。

 あれだけ怒られたのに、全然懲りちゃいないのだ。

 またもや幼馴染が苦笑するのをウケているものと勘違いし、ついには、


「ねぇ。この前一緒におったあの女は?今日は別の人やん。どっちがホントの彼女なん?」


 この場でいちばん言うべきではない一言を口に出してしまう。


 大切な彼女の前。


 自分に関するコトならば何もかも受け流すつもりだったし、その自信もあった。

 が、しかし。

 この質問だけは間違いなく彼女が傷つく。自分への信頼も揺らぎかねない。下手すれば別れてしまう可能性だってあるのだ。勿論そんな事実は一切ない。でも、彼女がこの言葉によって抱えるかもしれない不安を考えると、どうしても受け流せずにはいられなかった。

 みるみる怒りの表情に変わっていく幼馴染。

 言葉が終わると同時に立ち上がり、


「おい、きさん!たいがいにせんか!お前、言っていいことと悪いことの区別もできんごとなっしもーたんか?」


 怒鳴ったかと思うと胸ぐらを掴み、振り回される。

 公園の利用者の視線が一気に集まる。

 初めてのことにビビって声も出ない。震えながら幼馴染の顔を見ているところに追い打ちをかけるかの如く、ボソッと。


「この男、サイテー…」


 彼女からの一言だった。

 恐る恐るそちらに視線を移すと…彼女が冷たい目で自分を睨んでいる。

 これは効いた。

 今日一のダメージだ。

 その言動が深く深く心をえぐる。


 掴んだ手を離した幼馴染。

 普段の穏やかさはどこにもなかい。全くの別人に思えた。

 絶対零度の冷たさで、


「こげな人間、うてあいよったっちゃ(訳:こんな人間、相手にしていたら)ろくなことない。お土産やら買ってきちゃらん方がよかった。もういい。行こうや。」


 捨て台詞を吐くと、コチラを見ることもなく、「バイバイ」も言わず去って行ってしまい、この場に一人、残された。


 呆然とするオレ。

 思いもしなかった展開。

 しばらく階段に座ったまま、動くことができなかった。

 それなのに反省なんかこれっぽっちもできてなくて、心の中じゃ「あげん腹かかんだっちゃよかろーもん(訳:あんなに怒らなくてもいいじゃないか)。冗談なんに。」とか、クソなことを思ってしまう始末。

 こんな人間だから、今までの人生で最大級の激しい罰が当たる。

 お土産を貰った日以降、幼馴染が目に見えて冷たくなった。

 具体的にはメッセージを送信しても返信がない。それどころか既読もつかない。「どげんしたんかな?」とか思っていると、それから数日して電話がかかってきた。

 嬉しくなって電話を取ると、声が有り得ないほど冷たい。電話口から激しい怒りが伝わってくる。

 すぐに説教が始まった。

 淡々と説教する幼馴染。

 ビビりながらそれを聞く自分。

 内容は、「あのあと彼女とはしばらく気まずかった」というものだった。

 一方的に怒られ、電話を切る間際、


「お前やらもう知らん。金輪際付き合いはやめるき。」


 冷たく言い放たれた。

 それでもクソな自分は、


「ただの言い回しやろ。時間が経ったらまた遊ぶくさ。」

 

 ぐらいにしか考えられないでいた。


 が、しかし。


 この言葉はモーレツに本気だったようで、ココのとこ少なくなった遊びに行く回数がさらに減った。というか、完全になくなった。

 メッセージを送っても、既読がつかない。何度も送るけど結果は同じ。

 極々たまに返信が来たとしても、「うん」か「いいや」といった最低限のもののみ。

 試しに寂しいのを我慢して一カ月ほど送信するのを控えてみた。その間、メッセージは一切来ない。前に送ったメッセージに既読はつかないまま。

 寂しさが限界に達し、送ってみたけどやはり結果は同じ。画面には既読のつかないメッセージが増えただけだった。

 何もないまま、さらに一カ月が過ぎた。


 明らかに避けられている。


 もう一度送信する勇気も謝る勇気もない。

 こうなってようやく取り返しのつかないことをしてしまったのだと気付いた。


 でも。


 時既に遅し。遅過ぎた。


 事実上の絶交だ。




 あの時調子に乗ったばっかりに、いちばん仲の良かった幼馴染からの信用を失ってしまった。他の付き合いのある幼馴染達もこの幼馴染とつるんでいるから今回の経緯は知っているワケで。何度かメッセージを送ってみたけど返信はあったものの、例外なく冷たい。とても送れる雰囲気じゃない。


 友達が一人もいなくなった。


 まったくもって自業自得なのだけど、悔やんでも悔やみきれない。

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