第16話 ボーズ。

 二年生の二学期。

 中間考査が終わった頃。


 ロングホームルームにて。

 文化祭の係を決めた後、進路についての話があった。

 三年生に進級するときのクラス替えに関する話だ。


 と、ここで。


 このクラスの担任に関する話を一つ。

 担当教科は理科全般。50代半ばで背が高く筋肉質。濃い色の入ったメガネをかけ、いつも金属光沢のある刺しゅうの入ったジャージの上下を着用しており、頭はシンサイ刈り。鼻ひげを生やしていて、どこからどう見てもヨゴレだ。気性は見た目通りでとんでもなく荒く、少しでも反抗的な態度を取ると、その場で足を払われコキ倒されて、馬乗りになってボッコボコに殴られる。

 そういった面でも恐れられてはいるが、メインはソコじゃない。息をするように躊躇なく丸坊主にするのだ。例えば校則違反や、授業態度が悪かったとき、言われたことを守れなかった時などに、「あとで職員室来い。」と宣告される。こうなるともう逃れることはできない。たまに宣告をブッチしようとするヤツがいるけど、それは絶対に通用しない。顔を覚える能力に長けているから、校内で顔を合わせるたび呼び出され続ける。それでも行かないと、最終的には校内放送で呼び出され、職員室でボコボコにされた挙句、五厘に剃られる。こういった被害は男子部全ての生徒に及ぶ。というのも門立ちするし、全学年の理科を受け持っているからだ。

 オシャレに目覚め、やっと髪が伸びた(中学時代は丸坊主の学校が多い)男子高校生にとって、この仕打ちはある意味「死」だ。そのことを分かり切ったうえでやるのだから、マジでタチが悪い。

 おかげで大多数の生徒からは嫌われ、モーレツな恨みを買っていたりする。そのため復讐されまくる。いちばん多い方法が出前で、何10人前もの特上の寿司が頼んでもないのに家に届くことも、一度や二度じゃない。奥さんがいるのにデリヘルのコンパニオンが来たこともある。

 だから、なおさら躊躇というものがなくなるのだ。


 フツーの学校であれば、こんな体罰をしようものならたちまち大問題に発展し、夕方のニュースのトップを飾りかねないのだが、この学校では問題にすらならない。完全に親公認なのだ。すべての保護者は「殺さなければ何をしてもかまわない」といった考えで、端から見ると暴力に見える行為も、ここでは単なる躾とみなされる。殴られて骨折したり、鼓膜が破れる程度じゃ親からの苦情は一切出ない。逆に子供の方が怒られ教師は感謝されるくらいだ。ボーズも勿論大歓迎で、ある日突然我が子が髪の毛を失って帰ってこようとも、抗議したりする親は一人もいない。

 このような方針だから、おかげさまでこのクラスは1/3もの人間がボーズといった状況。


 といった担任事情を踏まえ、ホームルーム。


「後ろさい回せ。」 訳:後ろに回せ


 いちばん前の席の者にプリントが配られた。

 文系理系のコースを選択し、記入するプリントだ。

 全員にいきわたったところで、


「おい、お前ら。このプリント金曜日までに提出やきの。来週に入ったらすぐ作業に取り掛からないかんき、絶対忘れんな。忘れたヤツはボーズ。」


 いつもの理不尽を突き付けてくる。

 当然生徒達は、


「え~~~~~っ!何、それ!」


「そげなんイヤばい!」


 声を揃え、大ブーイング。

 それでも担任は表情一つ変えることなく、


「なんが、『えー』か。忘れんやったらいいだけのハナシやねーか。忘れたら文化祭で公開ボーズやきの。覚悟しちょけ。」


 さらにムカつく条件を付け加えやがる。



 そして金曜日。

 バスに乗った時点で、


 ―――あ…プリント忘れた。まぁいっか。あのバカ、あげなこと言いよったばってんが、どーせ脅しに決まっちょーっちゃ。流石に一回忘れたくらいじゃボーズやらせんやろ。―――


 気付いたものの、極々簡単に考えていた。


 朝のホームルームが始まる。

 今日の予定を伝え終ると担任が、


「そしたらこの前のプリント集めるぞ。後ろから回せ。そしていちばん前のヤツはオレんとこ持って来い。」


 回収の指示を出す。

 いちばん前の人間が担任にわたし終ると、


「プリント忘れたヤツ。手ぇ上げれ。」


 いつもの無表情な顔で尋ねる。

 手を上げるオレ。

 クラスで一人だけだった。


「忘れるなっちゆったよの?」


「はい。」


「お前、文化祭で公開ボーズ決定の。」


 ボーズ宣告されてしまう。


 このクラスでの自分はというと、特に何かやらかしたというわけでもないのにかなり評判がよろしくない。嫌われているため、教室のいたるところから「バカやん。」とか「ざまーみろ。」と聞こえてくる。

 


 週明け。

 プリントを提出すると、担任は何事もなかったかの如くそのプリントを受け取った。

 その対応を見る限り、ボーズのことなど覚えているふうではない。


 ―――ほら見れ。ゼッテーウソっち思いよった。―――


 心の中で勝ち誇る。

 この時点でボーズのことはアタマの中から完全に消え去った。




 時は過ぎ、文化祭当日。

 昼前、いちばん賑わっている時間帯。

 自分はというと、居心地が悪いため、クラスがやっている模擬店の手伝いなんか一切せず、一人、校舎の端に設置された誰も来ない階段でくつろいでいた。

 このような心掛けだから、激しい罰が当たることになる。


 問題が起こっていないか確認するため教室にやってきた担任。

 一通り教室を見まわして、特に何もないことが分かると、


「今、ここにおらん人間はどげしよる?」 訳:どうしてる


 クラス委員に聞いてくる。


「アイツとアイツは今休憩中です。で、あいつはトイレ。あのバカは朝からずっといませんよ。」


 ありのままを報告するクラス委員。

 その話を聞き、


「そうか。分かった。アイツ…せっかく何もなかったことにしちゃろうっち思いよったんに、いい根性しちょーやねーか。よし。ボーズするぞ。教室の真ん中空けれ。お前は探して連れてこい!オレはバリカン持ってくる。」


 とうとう担任の逆鱗に触れた。


「あはは!アイツ、バカやん。」


 そこにいた皆は声を揃え笑う。

 同時に公開ボーズの準備が始まった。



 探しに行かされたクラスの人間がようやく見つけだすと、


「やっとおった。こげんとこおったんか(訳:こんなとこにいたのか)。お前、担任が探しよったぞ。教室戻れ。」


 用件を伝える。

 目も合わせず、返事もせずに立ち上がり、教室に戻ると…外にも中にも激しい人だかり。人混みをかき分け、中に入ると突如目の前が開ける。

 途端に笑いが巻き起こった。

 教壇の上には担任。

 既にバリカンを用意して待機していた。


 ―――え?マジで?―――


 呆然とする。

 机は飲食店仕様の配置だったはずだ。

 が、しかし。

 周囲を見渡すと…模擬店の看板には「公開ボーズショー」と書かれた紙が貼ってある。黒板にもデカデカと同じことが書いてある。

 文化祭のイベントの一つになってしまっていた。

 教室の真ん中には新聞紙が敷いてあり、その中心にはイス。

 この時やっと、担任の本気度合いを知った。知ってしまった。

 思わず


 「クソッタレが!」


 言葉に出してしまう。

 しかし担任は、その言葉には反応せず、


「メガネ外して、上、全部脱げ。」


 冷たく言い放つ。


 ―――こげな用意までして、バカやねぇんか?―――


 怒りが込み上げてきて、


「イヤばい!こげなんやっちょらるぅか!」 訳:こんなのやってられるか!


 担任を睨みあげ、キツい口調で反抗的な態度を取ると、


「ほう。厚かましいのぉ。言うこと聞ききらん分際で、きさん何様のつもりか?」


 みるみる怒りの表情に変わってゆく。

 それでも無視して教室から出ていこうとすると、ものすごい力で腕を掴まれ、引き戻された。

 強引に振り払うとさらに強い力で掴まれて、


「きさん、こら!逃げんな!」


 迫力のある声で怒鳴られた。

 ヨゴレそのものだ。

 巻き舌で、


「おら!脱げちゃ!忘れたらボーズするっちゆーちょったろーが!」


 胸ぐらを掴んで振り回す。

 その手を振り払い、再び逃げようとすると、もっと強い力で引き戻され、足を払われコキ倒された。

 呆気なく床に転がる。

 土足なので制服が真っ白だ。

 馬乗りになり、まずは浅いビンタでメガネを吹っ飛ばす。

 メガネが飛んだのを確認すると、一発、また一発と重い拳を顔にめり込ます。


 突如始まった体罰、という名の躾け。

 でも、極めてよくある出来事なので、ウチの生徒からは歓声が巻き起こる。まるでプロレス観戦しているかの如く盛り上がる教室。

 中には、動画を撮っているヤツもいる。しかもかなりの数。


「やれ!そこだ!」


 とか、


「殺せ!」


 と爆笑しながら叫んでいるヤツもいる。

 声から判断するに(視力が悪いから見えない)自分を特に嫌っている人間達だ。


 初めてこの状況を目の当たりにした客はドン引き。

 騒ぎを聞きつけ続々と人間が集まってくる。

 抵抗する意思を徐々に削がれ、ぐったりするとようやく殴り終わった。

 口の中が血の味だ。鼻血も出ている。


「拭いちょけ!」


 ティッシュの箱を顔面に力の限り投げつけられた。

 血を拭き取り、鼻に栓をする。


 仕方なく上半身裸にはなったものの、尚も抵抗の意味で座らずにいると、髪を鷲掴みにされ、


「おら!さっさ座らんか!」


 ムチウチになりそうなほど振り回され、力ずくでイスに座らされた。

 同時に、


 ブゥ―――――ン…


 バリカンのスイッチオン。

 生え際に当てられたとき感じた尖った感触。


 ―――!!!―――


 長さ調整のアタッチメントが着けられていない。

 ということは、本体のみだ。


 ―――五厘やん…―――


 絶望的な気持ちになってゆく。

 情け容赦なく進むバリカン。

 せっかく二年間延ばし、20cmに達した髪。こんなトコロでサヨナラになろうとは。


 床に落ち続ける髪の毛。

 その度に湧きあがるバカにした笑い声。

 大した時間もかからずすべての髪の毛を失った。

 剃り終わった後、担任は、


「はい。断髪式終わり。」


 若干満足そうな表情でバリカンを置いた。


 終わるとそこにいた観客(?)全員が、何事もなかったかの如く去っていく。

 他人との関わりを持たない人間に起こった悲劇なんか、所詮それくらいの出来事でしかないのだ。

 苛立ちを覚えながら髪の毛を払い落とすと、服を着て再び教室を出ていこうとする。

 すると担任は再び腕をつかみ、


「おいこら!待たんか!自分の毛やろーが!掃除していかんか!あと、バリカン整備して片付けちょけよ。んで、もうサボるなよ。」


 理不尽な注文をされ、サボらないよう釘を刺されると、ブラシと消毒液と油を手渡された。


 ―――剃ってくれとか頼んでねぇ!―――


 叫びそうになったが、また叩かれることになるので口にはしない。

 グッと我慢し、バリカンに付着した髪の毛を付属のブラシで落として消毒。

 注油すると、職員室のバリカン置き場に戻す。

 掃除道具入れからほうきと塵取りを持ち出して掃除。焼却炉に捨てに行く。

 捨て終ると教室には戻らず、先ほどの階段へと直行。


 ボーっと曇った空を眺めていたら、


 ―――オレ、彼女ができたっちゃ。―――


 ついこの間の幼馴染とのやり取りを思い出してしまう。


「アイツには彼女ができて、オレはボーズ?なんこの不公平!同じ人間なんに、この差は何?」


 自分の心掛けの悪さは全部棚に上げ、恨み混じりの言葉が極々自然にこぼれ出た。




 ボーズにされて約四時間。

 終わりの時間が来たので教室に戻る。

 ボーズにされたことなど誰も気にしちゃいない。視線すら向けられない。

 いることすら認識されてないと感じた。


 ―――オレっちこのクラスの何なん?どんだけ皆から関心持たれてないん?―――


 改めて存在感の無さを痛感させられる。


 帰りのショートホームルームが終わると、クラスでも特別調子こいている人間が前に出て、


「打ち上げするき、みんな残っとけよー!」


 今後の予定をみんなに告げる。


 ―――は?そげな話、いつ決まったん?―――


 自分の知らない間に打ち上げが決まってしまっていた。

 教室の端に目をやると、模擬店の余った材料で作った食べ物(お好み焼きとたこ焼きと焼きそば)やオードブル、飲み物やお菓子、紙の食器が大量に置いてある。

 担任が労いの言葉をかけホームルームは終了。


「お前ら、あんまし遅くまで残っちょったらつまらんぞ。」


 そう言い残すと、教室から出て行く。

 と同時に準備が始まった。

 打ち上げ仕様に机を並べ変え始めるクラスの人間たち。

 もちろん、参加する気なんか一切ないから手伝いもしない。

 その様子を目にしたクラスの人間が、


「おい!何、ボケッと突っ立っちょーんか?さっさ手伝えや!」


 憎たらしげに注意する。

 返事もせず、目線すら合わせず用意に参加するフリをして、準備のゴタゴタに紛れ教室を出た。


 そのまま駅へと向かう。

 秋も深まってきたため風がだいぶ冷たい。ボーズにされたからなおさらだ。

 怒りが治まらない。


 ホームに着くと、いつもとは違った顔ぶれ。

 文化祭に来ていた余所の高校生たちだ。その中の何人かが自分の方を見ながら指さして笑っている。おそらく公開ボーズの会場にいた人間たちだろう。視線をそちらに移すと、目線を逸らされ「プッ!」と吹き出された。

 何もかもが頭にくる!益々男子校が嫌いになった。 ←自業自得なのに厚かましい。

 しばらくそいつらの笑いものになっていたが、やがてホームに電車が入ってきたため乗り込むと、その笑い声も聞こえなくなった。



 ちょうどそのころ教室では打ち上げが始まり、大いに盛り上がっていた。自分を除くすべての人間が参加している。

 点呼を取った時、いないことに気づいた人間が、


「あれ?ロリ犯(知らない間に着けられたあだ名)は?」


 尋ねるけど、


「おらんやん。」


「でも、あげなヤツおっても面白くないき、おらん方がよくない?」


「それもそうやね。」


 ということになり、すぐに忘れ去られた。

 なのに後日、クラス委員から、


「なんでお前だけ帰ったん?みんなが参加することにはちゃんと参加せぇや。全然協調性ないやんか。もーちょい考えーや!」


 ダメ出しされた。


 ―――心にもねーことコキやがって。誰がテメーらに協力やらするか!自由参加やったんやねぇんか?こげあるき好かんっちゃんねー。―――


 とは、殴られるのが怖いから口に出さない。

 心の中だけで言い返した。

 もちろん顔にはモロに出るからすぐに気付かれる。

 超絶イヤな顔をされた。




 家に帰ってからはというと。

 母親から、丸坊主になったアタマとアザだらけの顔を見られ、


「あんた、その顔とアタマ、どげんしたんね?」


 冷たく尋ねられる。


「今日絶対忘れるなっち言われちょったプリント忘れて、文化祭サボったらこげなった。」


 理由を言うと、父親も母親も、


「バーカ。」


「そらー、あんたが悪い。」


 強烈に冷たいリアクション。同情なんか一つもない。というか、この後逆に怒られた。

 妹(かなり可愛い。仲は究極に悪く、会話はここ数年全く無い)にいたっては、コチラを見ようともしない。完全に汚いモノ扱いだ。


 家族からもコレ?自分っち一体…


 哲学的な何かが頭に浮かびそうになったが、性格が腐り切っていることに自覚がないわけではない。

 そのことが招いた結果だから、


 ―――そっか。オレの考え方がマズイんか。―――


 納得し、諦めるしかなかった。

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