第17話 進路

 進級した。

 三年生である。


 ということは、なんか…受験生、なのである。




 通っている高校はイチオー辛うじてなんとなく進学校の部類。

 まぁ、ここの地域の人間からは「山の上のバカ学校」と呼ばれているみたいだが。


 それは事実だからしょうがないとして、この学校の進学状況はというと。

 書類を送付するだけで入学が決まる専門学校も進学に含むから、進学率は98~100%と極めて高い。


 こんな特徴のある学校だから、一年生の早い段階から進路のハナシを聞かされる。その中で先生は、今の段階で余程強く文系を志望してない限り、理系を選ぶようにとの助言をする。これは物理が難しくて覚える量も膨大であり、しかもそれが必修だから、二年生の段階でやっとかないと手遅れになってしまうのだ。

 二年での文系クラスの理科は生物と化学のみで、物理が無い。理系クラスの社会は文系に比べてボリュームは減るものの、すべて習う。よって、三年進級時に文系へと変わるのはそれほど苦労しない。しかし、三年になって文系から理系に変更すると、物理は一年間全くやってないため、二年間かけて覚えることを一年間で覚えることになってしまう。そうなると、補習を受け持った教師もそれを受ける生徒もモーレツな苦労をすることになってしまうのだ。


 といった教科的な事情はさておき、自分はというと。


 一年生の段階では純粋なスケベ心から、女子の多い文系の大学を選ぼうと考えていた。数学と物理が大嫌いなので、逃れたかったというのも大きな理由だ。


 だがしかし。


 実際に授業を受けてみると…。


 社会が致命的に分からない!


 その分からなさときたら、数学や物理の比じゃなかったのだ。


 一年の一学期に「社会Ⅰ」で習う地理的分野はそれなりに点数が取れていたので、特に何も考えることはなかったのだが、歴史的分野に入るとそれは一変した。日本史では古墳時代までは何とかなっていたのだが、政治が出てきた時点で一気に理解不能となり、吸収スピードがあからさまに落ちた。しかも定着しない。これが世界史ともなると、さらに激しく受け付けないのである。必死こいて覚えようとするけど拒絶反応を起こし、全く受け付けない。もはやアレルギーといってもおかしくないレベルだ。


 こんな悪循環が重なって、どうにもならなくて…。


 初めて定期考査で欠点というものを取った。


 終業式が終わって家に帰り、部屋で通知表に赤で書かれた社会の点数を見ながら自分なりに覚えられなかった理由を考えてみた。

 すると…


 昔のこととか、どーでもよくねぇ?大事なのはこれからのことやん。


 といった、元も子もない理由に辿り着いてしまったのである。

 そう考えるとこれまで以上に興味を持てなくなった。全く吸収できなくなってしまったのである。


 政治的分野になると実生活に直接絡んでくる事柄が多いため、少しは持ち直したものの、それでも興味が無くて吸収できず、思うように点数が取れない。

 文系を選択すると、二年からは地理、政治経済、歴史といった具合で社会科はすべて独立してしまい、三年生になると歴史がさらに日本史と世界史に分かれるため、欠点が増えることが容易に想像できてしまう。


 それに加え、古典と漢文も曲者だ。国語Ⅰで三学期に少しだけ習ったが、期末考査で全く点数が取れなかった、というか0点だった。文系を選択したならば、三年生になると現代国語、古典、漢文と全部独立した教科となってしまうから、これまた欠点が増えることになる。


 このように、欠点オンパレードとなる文系で、果たしてやっていけるのだろうか?

 答えは「否」だ。

 というか、下手したら卒業も危うい。それどころか進級すらできない可能性だってある。


 ちなみに数学と物理はただ嫌いなだけで、やれば少しだけなんとかなる。平均点は下げるものの、欠点を取るほどではないから結果的に被害は少ないのである。


 でも、オトコしかいない理系には行きたくない。

 どうしても女子が多い学校を選びたいため、諦め悪く文系数学受験クラスを選択しようとするのだが…。

 このクラスには理科が無い。単純に理科が抜けたトコロに数学が組み込まれただけであり、社会の歴史的分野と国語の古典、漢文からは逃れられない。


 理系はというと、超絶苦手な世界史があるものの、それ一教科のみ。ダメージの度合いが違いすぎる。


 無理だ!自分には文系という選択肢がない!


 消去法的理由から、泣く泣く理系を選ぶことになってしまったのだった。



 こうなってしまったからにはその中でも比較的女子が多い学部学科を探すしかない。

 理系といえばまず思いつくのが工学部。

 工学部といえば工業系の学部である。工業高校の延長だと考えるのが正解だろう。


 ―――同中のヤツ、ほぼ男子校っち言いよったな。―――


 想像したら吐き気がした。

 どういった学科があるのかを、入学時に勝手に送付されてきた「大学一覧」を引っぱり出して調べてみる。

 電気工学科、機械工学科、建築科、土木工学科等々。


 もうなんか…


 学科名を見ただけで既に絶望しかない気がする。


 ―――果たしてこれらの学科を女子が好むのか?―――


 考えてみるものの「否」という答えしか出てこない。

 確認のために、男女比を見てみると…。


 ―――やっぱし…―――


 呆然とした。

 案の定、工学部には女子がいない!いや、厳密には「いない」わけじゃない。「極端に少ない」のだ。

 具体的には多くて5%。少ないと0だ。


「工学部は…ねぇな。」


 極々自然に口からこぼれ出た。そして工学部を選択肢から外した。


 工学部以外で女子が多い理系の学部、学科、コースをこれまでにないくらい必死こいて探す。

 すると、自分の理想とする比率なのは理学部、薬学部、医学部、歯学部、家政学部の栄養学科だということが分かった。具体的には20~30%。多いと50%以上だ!


 この線で進めていくしかない!


 と思った矢先。

 致命的な問題が浮かび上がる。

 理学部と医学部は偏差値的に全く足りていないのだ。

 この時点で大きな選択肢が二つ消える。

 薬学部と歯学部ならどうにかなりそうな学校が通学できる範囲にあるけど、学費の面で諦めた。学費的にどうにかなりそうな学校は偏差値が高すぎて無理。学費的、偏差値的に両立している学校は県外にしかない。となると生活費が掛かるため、親に申し訳ない。というか、そもそも一人暮らしなんか無理。コミュ力が下限値な自分は、家族がいない県外だといよいよボッチになってしまうのは目に見えている。そう考えると純粋に一人暮らしが怖くなった。

 選択の余地が無くなった。


 詰んだ…どう考えても工学部しかない…


 結局、今の偏差値(30台半ば~40台前半)でどうにかなりそうなのは「三流」と呼ばれる名前すら聞いたことのない超マイナーな大学の工学部。

 偏差値が低ければ低いほど、女子の比率も低くなる。


 オレっち女子と知り合えん呪いでもかけられちょーっちゃろか?

 訳:かけられているのだろうか?


 そんなファンタジーな気分にすらなってきて、幼いころ魔女にあったのかどうか本気で思い出してみた。

 でも、残念ながらそのような記憶はない。


 仕事はゼッテーしたくない。

 だから就職という選択肢はない。


 マジで必死こいて探しまくる。しかし、いくら見ても結果は同じ。工学部しかないのだ。

 工学部縛りで探す以上、いくら多くても10%に達している学科がない。コースもない。

 少し興味がもてそうな電気科や機械科はその中でも断トツに低い。共学にもかかわらず0人のトコロばかり。


 ―――そりゃ~そーよね。電気部品やら機械扱うのが好きな女子やらフツーに考えてそげんおらんもんね。こげなん、今の学校と変わらんやん。―――


 電気科や機械科は却下。


 ならば…。


 表をザーッと流しながら見ていくと、少しだけ比率の高い学科がある。


 化学科だ。


 今の偏差値で何とかなりそうな工学部の工業化学科に「食品コース」なるモノがある。しかも家から近いという好条件。

 比率を見てみると、なんと5%!工学部ではトップクラスだ!

 しかし実際の数を見て唖然とする。


 ―――40人中2人とか…―――


 例えるならば、今の教室に女の子が二人いる、といった状態。

 どう考えてもコミュ力0な自分にはチャンスが巡ってきそうにない。この子らとどうにかなれる未来とか想像できないのだ。


 諦めて他の学科を探す。

 すると。


 ―――化学科に匹敵する学科があるじゃないの!―――


 思わず喜んだ。

 その学科はというと電子科の情報処理コースと建築学科のデザインコースと土木工学科の環境コース。どれも工学部では人気がある学科のため定員が多い。だから割合は先ほどの化学科に及ばないものの、人数的にはだいぶ多い。具体的には定員が3倍以上になるからその分多くなるのだ。


 ―――こっち選んだ方が、オレに回ってくる確率上がるやん!よしっ!この線で探すか!―――


 くだらない妄想が火を噴いた。


 が、しかし。


 カリキュラムを見て呆然とする。

 全てが数学と物理に関連する教科なのだ。

 どの学科もこれらがメインとなるため四年間逃れられない。


 ―――どーしたもんかな…―――


 またもや完全に詰んだ。


 もう一度カリキュラムを見ながら検討し直す。


 すると…


 最初考えていた近所の大学の工業化学科の食品コース。

 これならば、二年間我慢すれば数学とは縁が切れる。化学なら数学よりは何とかなるかも。


 ―――この線でいくか…。―――


 こうして欲望まみれの学科選びは落ち着くのだった。




 ふと冷静になって思う。


 女子の人数だけで大学決める自分って…


 思いっきし呆れ果てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る