第18話 受験

 11月に入って最初の日曜日。


 大学入試が始まった。


 まずは推薦試験から。

 受験する大学は、スーパー特進に合格していながら行かなかった私立共学校の上の大学だ。高校と同じ敷地にあり、学部は工学部のみ。そのため地元民からは単科大学と思われているが、実は違う。余所の地方に本部がある超有名で規模の大きい総合大学なのだ。どの学部も偏差値はかなり高く、人気は国内でもトップクラス。クラブ活動も盛んで、色んな分野にプロを輩出している。

 といった、スンゲー大学の一つの学部なのである、のだが…。

 この学部だけは偏差値も競争率も異常なまでに低く、地元民からはバカ学校扱いされていて、本部の学生からは「ウチの学校の汚点」みたいなことを言われてしまっているらしい。

 それはそれとして。

 この大学には「転部」という素敵システムがある。この裏ワザを利用すると、決められた単位を取得して、転部試験に合格することにより1年→2年、2年→3年に進級する際、希望の学部学科に変更できる(文系から理系、またはその逆、医学部、薬学部への転部は単位の関係上できない、というルールはあるが)。わざわざ必死こいて競争率の高い本部を受験しなくても、割と簡単に行けてしまうのだ。

 こんな有難いシステムがあるのならば、もっと多くの受験者がいそうなものなのだが、いない。なぜいないのかというと、あまり公にされていないからだ。この学部の願書を取り寄せないと分からないのに、人気が無いため願書を取り寄せる人間がいない。よって、知る術がないのである。

 こんなオイシイシステムに腐れきった考えを持つ自分が目をつけないはずがない。

 しかも、推薦試験の科目は理系でお約束の数学と英語と理科ではなくて小論文。苦手教科には一切手を付けなくていいのだ。

 そんなクソみたいな理由から、評定が全く安全圏内じゃないにもかかわらず、受験を決めたのだった。

 それとは別に、幼馴染と仲直りするという目的もある。というのも未だ、あの時の失態を許してもらえておらず、縁は切れたまま。連絡しても相手にしてもらえないから、このシステムを利用して同じ学部に転部し(この高校に行った幼馴染たちは、全員附属校の特別推薦枠を利用して本部への進学が決まっている。←親から間接的に聞いた。)、一刻も早く直接謝り許してもらいたいのだ。

 もしこの高校を選んでいたならば、絶交されなかったかもだし、同じ学部への進学もできたかもしれない。そんなことを考えていると、ただ少し偏差値がいいだけで男子校を選択してしまった自分を恨みたくなった。

 そして、


 ―――なんかオレ…中学卒業して後悔しかしてない気がする…―――


 心の中でつぶやいた。




 推薦入試当日。

 普段通りの時間に起きると用意を済ませ、母親から送ってもらう。

 隣町だしそんなに遠くはないから、渋滞に何回か引っ掛かりはしたものの、考えていたよりもずっと早く到着した。

 クルマから降り、案内に従って進むと掲示板に辿り着く。

 受験票に書いてある受験番号を照らし合わせ、指定された教室へと向かう。

 受験番号が貼られた机を見つけると、同じ列には既に紺色チャックの詰襟が既に数名着席していた。席に座り開始時間を待っていると、紺色チャックは最終的に10名ほどになった。全員が初めて見る顔。改めて通っている学校の規模の大きさを知った。

 もちろんそいつらとは一切会話を交わすことなく開始時間を待つ。


 時間になると、この教室担当の教授と学生が入ってくる。

 グルッと教室を見まわし、すべての席が埋まっているのを確認すると、学生が受験番号と顔写真の照合を始める。

 同時に教授が今日のスケジュールや試験に関しての説明を始める。

 それが終わると問題用紙と回答用紙が配られる。

 いきわたると静かに開始の合図を待った。


 AM10:00。


 キーンコーンカーンコーン…


 チャイムが鳴り、


「はい。じゃ、始めてください。」


 教授の声と共に試験が始まった…のだが。

 同時に、


 ド―――ン!ドド―――ン!ド―――ン!パッ!パパッパ!…


 とんでもないことが起こる。

 激しい爆発音。

 何十発もの花火が打ち上げられた。


 ―――なんで花火?―――


 疑問に思ったものの、今は試験中。

 そんなこと考えている場合ではない。

 問題用紙をひっくり返し、必死こいて解き始める。


 問題を読んで唖然とした。異様なまでに難しいのだ。これまで練習してきた小論文とはまるで傾向が違う。もはや手に負えるようなレベルではなかった。


 ―――バカ学校のクセにクソ難しいな。―――


 自分の頭の悪さは棚に上げ、心の中で文句をタレる。


 そんな心掛けだから、いつもの如くキッツイ罰が当たる。

 解き初めてから15分ほど経った頃。

 今度は、


 ブ―――ン!ブ―――ン!ブ―――ン!…


 とんでもない爆音。

 バイクである。

 ガラスがビリビリと音を立てる。


 この音はなんか聞き覚えがある。

 幼い頃からずっと疑問に思っていた花火大会や祭りでもないのに上がる花火と、謎の「ブーン!」という音。 ←風向きによって家まで音が聞こえてくる。


 そう言えば。


 学校のすぐ近くにはオートレース場があったはずだ。


 ―――あの音の正体っち、これやったんか。―――


 ヒジョーに重要な場面でホントにどーでもいー謎が解決していた。


 途切れることはあるけど止むことはないバイクの音。

 モーレツな爆音の中、作文を書かないといけないとは…最悪だ。


 ―――え~くそ!何なんかコレ!最悪やん!こげなん作文書くような雰囲気じゃねぇやんか!―――


 心の中で吠えた!けど、音は止むはずもない。

 一切集中できない。

 思うように埋まらない原稿用紙。

 悪い流れを引きずったまま筆記試験は終了してしまうのだった。

 情け容赦なく、


 キーンコーンカーンコーン


 終了のチャイムが鳴る。

 結局原稿用紙は半分も埋まらなかった。


 ―――あ、これ…落ちた。―――


 直感が頭の中を電撃のように走った。




 次は面接。

 20分間の休憩時間を挟み面接が始まるのだが、バイクの爆音は一向に止まない。

 そのまま自分の番が回ってきてしまう。

 ドアをノックするものの返事が聞こえない。しばらくオロオロしていると、


 ガラッ!


 中から開けられた。

 そして、


「何やっているんですか?返事したでしょ?次があるんだから早く入ってくださいよ。」


 少し怒られた。

 そのことで緊張がピークに達した。

 部屋に入ると面接官たちの冷めきった顔。

 気まずい。

 挨拶すると着席を促され、すぐさま面接が始まるのだが面接官の声がバイクの音にかき消され聞こえない。


 最悪だ!


 何度も、


「え?もう一度お願いします。」


 と、聞き返してしまう始末。

 その度気まずさが爆発的に増してゆく。

 結局話は大して盛り上がるコトも無く、


「はい。分かりました。もう結構です。次の方を呼んできてください。」


 呆れられ、半ば打ち切られるような形で終わった。

 なんかもう…

 全く受かった気がしない。


 ―――最悪やん。これ、ゼッテー落ちたばい。―――


 そう思うのは酷く容易だった。

 ここを落ちたら仲直りの機会が無くなってしまうというのに…。

 激しい絶望を感じながら家に電話し、迎えを呼んだ。



 クルマが到着し、ドアを開けるなり、


「どげやったんね?」


 母親が尋ねてくる、が、答えたくない。

 無視していると、


「おらっ!どげんやったんかっち聞きよろーが?」


 威圧的な口調に豹変する。

 まるでヨゴレである。

 仕方なく、


「…多分ダメ。」


 聞こえないくらいの声で答えると、


「あんた、こげなバカ学校落ちたら恥ずかしいばい?近所のモンから大ごと笑われるきね?」


 いちばん言われたくなかった一言を口にされ、ついにブチ切れる。


「うるせーちゃ!バイクの音が喧しいで集中できんかったったい!この音聞いたら分かろーが!クソが!ぶち殺さるぅぞ!」


 怒鳴り声で言い返すものの、逆に、


「ぶち殺すっちか?きさん、厚かましいのぉ?頭悪い分際で、よぉそげなこと口に出せるの?ちゃんと勉強せんき、こげなバカ学校しか受けられんやったっちゃろーが!んで、落ちた?簡単にゆーなちゃ!ひねくれまわるき、こげなことになるったい!全部貴様が悪い!逆にぶち殺すぞ!」


 いちばん痛いトコロを突かれてしまい、言い返す言葉が無くなった。

 さらに、


「ホント、胸糞悪ぃ!落ち続けて受験料かかりマクったら、受験の後一括で返してもらうきの!返しきらんのなら内臓売ってでも返せよ?腎臓と肺と目はまだ2個あろうが。あと肝臓も売れる。」


 とんでもない条件を付け加えられてしまう。

 端から聞くと、絶対に親が子供に言うべき言葉ではない。なのに、このような言葉が出てしまうのは自分がひねくれまくり、屁理屈を捏ね続けてきた結果だから、同情の余地なんか無いのだ。

 このやり取りからもわかるように、家族からの信用は一切無い。でも、思い当たる節はあり過ぎるし、そこまで言わせてしまったのは自分だから、これ以上は何も言い返さないことにした。




 数日後、大学から封筒が届く。

 家に帰るとすぐに母親が、


「あんた、大学から『薄い』手紙来ちょーばい。」


 嫌味ったらしく「薄い」だけを強調し、キツい口調で言ってきた。

 続けて、


「どげんやったんね?まぁ薄いき、どーせ落ちちょーっちゃろーけど。」


 ホント、嫌味な言い方しかしない。

 それには答えず下駄箱の上に置いてある封筒を手にする。

 A4を三つ折りにしたモノが入るサイズの薄っぺらい封筒。


 ―――ホントに薄い。合格しちょるんなら入学手続きとかいろんな書類が入っちょーはずやき分厚いよね?なら、これは…―――


 イヤな予感しかしない。

 開けてみると、中身はA4のプリントが一枚だけ。

 出してみると…


 やっぱし不合格の通知だった。


 ―――マジか。転部して、あいつと同じ学部に行こうと思いよったんに。―――


 仲直り計画はいきなり躓いた。

 そして、両親からはモーレツに怒られた。




 年が明けてからは、一般で受験することのできる私立を片っ端から受けた。もちろん推薦で不合格だった私立も。

 しかし、どこも見事なまでに不合格。その数10校以上。一校で2万5千~3万円の受験料が掛かる。これだけでもかなりの出費になるため、親からは有り得ないほど怒られまくるし、担任からは金が無駄だから諦めて浪人か就職するようにと薦められる始末。


 結局受験はどうなったかというと。


 最終的に超絶不人気で定員割れを起こすため、毎年の如く三次募集を行っている、これまで存在すら知らなかった大学に辛うじて補欠で引っ掛かった。その後、入学を辞退した人間が出たため、どうにかこの学校に決まったのだった。

 あまり行く気がしないから浪人も考えたけど、勉強したところで一年後成績が上がるかどうかもわからない。

 不本意ながら入学を決めた。


 こうして考えが甘すぎた自分の大学受験は幕を閉じたのだった。


 4月からは大学生である。

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