第4話 入学式
四月。
待ちに待った(大嘘)入学式。
朝、目が覚めた時点で既に気が重い。
まだ行ってもないのに帰りたい、というか、そもそも行きたくない。
小中学生の頃は、「学校に行くのが面倒」と思ったことはあっても、「行きたくない!」とまでは思わなかったのだが。
これも大人になった証拠なのだろうか?
いや、違う。
ただ純粋に心も身体も完全に男子校を拒絶しているだけなのだ。
とはいえ。
このままずっと寝ているワケにもいかず………。
嫌々起きて、用意を済ませる。
県立不合格者の証である紺色でチャックの制服を着たら、
はい!敗北者の出来上がり~。
鏡を見ると、息を吐くかの如く自然に、
「無いわ~…」
口からこぼれ出た。
―――これから三年間、このカッコとか…―――
本気で嫌気がさした。
ここで色々と考え込んでしまったら、入学式そのものをぶっちしそうな勢いだったので、そうならないよう無理矢理クルマに乗り込んだ。
学校に向かう途中。
家を出て間もないというのに同じ制服をチラホラ見かける。
―――へ~。近所からも行きよる人間っち結構おるんやな~。―――
全く知りたくもない情報を一つGETした。
「敗北者の証」を身に纏う人間は、学校が近づくにつれ有り得ないペースで数を増していき、到着する頃になるとそれはそれはエライことになっていた。
校舎まで途切れることなく続く、紺色の帯…
満開の桜の美しさをも無かったことにしてしまうほどの、圧倒的な気持ち悪さ。
目覚めてからさほど経ってない身体にこの負荷は完全にキャパオーバーだ。相当キツイものがある。
この群れ、見るのは入学手続き以来二度目だけど、その時よりも明らかに規模が大きくなっている。
一度目は入学手続き最終日で、ほぼ全員が県立不合格者。だが今日はそれ以外もいる。例えばこの学校が第一志望の者や県立を受けてない者、推薦で入学した者達。そんな人間がかなりの数いるから規模が大きくなっているのだ。そしてさらに付け加えるならば、この群れは新一年生のみ。本格的に学校が始まる週明けからは他の学年も加わるからこの三倍になる。
なんかもう…。
悪夢以外の何物でもない。
この状況に慣れる気がしないし、慣れたくない。慣れている自分の姿が想像できない。
不安しかない。
まだ何一つ始まってないのに、帰りたさしかない。
が、そういうワケにもいかず…モヤモヤした気持ちのまま、ついに到着。
フルパワーで嫌な気持ちをねじ伏せクルマから出た。
ドアを開けた瞬間。
「おぇ!」
どこからともなく流れてきたオトコの匂いにむせ、吐きそうになる。と同時にとてつもない悪寒と眩暈が襲いかかってきた。
最悪な気分のまま紺色の波に押し流されると、校舎の出入り口前の広場に辿り着く。
そこにはずらりと並んだ臨時の掲示板。
その数なんと15枚!
ということは。
自分らの学年は15クラスある。しかも一クラスが40人。
その全部がオトコとか…想像しただけでも鳥肌が立ってくる。
仕方なく自分の名前を探す。吐き気を我慢しつつ…。
1~4組は特進で15組がスポーツ特待クラスだから、ここは見る必要ないのだけど、それでも10クラスある中から探し出すのには相当骨が折れる。
オトコの名前しかない掲示板を見ていると、吐き気の波が断続的に襲ってくる。それでもどうにか見つけ出そうとするのだけど、集中力がもたない。何度もテキトーになってしまったため痛恨の見落とし。見たくもない膨大な数のオトコの名前の中から再度探す羽目に。
―――あ~もぉ!でったん気分悪ぅ…。―――
身も心もボロボロになりつつ探していると、
―――あ…あった。無いでもよかったんに…――― ←本音
我慢の甲斐あってようやく発見。1年10組である。
「9時半までに体育館に入ってください」とのことだったので、位置図を確認し、向かう。
自分のクラスの列に並び、式の開始を待っていると、生徒の数がどんどん増えてくる。
見渡す限り、すべてがオトコ!
担任は勿論、脇に並ぶクラスを持たない先生たちも全てオトコで統一されており、女性は純粋に保護者しかいない。
密閉された空間ではこれにオトコ臭が加わるから、気色悪さが極限まで増す。
この世のものとは思えないほどの凄惨さ。
―――これ、何の拷問?冗談はやめてくれ!―――
と、血の叫び。
そして、
―――あ~あ…マジでこげな学校選ぶんやなかったばい。―――
激しく後悔。
眩暈と吐き気は収まることのないまま式へと突入する。
その式の異様さがまた尋常じゃなくて…
ほぼすべての人間が絶望や悲しみといった負の感情を宿していて、とにかく暗いのだ。
とてもじゃないが、入学式の雰囲気とは思えない。
芸能人の誰かがバラエティー番組で、「滑り止め校の入学式はまるでお通夜みたい」と言っていたのを思い出したが、まさにその通り。ウマいコト言ったものだと感心する。
―――でも、当たり前っちゃ当たり前なんよね。ここにおる人間っち相当な人数が敗北者なワケやし。―――
とはいえ一部例外もある。
体育コースのヤツらだ。このクラスの人間は全員スポーツ推薦で入学してきたエリートで、もうホント腹が立つくらいキラッキラしていらっしゃる。
まぁ、好きなことやって一流のコーチに習えて華やかな世界へと羽ばたいていけるんだから、輝いてもしょうがないとは思うけど。
そこから普通科の方に目を移すと、それはそれは対照的で。
特進を含めたほぼ全員。保護者までもが、絶望に打ちひしがれた顔をしているという…両極端にも程がある。
端から見るとかなり笑えるモノなのだろう。芸能人からその光景をネタにされるぐらいだし。
時間が経つにつれ「オトコしかいない」という現実が徐々に、しかし確実に精神を蝕んでいく。
学校に到着した時催した吐き気や悪寒、眩暈は未だに治まらない。それどころかどんどん悪化している気がする。
精神衛生上、非常によろしくない。
―――選択、致命的に間違ったばい…レベル落してでも県立に行っとかないかんやったなぁ。それか一校目の私立。あ~あ…うかっとったんに、なんでこっち選んだんやろ。親は「入学金イチオー払っとこうか?」とまで言ってくれよったのに断って。バカやん、オレ。―――
と、また後悔。
本日、何度目だろう…朝から後悔しかしてない気がする。
全く心に残らない式も終わり、教室に移動する。
中に入ると…やっぱしオトコしかいない。女性は保護者だけ。
その事実をコトあるごとに思いだし、心に強大なダメージを食らう。
マジで何か悪い夢を見ているようだ。
机には名前の書いてある小さな紙がセロテープで張り付けてあった。自分の名前を探し席に着く。
しばらくすると担任が入ってきて自己紹介。
10歳上の、「お兄さん」といった感じで爽やかさ満点の、タクティクスとリア充の香りがプンプンするイケメンだった。担当する教科は英語。
続いて、この学校の大まかなあれこれを説明。
流石に進学校らしく、勉強に関することが盛り沢山だ。
まずこれまでとは違うのが土曜日。中学までは休みだったが、この学校では午前中に授業がある。いわゆる半ドンというヤツだ。
オトコまみれの生活が一日増える。
堪え難い事実を突き付けられ、爆発的に気が滅入ってくる。
自分を含め遠距離通学者が多いから、県立高校でいうトコロの0時間目=1時間目の前にある課外はなく、放課後のみとのことらしい。
週末に業者の模試がある場合は特進が強制的、普通科は希望者のみ受けるとのこと。
一年から二年に進級する際、文系と理系に分かれるらしい。
良い成績を取り続け、規定に達すると進級の時、特進になれるらしい。
学校のイベントは体育祭、文化祭、クラスマッチがあり、変わったところでは市内の高校全部が参加する「市内大会」と呼ばれるスポーツ大会があるとのこと。
で、いちばん変わっていると思ったのは修学旅行。この学校にはそれが存在しないとのことだった。言い分としては、勉学に差し支える行事は必要ないのだそうで。聞いた時点ではがっかりしたものの、よくよく考えてみれば、オトコだけの学校である。そんな気持ち悪い行事、なくて正解だと思った。
こんな感じで説明も終わり、下校。
逃げるように教室を後にし、クルマに乗り込んだ。
後部座席にゴロンと寝転がり、大きな溜息一つ。
―――オトコだけの世界がここまで気持ち悪いとは。―――
なんかもぉ…完全に打ちのめされた。
心の底から疲れ切った。
今日一日、後悔しかしていない。
これまでにない経験だ。
そして改めて思う。自分は女子が大好きなのだと。
今日は親のクルマで来ているから直帰できるけど、週明けからはバスと電車を乗り継いで、一時間半かけてこのクソしょーもない男子校まで通わなくてはならない。
考えただけで心が病みそうだ。
帰りに学割の紙をもらってその足で駅に向かい、定期券を買った。念のため駅員に乗り継ぎの方法(直行と途中の駅で乗り換えの2パターンある)や時間を聞いたら幸いなことに?朝の便は直行しかないらしい。
少し気が楽に…なるワケなかろーが!
週明けから本格的にオトコ地獄が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます